うつのははぅぇ 老犬介護を終えて・・ -3ページ目

うつのははぅぇ 老犬介護を終えて・・

双子のわんこ 15歳11か月と16歳7か月で 介護生活を終えました。
人間で言えば どちらも要介護5 歩けない 排泄も困難 投薬 点滴。食事 それでも苦ではなかった。愛おしかった。
毎日アルマキャンドルと おりんで 声かけて 写真を撫でて日々です。

私が ブログを始めて

 

一番最初に お友達になってくれた

 

 

ねむい さん

 

令和 2年 2月 12日 

 

長い闘病の末に ご永眠されたそうです。

 

 

一度 お会いしたこともありました

 

ねむいさんからの つながりで 数人の方とも お友達になることが出来ました。

 

小さな 体で 一所懸命に 病気と闘ってるのに

 

それでも 私の事を 気遣ってくれる 優しいお姉さんのような 存在でした。

 

 

 

ねむいさん  

 

 

悔しいね。

 

もっともっと 生きたかったよね。

 

頑張ったね。

 

気の利いた言葉が見つかりません

 

 

どうか

 

 

安らかに。。。。。。

 

 

 

ずっとずっと

 

 

忘れません

 

 

 

心から

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

親父が逝って25日で一年になる

 

位牌を守ると断言した弟

 

一周忌は特別なことはしない

 

と・・・私の娘からの情報

 

それは また私と確執が発するとの懸念なのかもしれないが・・

 

大した面倒見ず 相続だけはしっかりと もらった彼ら

 

死期がわかったからこそ  受け入れた弟家族。

 

認知症との向き合い方も知らず せん妄で話してる言葉を鵜呑みにしてたっけ。。

 

介護が必要なのに 座敷に寝かせたままで 夜もそばにいてくれなくて

 

私が 同じ部屋で寝てくれと 懇願した。

 

生きてて 認知症を発症してからも 関わりを持たなかった 弟家族だから

対応の仕方がわからないのは仕方がないこと。

 

親父の土地に建てた弟の新居

 

親父にも居住権あるはずなのに 

 

弟は家を捨てて 出ていった母親を引き取って暮らしてたので

 

親父は 敷居をまたぐことも拒否されてた

 

だから・・

 

なんか私は 他人のところに 親父を預けてる感覚があって

すごく遠慮してた。

 

毎日 訪問看護・ トイレや オムツの交換も 親父は 私以外には させなかった。

 

そんな親父が 愛おしかった。

 

それでも 亡くなり 喪主は弟(ご長男)

 

親父所有の土地は 弟が相続

 

預金は それなりにあったが シニアマンションや 葬儀などにかかった分はそこから捻出したので

 

残りはわずかだった。

 

私からすれば・・

 

弟一家は 金銭的負担はなく 父親の葬儀を 御立派に あげて

 

土地も 賃貸してるので 家賃も入り 悠々自適な

生活を送れて 美味しいとこ取り。

 

位牌は 弟の家に 親父のお金で買った立派な仏壇に飾られているが

 

私からすれば

 

そこに 親父はいない

 

月命日には お墓に行って 話をしてくる。

 

本当に・・・彼らは 親父を供養してくれてるんだろうか。

 

 

そんな風に思う私が・・  すさんだ心の持ち主なのだろうか。。。。

 

本当は。。。

 

私が 私の家で面倒を見たかった。

 

叶わなかった

 

ねえ 親父・・・

あんた 今 どこにいるの?

 

あんたの事実婚だった奥さんと 二人で一周忌するよ

 

 

あれから・・・

 

というより 

 

私は 人と関わるのが怖い

 

相手が自分をどう見ているのか

 

そんなことを考えてしまう

 

だからしばらく ブログも書けなかった。

 

入院して 少しは 鬱状態も 快方に向かったと思ってたのに。

 

父が死んで 会いたくなかった 妹弟や 私を産んだ人に 会わざるを得なくなり

 

それも 私の 人間不信を 拡大させた。

 

父の相続を終えて これで 彼らと 絶縁出来ると 自分に言い聞かせて

 

つらいことも 何とか乗り越えてきた

 

なのに 今度は 配偶者との すれ違い。

 

 

 

私は 冷たい人間なのだろう

 

私の言葉使いは 相手を不快にさせるのだろう

 

