オンライン俳句図書館は、

「ミルトス館」に名称を変更いたしました。

 

 

ふところに入るは春の風ばかり   市堀玉宗

 

句集『雪安居』より

1995年(第41回)角川賞受賞

 

 私が髪を剃っているのは自由に生きて行きたいからです。無限の時空にただよう星の屑。この星屑は已れの来し方ゆく末を思案するなにものかであります。そんないのちのありようを確認することで、何故か慰められる私という不思議な存在ではあります。ですからその辺の事情が表現できなくて何の文芸であろうかとこだわるようになりました。

 

「あとがき」は、この文章から書き出されています。

僧侶として、生涯を墨染の衣で生きる作者は、

身軽にも、懐を春の風で膨らませています。

他には何もありません。

懐が寂しいと思うでしょうか。

むしろ、豊かなのではないか、とさえ思います。

このような生き方は、ちょっとできないと思います。

 

しがらみがなければ、もっと自由にいきられるものを、

人の世は、人の心は、何かにいつも捉われています。

それは、小さなことに過ぎないと思うのですが、

そうは思えない弱さが、誰の心にも巣くっています。

 

それを煩悩というのかもしれません。

 

煩悩と正面から向き合い、とことん闘う人生、

それが、僧の道かと、側から見ていて思います。

こちらの句は、煩悩に勝利した者の俳句に思います。

春風だけがふところに入ってくるよ、と詠みながら、

それを謳歌している一句だと解しています。

 

すべてを手放すことができれば、

その者こそ、強者だと思います。

 

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カノン