窓の外に朝靄が立ち込めて

 

幻想的な景色が広がっている

 

昨日よりも寒さが一段と増して

 

山のオテルも秋の終わりを迎え

冬が来ようとしていた

 

いつも朝食をいただく会場の暖炉が焚かれ

会場は賑やかに、

髭と眼鏡がとても似合う男性がいた

その上條恒彦似の男性の

膝の上に置かれた年季の入った

バードウォッチングの双眼鏡に目がいった

 

男性の話しを聞いた

「6月に夏鳥のオオルリが木の上で囀り、

9月になると秋を告げるカケスの飛び交う声が聞こえます」

 

「 カケスはごま塩頭で賢く美しい鳥です」

 

「タカの鳴き声や動物の声だけでなく、

人の声やチェーンソーの金属音も真似ます」

 

「その姿を捉えることはそう簡単ではないんだよ」

 

男性は森にバードウオッチングに出かけると

なかなか帰ってこないと、

わざと意地悪そうにベイクは言うと

男性に聞こえるように

 

「スナフキンと呼んでもいいですか」

 

笑いが起きた

 

 

 

器用に焼きマシュマロを作っては

次々に宿泊客に手渡しながら私に話しかけて来た

 

「本日は近江の百済寺の方までお出かけですか?」

 

 

百済寺は聖徳太子が創設した古いお寺で紅葉の名刹

 

 

 

 

暖炉の周りに

ラグや大きなソファと揺り椅子が置かれた

 

大きな丸テーブルの上に目をやると

オテルの蔵書の宝石の図録やアンティークの植物画集

 

海外ミステリーの文庫も揃っている

読み物が揃えられている

 

毎年人気のショットバーと焼きマシュマロ

 

宿泊客がマシュマロを焼くスペースが造られた

 

 

ベイクは私に話しかけて来る

 

「暖炉から離れられそうもない

おやつ楽しみにしてるから

この海外ミステリーの表紙が素敵ね」

 

「いいですねー」

 

「フォレノワールと言うドイツの黒い森のさくらんぼ

のケーキです

さくらんぼの蒸留酒をたっぷりと染み込ませます」

 

 

 

「私のショールをお持ちしましょうか」

 

「ほら、このバッグの中に持ってるからありがとう」

 

 

 

暖炉の前のソファに身を委ね

 

薪の音を聞いている

 

 
 

温かい紅茶を

 ゆっくりと席を周りながらサーブし始める

 

 

 

山の晩秋の旅情に浸り

 

揺らぐ炎を見つめていると

 

心が解けていくよう

 

 

土産コーナーで買い求めた巾着袋の中から

飴玉を取り出し舐めてみた

 

飴の包みを見ると

 

「鶏頭の味」

 

と書いてある、、、うそだ!!!!!衝撃が走った

 

ご丁寧に「ぽんぽこ製菓株式会社」

 

へええ〜株式会社なんだ

 

いやそんなことはどうでもいい

この状況をどうにかしてほしい

鶏の頭を舐めてる訳だから、、、

 

とうもろこしは甘いよ味

 

毒は入ってないりんご味

 

それに

あなたは食べちゃダメみかん味

 

どれもたぬきの好物なのね、、

 

 

 

自問自答した

 

此処は肌で感じる豊かな自然の中

 

たぬきがいて何が悪い

 

 

「ほれほれもう一つお口にぽん♪」

 

5匹の小だぬきがソファに並んで手拍子

 

とうとう現れ出た、、

 

正気の沙汰ではない

 

5匹も。。たぬき御殿ではあるまいに。。。

 

気つけにあとで

ホットブランデーを一杯いただこう

 

 

そう10日前は

葬儀で尾道駅から渡船で向島に向かっていた

途切れることなく雪が舞って

誰も無口だった

 

 

叔父が亡くなった

 

悔やまれた長生きをして欲しかった

 

 

新しい事業を始めたばかりで日々多忙を極めていたと言う

 

この頃になると

景気は冷え込んで

 

いとこは借金だけが残ったと言う

 

 

 

叔父を想い涙を拭った、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                             

 

 

 

 

【HIS】旅行プログラム

 

 

叔父の車のカセットから

いつだって双子の歌手ピーナッツ

恋のバカンスが流れて来る

 

 

神戸育ちの叔父らしい

ハイカラな一面がある

ピーナットの恋のフーガ や

シャボン玉ホリデーと言った名曲を皆さんもご存知だろう。

 

叔父が就職が決まった祝いに

いとこと私を

レストラン北山の

フランス料理店に

連れて行ってくれるそう〜バンザイ!

