注:ヨンベさんとの妄想恋愛小説です。こういった妄想が苦手な方はご注意下さい。
何がよくなかったのだろう。何処で間違えてしまったのだろう。
梨理がいなくなってから、ヨンベは何度も梨理と過ごした数年間を思い返した。
あの時にああしていれば、ああしなければ…、もしもう一度会えたら何を言おう。
色々なことを考えたけれど、どれだけ考えても正しい答えに行き着けた気がしない。
はっきりしていることは一つだけ。
もう一度梨理の笑顔が見たい。それがヨンベの一番の願いだった。
それなのに、数年ぶりに再会した梨理は、ヨンベのそんな願いを聞いて、ぽろぽろと涙を流し続ける。
「お願い…。そんな風に言わないで」
震える声で、梨理は言った。
「私には、ヨンベにそんな風に思ってもらう資格なんてない」
「リリ…」
梨理にそんなつもりはないのかもしれない。だけどヨンベは、自分のすべてを否定されたような気がして悲しかった。
「資格ってなんだ。俺は、リリを好きになってもいけないのか?」
「ヨンベ…」
涙を隠したいのか、梨理は俯いて、顔を掌で覆う。それでも、涙が止まっていないことは、見ていてわかった。
「そうじゃない…。凄く、嬉しい…」
「じゃあ…」
「でも、駄目よ…。私、最低だもの。本当の私を知ったら、きっとヨンベだって…」
「リリ…」
ヨンベは泣き続ける梨理を放っておけなくて、思わず手を伸ばした。
その時、人の声が聞こえてきて、二人はハッとする。
「ねぇ、あれってBIGBANGのテヤンじゃない?」
「えっ!うそ!一緒にいるの誰?」
運の悪いことに、たまたま通りかかった女の子たちが、ヨンベの存在気付いてしまったようだ。
こんな場面を見られたら、一体どう思われるか。
ヨンベも梨理も多分同じ事を心配していた。
「ヨンベ…、これ以上ここにいたら、あなたの為によくないわ」
「じゃあ、場所を変えよう」
「ヨンベ…」
梨理に迷惑をかけるかもしれない。立場上、わきまえなければいけないこともわかっている。それでも、やっと会えたのに、このまま別れることなんて出来ない。
「ちゃんと、リリの本心が聞きたい。それで俺の心が変わると思うなら、諦めさせてくれよ。頼む」
そう言って、ヨンベは、半ば強引に梨理の部屋に上がり込んだ。
引っ越してきたばかりだというその部屋は、美緒の家からほど近い場所にあった。
スンリの恋人がその場所に越してきていなかったら、買い出しに出掛けたジヨンが梨理を見付けてくれなかったら。
様々な偶然に感謝しながらも、ヨンベは不安だった。
もし、これが、この恋を終わりにする為に起きた奇跡だったら…
そんな風に思いたくはない。
けれど、次に道を間違えたら、今度こそ、二度と梨理には会えなくなるような気がして、ヨンベは緊張していた。
その緊張が、部屋の空気を重くしているせいだろうか。梨理は、ソファーの前に立ったまま、落ち着かない様子を見せている。ヨンベが近付こうとすると、びくっと肩を震わせた。
「そんなに怯えるなよ。大丈夫。何もしないから」
そんなことを梨理に対して言わなければならないことが悲しい。だけど、全て自分が悪いのだとヨンベは自分に言い聞かせる。
「ヨンベ…」
「リリ、俺のことは嫌いか?」
ヨンベが尋ねると、梨理は小さく首を横に振った。
「じゃあ、男としては見れない?」
次の質問には、少し間があった。梨理はしばらく戸惑う様子を見せたあと、首を横に振り、ぽろりと涙を流した。
「じゃあ、どうして…」
どうして梨理は、頑なにヨンベの気持ちを拒もうとするのだろう。ヨンベには、チャンスすら与えてもらえないのだろうか。
悲痛な思いで答えを待っていると、梨理が言った。
「私が、馬鹿だったから…」
馬鹿だから、最低だから。梨理はそんな言葉しか言ってくれない。それでは、何もわからない。
ヨンベが更に追求しようとした時、何かを決意したように梨理が言った。
「ヨンベ…。ヨンベは、あの時、私が…他の男の人としようとしてたこと…知ってるよね?」
「…………っ!?」
当時のことを思い出し、ヨンベは寒気を感じた。
梨理は、何を言おうとしているのだろう。想像すると、少し恐ろしい。
怯えながら、助けを求めてきた梨理。迎えに行くと、彼女の首筋には赤い痕が残っていた。
きっと、愛してもいない男に触れられて、恐ろしい思いをしただろう。男に慣れていないから、混乱もしたはずだ。
そんな梨理に、自分は何をしたのか。
やはり、あの行為が、梨理を傷付けてしまったのだろうか?
