うつのははぅぇ 老犬介護を終えて・・

うつのははぅぇ 老犬介護を終えて・・

双子のわんこ 15歳11か月と16歳7か月で 介護生活を終えました。
人間で言えば どちらも要介護5 歩けない 排泄も困難 投薬 点滴。食事 それでも苦ではなかった。愛おしかった。
毎日アルマキャンドルと おりんで 声かけて 写真を撫でて日々です。

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いらつく。。。。

愛犬もいなくなって 二人の生活。

照明を消してみたいドラマを見ていれば 明るくしろという。

 

私的に 映画館感覚で見たいだけなのに・・・

薄暗い照明で、 ドラマがCMになったので お皿を洗っていたら 明るくして洗えと言う。

別に・・ちゃんと洗ってるし・・「あ~うん」 と言っただけでたった3枚の皿を洗っただけ。

 

それがむかついたようだ。

 

まだ9時台前半なのに 自分が飲んでた酒のグラスを 明かりをつけてこまめに洗い、シンクを洗ったと思ったら

「おやすみ」と二階へ行った。

 

あきらかに 不満満々。

 

イラつきを こぼせる わんこもいない。。。

 

 

 

だた 悶々としたイラつきを 一人で抱える。

 

こんな生活がこれから続くのだ。

 

むかつくなら 離婚だ! って言ってくれていいのに。

 

そのほうが楽だわ

2024年 3月13日 脊髄手術後 約一年 完全介護だった子

15歳10か月で虹の橋を渡った。

 

残った子はマザコン。

やっと私を独り占め。

4月の末に16歳の誕生日を迎えたと思ったら・・

 

片割れがいなくなったから?なのか・・様子がおかしくなってきた。

10月ころから 認知症らしき症状が出始め、夜になると鳴くようになった。

 

今まで吠えることもなく 自分を「人間?」と思ってるかのような子たちで

初めて会う人にも愛想よく 短いしっぽをプリプリしていた子。

 

12月9日。 朝目覚めたら 私の布団に頭をのせて・・息絶えていた。

 

ずっと介護の生活だったのが・・ ぽっかり穴が開いた。

ご飯の準備もしなくていい。 おむつの交換もしない。

外にオシッコさせにでることもなくなった。

 

この子たちを看取るまでは生きなきゃ・・・

そう踏ん張ってきた。

 

寂しいね。

 

生活の変化。

 

黒い靴下を履けるようになった。

白い毛が付かなくなったから。

 

ブロッコリーを買わなくなった。

鶏むね肉の安い日を探すことがなくなった。

人参もそう。。

 

ドライフードに混ぜて 健康管理と体重管理してた。

 

買い物の量と ごみの量が半分以下になった。

 

二人とも 自宅の駐車場で 出張で来ていただいて 火葬した。

 

今は お骨と写真が仲良く並んでる。

 

アロマキャンドルつけて お花をそなえて おりんを買った。

 

とっても素敵な音色なんです。

 

空の二人にもきっと聞こえてる。

 

願わくば・・もう一度抱っこしたい。

 

悲しいのに・・涙が出ない。

 

きっと他にも 問題や仕事が山積みだからかな。。

 

心に余裕がないからかな。

 

家の中、すごく静かです。

 

話し相手がいない。。

 

旦那との話は仕事のことばかり・・・

 

YouTubeでついついコッカーちゃんを見てしまう。

 

また会えるかな。

 

会いたいな。

21日夜

 

仕事でもプライベートでも交流のある友が 天に召された

 

私より若いのに。。。

 

旦那さんと会社を興していて 彼女が会社を回してたと言っても過言ではない。

旦那さんも 奥さんには絶対の信頼を寄せていた。

 

肺がんが見つかったのは6年位前。

初期だったので 手術して完治ともいえるほどよくなったが

翌年には再発。 それも手術した

 

今年の2月にまた再発

だが 手術は困難とのことで 化学療法で治療を開始した。

 

会社の事務的なことは息子に託し 私も わかる範囲で協力してた

 

最近は社会保険料の算定のために 息子に連絡を取ったら・・・

 

容態はかなり悪いと聞かされた。。

 

そして それから10日ほど  彼女は・・逝ってしまった。

 

お茶会しようね って 約束してたのに・・

 

会社のこと 家族のこと まだまだたくさんやり残して・・無念だっただろう。。

 

旦那さん曰く 

 

治療したら 帰宅する気満々だった・・・と。

 

自宅に戻ってきた彼女に会ってきた。 紙は白髪だらけだったけど

とてもきれいなお顔。まつげが長くて・・

顔を寄せて 頬を撫でて 気丈にふるまうご家族には申し訳なかったけど・・

号泣してしまった。

 

 

 

寂しい。

 

でも。。頑張ったね。 もう苦しくないね。

悔しいかもしれないけど。。 会社のことはできる限りサポートするからね。

 

安らかに眠ってね

 

 

 

仕事上 自分の心を偽った表情をしなければいけないことが

多々 あると思う。

 

ほんとの自分はそうじゃないのに

 

無理に笑ったり 

 

無理に会話をしたり

 

ほんとの自分は 暗闇の中にいて 

 

辛くて 苦しくて 切なくて

 

そんな思いを 誰にも言えず  自分にバリアを張って

 

どうにもならない どうにもできないことって ある

 

そういう時って

 

誰かに話す。とか

 

相談する。

 

それすら難しい

 

自分がいなくなれば 悲しむ人がいることはわかっている

 

わかってても どうにもならないことがあるんだと思う。

 

きっと

 

・・・・ごめんね・・・・

 

そういってたと思う。

 

責めないでやってほしい。

 

偉そうなこと 言ってごめんなさい

 

 

先週 夫の父が入所してる施設から深夜に電話があり

 

「お父様の呼吸が止まってます」   と。。

 

夫はお酒を飲んで寝てたので 施設までは送っていきましたが

 

もう 死亡確認されてたみたいでした。

 

次女も施設に駆けつけてくれてたので 私は帰宅。

 

その夜のうちに 亡骸は ご自宅に運ばれました。

 

夫と 夫の姉家族 私の娘たちで 葬儀は行われました。

 

私は 15年前がフラッシュバックして 体の震えが止まらず・・

 

忙しさでいら立ってる夫を 心の底では うざいと思いながらも

 

励まして。。

 

15年が経過しても 私は その人を許すことも出来ず

 

お悔やみを言われても・・・

 

私は悔んでないんだけどなぁ。。と ボソッと・・・

 

今を耐えなければ・・・と 必死

 

私は「赤の他人なのだから」

 

 

息子(夫)にとっては 親は親。

 

急な逝去に 戸惑う夫。

 

コロナ禍ゆえに 面会も出来ずにいたせいもあったので

 

後悔? 落ちこんでいたと。。娘からの報告。

 

葬儀で配られる 会葬御礼のはがきには

 

葬儀社が 孫にインタビューしたことを

 

すばらしく 美化した表現で書いてあって 驚いた

 

 

人が死ぬと ここまで世間体で美化するのか・・・と。

 

 

ひねくれ者の私は  また私を悪者にされた気分だった。

 

もう 怯えることもないんだと 言い聞かせても

 

夢の中では 顔のない 罵声だけが 鮮明に聞こえてくる。

 

刃物を持った舅が・・迫ってくる

 

刺したいなら刺せ!と 叫びそうになってる自分がいた。

 

いつの日か  抗うつ剤を 飲まなくていい日が来るのだろうか

 

 

卒婚したいなぁ。。。