 

一つ 嫌なことがあると  自然に 生活の中での 私の態度が 冷たくなる

 

笑えないんだもの。。。

 

 

ボケればいいんだろうけど それができない。

 

 

そうすると。。。

 

「なに? その態度(言い方)」    って・・・

 

慌ててその場を  つくろう  自分がいる

 

そうやって ずっとこの人と 暮らして行かなければならないのだろうか。

 

 

どうせなら  

 

あなたのお父様のように

 

「出ていってください」

 

って 言ってよ。

 

 

その方が 私は すごく楽なのに

 

来年 彼は還暦 

 

 

ちょっと前まで お祝い 何にしよう

 

って考えてたけど・・・

 

どうでもよくなった。

 

「愛」が無くなったのかな

 

 

私は・・ 人を 愛せない人間なのかもしれない。

 

 

そういう 環境になる 不運が多かったから

 

誰も信じない。

 

つまらない 人間に なってしまったものだ。

 

 

年を重ねると? 体臭が気になる

 

普段は 制汗剤使ったり 着るものも ダンディを心がけて

スタイリング

 

でも・・ 表だけ 小奇麗にしててもさ

 

毎晩呑む 焼酎と つまみ 特にニンニクの効いたつまみや

 

ラーメンにはどーんと ニンニク

 

胃の中で 醗酵するのか・・・・

 

めっちゃ臭い!

 

彼がお風呂に入った後に 入浴しようと脱衣所に入ったら・・・・

 

なんじゃ~~~!!!Σ(・ω・ノ)ノ!

 

息ができない!!!

 

たまらない 臭い

 

翌日・・仕事で 会社の軽自動車に乗った

 

車内は・・毒ガス室 !!!

 

窓を開けずには いられないほど。。。

 

それを 注意した

 

 

男って・・ 言われると ショックなのですかね。。。。

 

ぐだぐだ 文句言われましたよ

 

仕事で 人と会うことだって多々ある

相手に不快な思いをさせてはいないか。。

 

自分の臭いって気づかないと思うから 注意してほしくて言ったんだけどね

 

「自分を否定された」 かのような反発。。

 

それを私のせいかのように。。。

 

私の体調に気を使って 呑みに出かけてるんですとさ。。

 

そして 私のことを 一番わかってるのは 俺だ   とも。。

 

 

 

 

はいはい。。

 

 

 

なんだか 虚しくなった。

 

 

 

 

話し合いたかったが・・・お酒飲んでるし

 

翌日は ちょっと遠出する用事もあったので

 

とりあえずは

 

 私の言い方が悪くてごめんなさい🙇と謝って終わらせた

 

 

なんで 酒飲んで そんな話     するのかね。

 

 

 

 

 

 

 

義母が亡くなって3年

 

私は夫の両親やお姉さまとは 縁を切った状態が17年過ぎた

 

夫が震災で 被災した実家を再建し ローンが終わり 抵当権抹消の手続きを任され

私が法務局手での手続きをしたいたところ 義母の土地の持ち分の相続登記がされてないことを

指摘されて

 

義母の出生からの戸籍を取り寄せた

 

そしたら・・・

 

夫に 兄がいた!!!

異父兄弟である。

 

義母様に 隠し子??

がいることが判明・・・

 

夫の姉と1歳1か月しか違わない 子供を産んでいたことがわかった。

 

義母は隠し通して亡くなってた。

 

夫は ショックを受けてた。。

もしかしたら 姉も 父親が違うのではないか・・と。。。

 

手を尽くしてその人を探して お手紙を出した。

 

そして・・日曜にその 会ったこともない「兄」から連絡がきた。

 

その「兄」は 義母が実母であることを知っていたそうだ。

 

生前1~2度会ったこともあったそうだ。

 

震災の時は心配して 実家に電話もしてくれたそうだが

津波被害を受け全壊だったから 通じるわけもなく。 ずっと心配してくれたそうだった。

 

その人の判がなければ 相続移転登記は完了しない。

 

夫は父親に確かめたが・・ボケたフリ? 覚えてないとか・・言ったそうな。。。

 

近々に その「兄」にお会いすることになる

 

儀姉と夫と。。。私も???(憂鬱)

 

なんとなくだけど・・・ 似てる顔してるのかなぁ。。。と。。