葬場祭、ご奉仕いたしました | 羽黒神社宮司のブログ

葬場祭、ご奉仕いたしました

ここ三日間は息つく暇もなく、それこそ、分刻みのスケジュールでした。


葬場祭当日も、朝、ご祈祷が入っていて、羽黒神社齋館でご奉仕いたしましてから出掛けましたが、

この時、涙雨というにはあまりに号泣過ぎるくらいのどしゃ降りとなり、


セレモニーホールにて、葬場祭(本葬)をご奉仕いたすころには晴れていましたが、


写真は一枚も撮りませんでした。


引き続き、市営斎場にて火葬祭。


撮ったのは喫煙休憩中のこれだけ。

この後、セレモニーホールへ戻って帰家祭、ならびに十日祭(十日後に齋行する神事ですが、遺族が揃っている間に前倒しで齋行するのが主流です)。

すべての葬送の神事が終わって、齋主を勤めさせていただいた私からの挨拶を求められ、

それは結局、拙い思い出話になりましたが、

当家と、喪家であるK原宮司家は、何代にも渡って家族ぐるみの付き合いがあり、
今回帰幽されたご母堂様も、当然、子供の頃から知っていて、
まあ、いろんなエピソードを話しましたが、

その中で、
今は50日の忌の期間が終わるまで、自宅の仮の御霊舎(みたまや)に祀られますが、
その後、祖霊舎に合祀されて、K原家の祖先神として祀られる時、

その時、ご母堂様は、「悲しみ悔やむ存在」から、多くの祖先神とともに、K原家を「守る存在」となります。

それは、今から9年前、当家の年祭の折、
私の父である先代宮司の30年祭、祖父母の50年祭の折、家内と娘が拝礼している姿を見て、
(地震で倒壊前の我が家で、まだ小学生だった次女と家内、手前左は奉仕していただいたK原宮司)

この時、
あ、今祀られているウチのご先祖様のこと、この二人はぜんぜん知らないんや・・・

と、思った瞬間、

なぜ知らない人の御霊に参る?

それは、今生きている家族を守護していただきたいから。
つまりは、まだいない(生まれてこない)子孫のため、
どうかお守りください。

それが「家族」であるということ、「一族」であるということ、

そう認識しました。

うまく伝わったかどうかはわかりません。

祖先の祭りは、亡くなられた故人への思いよりも、今生きている家族、ひいては、これから生まれてくるまだ見ぬ家族親族のため、と、思う次第であります。

そうは言っても、
昔から知ってるK原さんのおばちゃん(こどもの頃はそう呼んでいました)、粗相があってはならない。
夜中に祭詞を墨書しながら、
御霊に「てつのりちゃん、それ、ちがうわ」とか思われたらどーしょ((T_T))とか思いながら、

だいたい、夜中に祭詞書きながら個人のこと思い出してると、頭んなかもうろうとしてきますね。

ま、
無事終わってよかった。

明日からも、祭りが続きます!