随分お待たせしてしまいましたが、納得のいく結末になっていることを願いますm(__)m
「リリ、ストップ!そうじゃない」
あの頃、梨理は、ダンスの事で悩みを抱えていた。
「もっと、こう…感情を乗せられないかな?」
「感情…ですか?」
「リリ。ダンスに一途なのは君のいいところだけれど、まだ若いんだから、それ以外の経験を積むことも大切だよ。友情だったり、恋だったり…。その経験が表現力を研くことにも繋がるんだ」
「…………はい」
梨理は十代の頃からダンス以外のことを殆どせずに過ごしてきた。おしゃれは人並みにするけれど、それも全てダンサーとしての自分を輝かせる為。友人も似たような夢を持った若者ばかりで、学校の同級生とは、あまり気が合わなかった。
男性には、それなりにモテたと思う。告白されたことも、何度かある。けれど、梨理の心にはジヨンがいた。
その恋は、敵わないまま終わってしまって、今はもう、ジヨンと恋人になりたいとは思わない。
だけど、きちんと告白出来なかったせいか、いつまでも区切りを付けられずにいた。初めて好きになった人に、女性として意識してもらえなかったという事実が、梨理の自信を奪い、ダンスにも悪影響を及ぼしていたように思う。
「リリ、そんなに落ち込むなよ。気晴らしに飲みに行こう」
そんな時、声をかけてくれた男性は、ダンサー仲間の一人だった。以前から、彼が自分に好意を抱いてくれていたことを梨理は知っていた。
誘いにのったら、きっとただの友達ではいられなくなる。そんな予感が、確かにあった。
(それでも…いいかな)
他に誰か捧げたい相手がいるわけでもない。それで何かが変わるなら、本当にそれでいいと思っていた。彼のことは嫌いではなかったし、ゆっくり少しずつ、本物の恋にしていけるはずだと。
だけど、その時は、突然やってきた。
「リリ…」
「…………っ!」
デートの最後、車の中で彼にキスをされた。予感はあったけれど、その瞬間は驚いて、何か反応をすることも出来なかった。その間に、彼の舌が口内に侵入してきて、彼の手が梨理の身体をまさぐった。
「あっ…」
このまま、この人と一線を越えてしまうのだろうか。
誘われた時に、そうなる覚悟はしていたつもりだった。だけど、本当にその時が来たら、怖くて怖くてたまらなかった。
(嫌だ…。助けて…)
彼の唇が首筋に降りてきて、彼の手が太腿を這ってきた瞬間、梨理は助けを求めて、ある人を思い浮かべた。
その瞬間、思い浮かんだ顔が、ヨンベの温かな笑顔であったことに、何よりも驚いて、梨理は反射的に目の前の彼を突き飛ばした。
「リリ?」
「……………」
「ごめん。突然驚いたよな?…でも、軽い気持ちじゃないよ。もし、嫌じゃなければ、この後、俺の部屋で…」
彼の言葉を聞いている間も、梨理の頭の中にはヨンベがいた。ヨンベが頭から離れなかった。自分の身体に触れていいのは、目の前にいるこの人じゃない。自分が触れて欲しいのは、ヨンベだ。
そんな考えが浮かんだ瞬間、混乱が極限に達して、涙があふれでた。
「リリ?」
「……私、ごめんなさい。ごめんなさい」
梨理は車を飛び出して、無我夢中で走った。走っても走っても、ヨンベの姿が頭から離れなくて、走ったからという理由からだけではなく、胸がドキドキした。
何処まで走っても落ち着かなくて、ヨンベのあの優しい声が聞きたい気がして、気が付いたら、ヨンベに電話をかけていた。
ヨンベはすぐに迎えに来てくれて、梨理の願いを聞き、梨理をヨンベの部屋に連れて行ってくれた。
本当は、自分でもまだ、どうしていいのかわからなかった。だけど、ヨンベの顔を見て、ますますヨンベに触れて欲しい気持ちが強くなった。
そんなはずはない。ヨンベは友達なのに。
そう思う気持ちとヨンベを求める気持ちが、頭の中でぐちゃぐちゃに混ざりあって、梨理は、絶対に間違っているとわかっているのに、ヨンベに抱いて欲しいと願ってしまった。