梨理にはっきりそう宣告されることが怖くて、ヨンベは震えた。それを梨理に悟られたくなくて、ぎゅっと拳を握り締める。
そうして、ヨンベが耐えていると、梨理はゆっくりと語りだした。
「初めは、ただ、早く大人になりたかっただけだったと思う。子供の恋を終わらせたくて…変わりたくて…」
その気持ちは、ヨンベにも痛いほどよくわかった。自分はこのままでいいのか、ずっとそんな不安を抱えていたから。
悩みを抱えながら、何も出来ずにいたヨンベと違い、梨理は行動を起こした。正しかったかどうかは別として、その行動力は梨理らしいと思う。
「誰でもいいと思ってた…。誰でも同じだって…。けど、駄目だった…。その先のことを思うと、少し触れられるだけでも怖くて…どうしても嫌で…」
梨理は、自分の身体を抱きしめるように、ぎゅっと腕を掴んだ。その時のことを思い出すと、恐怖が蘇るのだろう。梨理の声は震えている。
「怖くて怖くて…、もうダメって思った時…、浮かんだのは、ヨンベ…あなたの顔だった」
「…………!」
突然、自分の名前が出たことに、ヨンベは驚いた。
あの時、どうして梨理が自分を頼ってくれたのか、ずっと不思議だった。その理由を梨理が、震える声で教えてくれる。
「初めは…どうしてヨンベなのかわからなかった…。いいえ、ヨンベの顔を見てもやっぱりわからなかった…。でも、確かに思ったの…。男の人にキスされて、それ以上も求められた時、こんなの嫌だ、されるなら…ヨンベがいいって…」
「リリ…」
「おかしいよね?私、ずっと…ジヨンが好きだったはずなのに」
おかしくなんてない、と言いたかった。梨理の言葉の意味することを勝手に想像して、ヨンベの心はときめいた。
だけど、ヨンベが答えを押し付けてしまったら、同じことの繰返しになるような気がして、ヨンベはじっと、梨理の答えを待った。
「本当はね。違うって確かめたかったんだと思う…。そんなはずない。ヨンベは友達だもの…。ヨンベと…したいなんて…、本当にそうなったら、やっぱり怖いって思うはずだって…。だって、私は…私は…」
梨理がそう思うのも無理はないと思った。ヨンベは、梨理が一途にジヨンだけを思い続けてきたことを誰よりも知っている。ジヨンを思い浮かべるべき場面で、他の男の顔が浮かんだら、戸惑うのは当然だ。すぐには受け入れられまい。
あの時に、梨理のそんな気持ちをちゃんと思いやれていたら、梨理をこんな風に泣かせてしまうことはなかったのだろうか。
ヨンベの心は、子供だった自分を責める気持ちで一杯だった。
「あの時、ヨンベにあんなお願いをしながら…私は、途中で堪えられなくなることを望んでた…。友達だもの。そんなこと出来るはずないって…。けど…」
「けど?」
「…………っ!」
ヨンベは梨理に一歩近付き、梨理の頬にそっと触れた。梨理の身体はびくっと震えたが、ヨンベはかまわず、彼女の顔を自分の方に向けさせる。
「俺としてみてどうだった?やっぱり、嫌だったか?」
「ヨンベ…」
梨理の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。梨理はヨンベの服を掴み、ヨンベの胸に顔を埋めた。
「ヨンベ…、ごめんなさい。ごめんなさい」
「どうして、謝るんだよ」
ヨンベは彼女をそっと抱き寄せ、赤子をあやすように頭を撫でた。
「そんなに…、泣くほど嫌だったのか?」
「違っ…」
梨理は反射的に顔をあげ、否定の言葉を口にした。その反応にほっとして、ヨンベは彼女に微笑みを向ける。
「良かった。嫌だったって言われたら、どうしようかと思った」
「ヨンベ…」
ヨンベを見つめ、梨理はぽろぽろと涙を流す。
「ヨンベ、私、最低でしょ…」
「どうして?」
「ヨンベに…、ヨンベと、最後までして…、もっとわからなくなった。自分の気持ちが怖くて、逃げ出してしまった」
いいや、梨理は悪くない。梨理がいなくなってしまった時はショックだったけれど、今ならば、そうさせてしまった自分が悪かったとわかる。
「俺が悪かったんだよ。リリの気持ちが、まだ俺にないことはわかっていたのに、俺を頼ってくれたリリに甘えて、リリを抱いてしまった」
「けど、ああしてくれなかったら、私、きっと…いつまでも気付けなかったわ。自分の本当の気持ちに…」
「リリ…」
ヨンベが見つめると、梨理は大きく息を吸い込んで、改めて、ヨンベを真っ直ぐ見つめてくれた。先程までとは違う力強い瞳には、本来の彼女らしい輝きが宿っている。
「ヨンベ、私…、離れてから今まで、何度もあの時のことを思い返した…。どうしてヨンベだったのか…、本当はすぐにわかったわ。けど、今更遅いって…何度も諦めようとして、けど、やっぱり駄目で…。再会して、ヨンベが好きって言ってくれて…、本当は、凄く嬉しかった」
「リリ…」
きっと、それを聞いたヨンベの方が、何倍も嬉しかったに違いない。離れている間、梨理も自分を思っていてくれた。それだけで、とても幸せだ。
だけど、梨理は、もっと幸せになれる言葉をヨンベにくれる。
「ねぇ、ヨンベ。私、あなたを好きでいても、いいのかな?」
返事をするまでもない。答えは決まりきっている。ヨンベは困ったように笑って見せて、梨理に言った。
「そんなこと言うなよ。約束を守れなくなる」
「え?」
「今、凄く…リリとキスがしたい」
「………!」
「駄目?」
そう言って、梨理の瞳を覗きこむと、彼女は小さく頷いてくれた。ヨンベは、そのままゆっくりと、梨理に唇を近付ける。だけど、触れあう寸前で、ヨンベは動きを止めた。
「ああ、駄目だ。忘れてた」
「……………?」
「リリ、愛してる。俺の恋人になってくれ」
今度はちゃんと、それを伝えてから、触れあいたかった。梨理は驚いたように目を見開いて、すぐに表情を変えた。
「はい」
きらきらと輝く笑顔。それは、ヨンベが好きになって、ずっと守りたいと思い続けてきた笑顔だった。