 

叔父は造船の下請け会社を経営して念願の家を建てた。

 

2度目の夏は

引っ越ししたばかりの

家に滞在することになった。

 

家の玄関は吹き抜けになっていてステンドグラスの窓が嵌め込まれている。

 

茶道教授の叔母の茶室と水屋も造られている。

 

愛用の足踏みミシンも運ばれて来ていた。

 

普段にサマーワンピースや

それにローウエストの冬のワンピースも2ヶ月がかりで縫い上げてくれた。

婦人雑誌のミセスを見ながら珍しくメガネをかけて夜中

製図していた姿を思い出してしまう。

 

今なら婦人雑誌はハルメクや家庭画報や婦人画報などだが、

昭和はミセスとマダムも同様に席巻していたと思う。

 

私の体を巻尺で測りながら製図を補正してくれたから

どこもかしこも体に馴染んでいる。

 

*photoフランスのアンティークリボン

は丁寧に紙に巻かれてある

 

 

 

ワンピースの袖口に取り付けて貰った

儚げなピンク色のアンティークリボン。

 

 

着る度に

 

もうなりきり小公女風で

 

テンション上がりっぱなし、

 

アンティーク素材は

デリケートそのもの

裂けないように薄く芯地を

張らなければならなかったので

叔母に感謝した。

 

 

叔母の茶道の稽古にも精を出した

もちろん 出される菓子目当てである。

 

ミーレの海外家電の洗濯機や

大型キッチンに目を見張った。

 

オーちゃんは鸚鵡だけど家族の中でアイドル的存在

前の家から引っ越して来ていて一番元気だ、一安心。

それにしても、、真新 新しい家は落ち着かな良くも悪くあ

 

 

 

 

ヤンのお茶を飲むと

また記憶の中の私が次々現れる、、

 

 

 

 

 

 

そう広島の尾道というところに同い年のいとこがいる。

 

昭和52年の夏から数年間私がまだ学生の頃、

 

アルバイトを兼ねて

 

尾道のいとこ宅に暮らすように滞在した。

 

 

 

 

叔母が興奮気味に電話をかけてきて

 

「忘れず浴衣を持ってくるのよ。」

 

私に2枚の

サマーワンピースをミシンで縫ってくれていた。

 

 

 

行列ができる尾道ラーメンの名店があった、

その向かい側の土堂の通りの履物屋さんへ

 

叔母が

向日葵のような明るい黄色い鼻緒を

選んでくれた

すげ替えて、

 

新調してくれたのが大変嬉しかった。

 

サンダルにレトロな昭和のワンピース、

 

松永下駄の歴史もあり

 

下駄にワンピースと日傘の女性が

 

この尾道の街にとても似合う。

 

 

下駄のおかげで脚は丈夫になったと思う。

 

 

 

 

夏休みの朝のラジオ体操に行き、

旅館の仕事と午後から

麦わら帽子を製作する工房へ

アルバイトに出かけていた。

 

真夏の熱気は容赦ない扇風機と

大きなやかんに氷を入れた麦茶が準備される。

 

みんな黙々と手を動かしミシンの力強い音が響く工房が

心底好きになった。

 

 

 

おやつの時間になると

奥さんが大きなスイカを切ってくれる。

 

 

時々専務さんの車に乗せてもらって

納品に出向くことがある。

 

帰りには行きつけで昼食を取り

オムライスとアイスコーヒーが定番であった。

 

エアコンの効きが長く続かないので

 

窓を開けて走行することもしばしば、

首にタオルは当たり前だった。

 

道の途中に立ち寄って冷凍みかんを振る舞ってくれる。

こんな楽しい仕事はないと思った。

 

アルバイトの帰り道

たいてい叔母にメモを持たされ夕飯の材料を買い、

 

あらかじめ叔母が贈答用に

予約しておいた桂馬のかまぼこは

たいそう有名な老舗店で

 

緊張して受け取りに寄ったものだ。

 

何しろ地元の人にしか分かりそうにもない、、

 

細い路地1本入るのに何度も迷子になる。

 

桂馬の蒲鉾店は謎めいている。

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたら ご存知の方もいらっしゃると思う

 