ヨンベは、とても優しかった。
おかしなお願いをされて、とても困っただろうに、梨理のわがままを受け入れてくれて、大切な宝物を扱うように、梨理の身体に触れてくれた。
キスも愛撫も、梨理の知っているヨンベの人柄通り、とても優しくて、だけど、目の前のヨンベは、梨理の知らない男の顔をしていて、想像以上に鼓動が高鳴った。
ヨンベに服を脱がされ、その姿をヨンベに見られていると感じた時、梨理は急に恥ずかしくなった。ヨンベの周りにいるような美しい女の子たちとは違い、女らしいところなど少しもない自分の身体は、魅力的じゃないように思えて。だけど、ヨンベは、そんな梨理に綺麗だと言ってくれた。多分、その瞬間に、梨理の中で女が目覚めたのだと思う。
ヨンベが服を脱ぎ捨てた時、その美しさにはっとした。昔は、ヨンベもジヨンも、梨理がいても平気で着替えをしていたし、ヨンベの裸なんて見慣れていると思っていたのに、その時は、これまで見ていた姿と全く違って見えた。
これから、この身体に抱かれるのだ。そう意識した瞬間、胸がきゅんと高鳴った。
それでもまだ、梨理の中には、そんなはずはないという思いがあった。ヨンベは友達なのだから、触れられることに対して、嫌悪を感じなければおかしいと。
だけど、実際には、車の中で彼に触れられた時とは全く違っていた。梨理はヨンベに触れられることを全く嫌だとは思わなかった。それどころか、梨理はヨンベの指で、生まれて初めて快感を知った。
そして、ヨンベが体内に入ってきた瞬間、梨理は、今まで感じたことのなかったような悦びを感じた。まるで、生まれてからずっとその瞬間を待ちわびていたかのようだった。
その頃にはもう、梨理は気付かずにいることが出来なくなっていた。
自分はヨンベとの行為で、快感を得てしまっていると。そんなはずはないと、頭ではずっと否定しているのに、それを確かめる為の行為だったのに、身体はヨンベを求め、ヨンベで満たされることに、悦びを感じている。
梨理は、何だか急に、自分がとても、淫乱な女の子になってしまったような気がした。ヨンベが好きだと言ってくれても、何だか自分がヨンベの心を乱して、変えてしまったような気がして、素直に喜べなかった。
そして、梨理は、ヨンベから逃げ出してしまった。最低なことをしたと思う。けど、あの時はああすることしか出来なかった。
アメリカに渡ってすぐの頃は、あの出来事を忘れよう忘れようと、必死に努力していた。
だけど、心からも、身体からも、ヨンベの記憶は消えてくれなかった。それどころか、日に日に恋しさが募った。
やがて、梨理は少しずつ、自分の気持ちと向き合い始める。
もし、あの時、助けを求めたのがジヨンだったら、自分はあんな風に身体を許しただろうか。例え、ジヨンが求めてくれたとしても、自分は拒絶してしまっていたような気がする。
ジヨンのことが好きだった。本当に、苦しいくらい。
だけど、それは子供の恋だったのだと、梨理は思い始めていた。だから、自分が彼の恋愛対象になれないと気付いた時、あっさり諦められたのかもしれない。恋を発展させるより、友情を守ることの方が、梨理には大切だった。
ヨンベは、梨理が辛い時、苦しい時、いつも側にいてくれた。いつも隣で微笑んでいてくれた。その笑顔が、自分にとってどれ程大切なものだったのか、離れてみて初めて気がついた。
ヨンベもジヨンと同じように、梨理にとっては大切な友人だった。関係を持ってしまったら、その友情は崩れてしまうとわかっていた。だけど、あの時は、ヨンベに抱かれたいという衝動を抑えきれなかった。この機会を逃したら、いつか誰かに奪われてしまう。それがどうしても嫌だった。
(私、ヨンベのことが好きなんだわ)
時間をかけて、梨理は漸くそのことに気が付いた。だけど、きっともう遅いだろうと思った。ヨンベは自分のことなど待っていてはくれまい。魅力的な人だ。隣にはもう、別の女性がいるかもしれない。ヨンベがまだ一人でいたとしても、こんなにも勝手な行動をとった自分が、今更彼に好きと伝えていいのか、梨理には迷いもあった。
