◆ 『ヤポン国の人口動態異変記』

東洋の海に浮かぶヤポン国は、 古来より「数字の国」と呼ばれていた。

国民は勤勉で、 役所は几帳面で、 何事も記録し、分類し、整理することを好んだ。

しかし、ある年―― ヤポン国の人口動態帳簿に、奇妙な数字が現れた。

◆ 原因不明の死者が、静かに増え始めたのだ。

役所の書記官たちは首をかしげた。

「病名は書かれている。  しかし、なぜ増えたのかは分からぬ。」

「疫病のせいか?」 「いや、疫病で死んだ者は別に数えておる。」

「では、なぜだ?」 「分からぬ。」

ヤポン国の帳簿は、 死因は記録するが、 その人が何を受け、何を飲み、何を注射されたかは記録しない。

帳簿は死を記録するが、 死に至る道筋は記録しない。

だから、 原因不明の死者が増えても、 帳簿はただ静かに数字を積み上げるだけだった。

 

◆ その頃、ヤポン国では「大いなる注射」が国民に広く施されていた

国の長老たちは言った。

「これは国を守るための注射である。」 「皆、受けよ。」

国民は従順だった。 多くの者が注射を受けた。

しかし、 注射を受けた者がその後どうなったか―― 帳簿には記録されなかった。

帳簿は死を記録するが、 注射の有無は記録しない。

だから、 注射と死の関係は、 帳簿の上では永遠に結びつかない。

 

◆ やがて、ヤポン国の賢者たちは気づき始めた

「原因不明の死者が増えている。」 「しかし、原因は分からぬ。」 「分からぬように帳簿が作られている。」

ある賢者は言った。

「これは帳簿の欠陥ではない。  帳簿の設計そのものが、  原因を見えなくしているのだ。」

別の賢者は言った。

「原因が分からぬのではない。  原因を記録する仕組みがないのだ。」

そして、 国民の中にはこう言う者も現れた。

「原因は分からぬと言うが、  時期を見れば分かるではないか。」

「帳簿が記録しないなら、  我々が記憶するしかない。」

 

◆ ヤポン国の物語の核心

ヤポン国では、 原因を記録しない帳簿が原因不明の死者を生む。

帳簿は嘘をつかない。 しかし、 帳簿は真実をすべて書くわけではない。

だから、 帳簿を読む者は、 数字の裏側を自ら推量するしかない。

ヤポン国の賢者はこう言った。

「帳簿が語らぬ真実は、  数字の外側にある。」

最近の自民党は、難民申請の濫用防止を中心に、入国前・申請直後・在留中・退去までの全段階で厳格化を進めている。

特に「迫害該当せず」の初期分類が20倍に増えたことが象徴的で、難民制度の“入口”でのふるい落としが強まっている。
そうである。


これは、外国人に対する余りに緩い制度の基準を普通にしたということだろう。
制度を厳しくした背景は、参政党の躍進があるという意見があり、そうだろうなあと、私も思う。

 

(現在の参政党は、結党時の5人のうちの3人(赤尾由美・武田邦彦・吉野敏明)を神谷党首が切り捨てた時点で、私は残念で仕方がない。しかし、自民党に与えた影響は大で、今回の自民党の難民申請の厳格化や違法難民の強制送還化を招いている)


不法滞在が長期化し、日本で子供が生まれると、人道的事情から、強制送還が難しくなってしまう。
また、必要な医療が自国では難しく、強制送還が死を意味する場合も、人道的事情となってしまう。


そのため、人道的事情が生じないように、入国を厳しく制限する、就労に際して家族帯同を制限する、ということだろう。

「きつねの窓」を読んで、作りたいなあと思っているのは、針孔投影機です。筒を2本用意して、外側に針孔を開け、内側にスクリーンを張れば終わりなのですが、ぐうたらな私は、ずるずると未だに作れていない。
60年程前、台風の通過後のカアッと日差しの強くなった朝、雨戸の節の穴から入ってきた光が、粗末な青いすりガラスに外の庭の風景を映し出していたのを、強烈に覚えている。節穴が針孔で、青いすりガラスがスクリーンで、部屋が暗い箱だった。部屋が巨大な投影機になっていたのだ。
作るならあのイメージだから、安っぽい物は作れないぞと、自分でハードルを上げている状態です。スクリーンになる青いすりガラスはどこかにないかなあ。山道沿いの朽ちた家の窓ガラスが割れていたのはどこだったかなあと、記憶を辿ります。成形するには、ガラス切りややっとこが要るかなあ、などと要らぬ心配をしているうちに眠ってしまい忘れます。そんなことが断続的に続いていて、どうしようもありません。
そういう静かな願望は、度々もっと華やかな出来事に紛れてしまい、記憶から消し去られます。出来上がったら、私は、箱を前後にずらして、こんなだったかなあ、もっと青い絵だったよなあ、と楽しむのかなあ、記憶と違い過ぎてがっかりするのかなあ、とこれまたつまらない心配をするわけです。
ムットーニという、からくり仕掛けの人形が動く小さな劇場(箱)を作る作家がいます。私の小さな劇場は、起承転結のないただの庭の風景ですが、もう戻ることのできない瞬間に憧れて、そうやって思い出すだけでよいのかなあと未だにくよくよしているのです。
戦争中に貼られた飛散防止の細い紙の貼られた痕のある、汚い不均一な青いすり板ガラス。昭和42年頃の記憶です。