その途中に駄菓子屋がある、、ふらふら誘われるように

 

糸付きの飴玉とか書いたら消える塗り絵とか

きな粉棒とかチョコバットとか粉ジュース

カレー味のあられはねぶりくじを引いて量が決まる

子供ながらも真剣勝負になる。

 

昭和世代の駄菓子屋育ちは

たちまち魂を吸い込まれてしまう

 

 

麦わら帽子製造用環縫ミシンは

近年になり機械遺産になった。

 

 

当時の造船景気に沸いて

浸水式の餅まきや花火祭りもあった。

 

バイトのお金で気に入った麦わら帽子を買った、

値段もおまけしてくれたから2つ買えたし

尾道の思い出と共にそれから10年も愛用した。

 

ベイク緒方千枝も

尾道の造船所に父親が勤務していたそうだ。

彼女も高校まで尾道で暮らし

平成27年ごろ夏休みに引っ越して

父親の仕事で長崎に戻った。

 

その数年後に平成30年ごろベイクに出会った。

彼女はまだ大学生で

週末のオテルのアルバイトに来ていた。

生き生きとした目が印象的で

彼女はオテリエの

要素を沢山持っていると直感した。

 

そうベイクとお喋りすると

 

懐かしい尾道の街と海の風景や

 

それにセブンティーとかノンノの

昔雑誌を愛読してんだ私、、思い出してしまった

 

みなと旅館の木の葉丼の話

菊屋の弁当の話

 

アイスのようにひんやり口の中で溶ける

ドイツのチョコレートの話

 

 

金萬堂のスイートポテトの話

尾道には当時から住友銀行がある話

 

客のパーマの待ち時間に

水中眼鏡を付け

サザエ取りに潜る美容師の話

 

お婆さんが売り歩くたこ天に出会えたなら運がいいと言う話

 

話になり尽きることはなかった。

 

さてと話を

帽子に戻して、、

 

帽子は被る以上に手入れが肝心で、

紙製の円形の中に頭頂部を下にするのが正しい。保管の仕方を教えてもらった。

 

尾道のいとこに言わせると

藤井製帽が一番だと言う。

カンカン帽を被った自分を赤毛のアン風に見えていると

確信しているのだ。

尾道はもうプリンスエドワード島?まあ〜いいか。

 

ヤンのお茶を飲むと記憶の中の私が現れる。

 

 

 

 

海岸通りの海風は心地よい。

からさわのアイスクリームを頬張りながら

流行の楊柳生地のワンピースを着てみたが地味過ぎた。

 

アイスクリームを頬張り並んで歩いているいとこが

「その楊柳のワンピース40歳のおばさんに見えとるけん。」

と容赦ない。

 

記憶の向こうに

若かりし私がいた。

 

 

部屋の中だと言うのに

 

同じ風が吹いた、  

海の香りがする、、

 

 


ベイクに誘われ一緒に林を抜けた。

 

 

すると目の前に

夜の湖がパノラマに広がって見える。

 

心地よい風が吹き抜けた。

 

彼女は何も話さない。

 

夜の明かりに照らし出された水面を見つめていると

 

引き込まれそうだ。

 

闇の中の静寂が、

 

私の中に不安や恐れを掻き立てる。

 

 

 

呪文に導かれるような

 

嵐が迫り暗雲が垂れ込めて来た。

 

耳をつんざくような雷鳴が轟き渡る

 

エネルギーは計り知れない。

 

大粒の雨が容赦なくベイクと私に降り注ぐ。

 

声がするどうやら私達以外にも散策をしていた客がいる。

 


ベイクも私もオテルを

目指し走った。

 

呪文が止んだ。


バスタブに浸かり

冷え切った体を温めて

 

ベッドへ倒れ込むように

眠ってしまった。

 

どれくらい時が過ぎたのだろう。

 

象牙色の置き時計に

目をやると1時間ほど眠っていたようだ。

 

この部屋はプロバンス風に

リゾート向けの家具や大きなベッドが配置されている。

 

 

着替えを済ませたベイクは

部屋までやって来た。

 

明日はオテル自慢のブルーベリーのタルトを焼くと言う。

 

若く快活な彼女だが

目が充血しているあの嵐だ当然だ。

 

「あの、メニューにない

キッチンの

あり合わせで作りましたものですからね。」

と私に念を押す。

 