ただ、もう一度だけ会いたかった。もう一度、あの笑顔に会いたかった。
「う…ん…?」
目を開けると、溜め息が出るほど美しい背中が目に入った。
「ヨン…ベ…?」
名前を呼ぶと、ベッドサイドに座っていたヨンベが振り返り、微笑んでくれた。
「夢でも見ているのかしら」
「夢の方が良かったのか」
ヨンベの問いに、悲しくなって、梨理は顔を歪める。
「嫌…。夢でしか会えないのは、もう嫌」
ヨンベは嬉しそうに笑って、梨理の額にキスしてくれた。本当に、夢ではないのだと、梨理は漸く実感する。
「ごめんな。無理をさせて」
梨理が意識を失ってしまっていたからか、ヨンベは申し訳なさそうにそう言った。
「そんな…私の方こそ、ごめんなさい」
「どうして?」
「あの…、私、ヨンベのことしか知らないから…へ、下手でしょ?そういうこと…」
梨理が照れながらそう言うと、ヨンベもぽっと頬を赤く染めた。
「そんなの…俺だって一緒だよ」
「でも、ヨンベは凄くっ……!」
凄く上手と言おうとして、梨理は言葉を飲み込んだ。経験が足りなくて、こういう気持ちは伝えていいものなのかどうなのかもわからない。せめてもう少し勉強しておくべきだったと、梨理は後悔する。
そんな梨理に、ヨンベは優しくこう言ってくれた。
「リリ、俺はリリを愛してるから、リリに触れられるだけで嬉しいし、気持ちいいよ。リリも同じだったら、もっと嬉しい」
「ヨンベ…」
「お互い経験不足なら、これから二人で上手くなろう。これからは、ずっと一緒なんだから。そうだろ?」
「うん…」
ヨンベがキスを求めてくれたので、目を閉じて、それに答える。お互いにまだ辿々しいが、これから二人上達していけるのなら、それはとても幸せなこだと梨理は思った。
互いの舌が深く絡み合い、ヨンベの手が、梨理の身体をまさぐり始めた時、何処かで、スマートフォンが鳴る音が聞こえた。
「ヨンベ…電話が…」
「後でいいだろ」
ヨンベはそう言って先に進もうとした。しかし、電話は一向になりやまない。
「ヨンベ…、駄目よ」
梨理がそう言ってヨンベを止めると、ヨンベは不服そうに梨理から離れ、スマートフォンを探し始めた。
「…ったく、誰だよ。……ヨボセヨ?」
「ヨンベ!今何処だよ!」
電話の相手は、ジヨンようだった。大きな声で怒鳴っているのか、梨理にまでその声が漏れ聞こえてくる。
「急にいなくなってさ。戻ってくるの?来ないの?今日は俺たちの妹の大切なお祝いなんだぞ!ちゃんとわかっているのか?」
「あー、わかったよ。すぐに戻る」
そう言って、ヨンベは、ちらりとベッドの上の梨理を見た。
「俺の恋人も一緒に連れて帰るから。みんなにもそう伝えてくれ」
「はぁー?恋人?ちょっ…ヨンベ、それってどういう?」
電話の向こうで、ジヨンはとても驚いていたが、ヨンベはそのまま何も言わずに電話を切ってしまった。
「ヨンベ…今のって…」
「嫌?」
ヨンベに寂しげな笑顔で尋ねられて、梨理は首を横に振った。
嫌なわけがない。ただ、とても驚いた。
「ジヨンの恋人も一緒にいるけど、大丈夫か」
「そんなのもう気にしていないわ。けど…本当にいいの?」
「何が?」
「私を恋人として紹介してもらって…本当にいいの?」
「当たり前だろ」
そう言って、ヨンベが笑ってくれて、本当に本当に嬉しかった。嬉しくて涙が溢れた。
自分にも、漸く恋人と呼べる人が出来た。それがヨンベだなんて、なんと幸せなのだろう。
「泣くなよ。これからみんなに会わせるんだから」
「うん…」
「ジヨン、驚くだろうな」
「ふふふ、そうね」
「楽しみだな」
「うん」
ヨンベが優しく抱き締めてくれたので、梨理もヨンベの背中に腕を回した。
遠回りをしたけれど、やっと自分の居場所に辿り着けた。温かい腕の中で、心の底から、そう思えた。
完