ベイク緒方千枝は

公衆衛生学や栄養学や調理理論といった知識を証明できる調理師免許を持っている。

オテリエか、シェフになるため

料理の経験を積むか悩んだ時期もあったそうだ。

 

料理を乗せたワゴンが部屋まで運び込まれた。

その辺のテーブルに白いクロスが掛けられ、銀のカトラリーが並べられ目の前は一変する。

 

 

 

耐熱グラスに注がれた

金色のハーブのお茶に

蜂蜜を垂らし

ロングハンドルのスプーンで撹拌する。

 

煙のようにスパイシーな香りが立ち上がり私を包んだ。

 

次に口にしたのは、

ローストビーフを2枚挟んだ

ご機嫌なサンドイッチ。

 

鍋敷きに乗せられた小さな鍋は

ぐつぐつと音を立てている。

 

注意深く布巾で蓋を開けてくれた。

真っ白の大根みぞれが胃にも優しい

辛味と爽やかな緑色のクレソンはたっぷりと盛られていて

鴨肉の雑炊仕立てになっている。

 

 

「明朝お帰りになる客のために

これから土産売り場の品を補充します。」

真夜中の土産売り場は

 

彼女だけの秘密基地になるようだ。

 

売り場に仕覆に似せた飴玉が入った金蘭の巾着袋があった。

 

そう茶道の棗をしまう仕覆ほど

立派ではないけれど気軽に使えるのがいい。

一見地味に見えるペルシャ柄の巾着袋が推しである!

 

 

ヤンのお茶が心地よい急にうとうとして、、

 

「高貴なハーブを燻したお茶です。」

「チューインガムを噛んだ後のミント味に似てね。」

 

ベイクは悪戯っぽく笑った。

 

何のハーブか知る由もない

 

眠気でうとうとする、、

 

早送りの思い出が次々に映し出される、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベイクの後ろから宿泊客が2人入ってきたそれは僧侶であった。

厄除けで有名な寺があるためお祓いに来る人は多い。

息が止まった。

しっぽだ! 
僧侶に化け損ねたたぬきに違いない。

 

ゆっくりと首を持ち上げ、

射るような目を向け歯を見せ薄笑いを浮かべた。

僧侶の薄い唇は、

一文字に裂け到底人ではない。

 

ふわりふわりと右へ左へしっぽを揺らしながら

通り過ぎていく2人いや2匹の僧侶。

しっぽを隠し損ねた。

周りは気がついていない。

どうやら私だけ見えて・い・る。
 

ディナーもワインも美味い来た甲斐があったいい気分だ。

驚きと怖さで

ワインに酔ってしまった。

 

厳重に間仕切りされた一角がある。周りに上手くとけ込んでいるその一角は浮かび上がっては消えたかと思うと

また浮かび上がって見えた。

 

何より、

私にだけ見えているようだ。

 

2匹がじっくり見つめているのはメニューが書かれた10枚ほどの奇妙な形のハーブの葉。料理が待ちきれないのだろう。

 

目尻を下げ

手を扇のように広げて

待つ姿は愛嬌があり思わず笑ってしまう。

 

ふいにあの得体の知れない、

2匹の僧侶の存在が消えていた。

 

私ははやる鼓動で胸が押し潰さんばかりに片時も目を離さずにいた。

重厚な扉が開けなければ会場からは出られるはずもない。

 

片時も見張っていたはず、、

 だった。

 

平常心を取り戻そうと

ロビーの居心地のよい椅子に座って宿泊客の世間話に耳を傾けていた

何か聞かれたようだが、

言葉が出ない手に汗が滲む

周りに声をかけられる前に去りたい。

 

悟られず部屋に戻れた。

 と、ドアホンが鳴る。

「見えているのですね。」

「本日は早い時間からの食事でお腹が空いて眠れないでしょう後で軽食をお持ちします。」

 

 

 

「お茶もお持ちしましょう。」

 

ベイクがドア越しに話しかけてきて、

 

私の返事など待つ気はない。

 

さらに囁くように、

「ヤンのお茶はよく効くわ。」

 

そう言うと立ち去った。

 

ワインに酔い、

夜の明かりに照らし出された眼下の湖を見たくなった。 

 

波の音は聞こえるだろうか、

オテルを出て周りを少し散歩しよう。

 

夜が更け闇に包まれる前に戻ればいい。

 

 

夜のしじまに低く流れる呪文、、

っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ

 

 

また次回まで。