私が「資本主義」という時の資本主義は、以下のウェーバーのいう条件を踏まえているものと思っていただきたい。これらの条件を備えていないばあいには、「前近代的」とか「非合理的」な資本主義だと思っていただきたい。私は中国の改革開放後の「資本主義」は、決して「近代」ではないという確信をもっています。を

 

宗教社会学論集論集の序言で、簡素にまとめられている近代資本主義の成立要素を以下列挙してみます。

 

まず第一にウェーバーが言う近代資本主義と違う「資本主義」があると言う断りです。そして対照としているのは『近代資本主義』ですと、述べている。そしてその近代資本主義は従来の見方とは違う経済行為をする経済人(企業)だと捉えられている。

いま私たちがニュースでみる中国の経済状況に起きていることは、

〈「営利衝動」とか「利潤の追求」、つまりできるだけ多くの貨幣利得をどこまでも追い求めようとする、だけの資本主義は、世界中に、またあらゆる階層、職業にも見られる――今回の楽天のモバイルの管理職のごとく・・・、世界中のあらゆる国々のあらゆる時代に、そのための客観的可能性がありさえすれば、つねに見られたし、また現に見られるものであるだけど、《際限の営利欲は決して資本主義と同じではない》のです。《ましてや、資本主義の「精神」と同じではない。》ということを前提にするのは、現在日本がEUやアメリカとるだけど、《際限の営利欲は決して資本主義と同じではない》のです。《ましてや、資本主義の「精神」と同じではない。》ということを前提にするのは、現在日本がEUやアメリカと連携して求める自由と民主主義をベースにした資本主義諸国の求めるものは、持続かつ合理的な資本主義的経営という姿をとっておこなわれる利潤の追求であり、繰り返しおこなわれる利潤の追求あるいは「収利性」の追求なんですね。

これは持続を前提にした経営努力がなんであるかを知らなければできません。つまり経営技術にもなります。20世紀以降、アメリカに産まれた《近代資本主義のオリジナル》はその様相をかなり変えてはいますが、その根底にある《近代資本主義の精神》的なエートスに支えられた合理的的経済行為を前提にして成り立つ経済体の上に成り立ち、かつ持続するものだと言えるでしょう。それらの条件を列挙してあるページを引用します。

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無際限の営利欲は決して資本主義と同じではない

繰り返しおこなわれる利潤の追求あるいは「収利性」の追求は事業の継続性を前提にする「経営」を継続させるためです。*紀伊国屋文左衛門のみかん船的冒険的行為はこの対象ではない。中国で繰り返されるブーム的」の追求は事業の継続性を前提にする「経営」を継続させるためです。*紀伊国屋文左衛門のみかん船的冒険的行為はこの対象ではない。中国で繰り返されるブーム的起業がことごとく失敗に終わる例、シェア自転車、EV車、商業施設など・・、経営に到らない事業の多いこと。

資本主義的な営利が合理的な仕方でおこなわれる場合には、それに照応する行為

ⅰ)資本計算を指向するようなものとなる。つまり 貸借対照表の方式にしたがって算出された、企業の貨幣的価値ある資産とその評価価格が超過するような努力が求められる。⇒PLよりもBS重視の経営思考が求められる。

⇒言いかえると不正会計している限りは、このような経営はできないし、そもそも会計規則、簿記などが正しくなければ経営判断ができないのだ。アメリカのPL重視の経営思想は誤りに思える。

《治権力への結びつきや非合理的な投機などによる利潤獲得の可能性ではなくて、商品市場による利潤獲得の可能性を目指すような合理的経営組織だということ》のほかに

⑤「家政と経営の分離」であり、他の一つは、「合理的な簿記」

「近代西洋の資本主義にもっとも大事な特徴は、究極において、一つに資本主義的な労働組織の発展と関連している。

⑦ 通常「商業化」とよばれているもの、すなわち、有価証券の発達や投機の合理化(つまり、取引所〔の成立〕)さえもが、それと関連している。

⑧商業化というは、資本主義的・合理的な労働組織なしには、「商業化」への発展も現在のようにはならなかったであろう。(⇒中国の場合は合理的な労働組合がないのだ!)

 

その行為は、物的ないし人的な財貨や用役を営利手段として利用する計画的な営みのなかに組みこまれ、そして、貸借対照表の方式にしたがって算出された、個々の企業の貨幣的価値ある資産の最終収得額(あるいは持続的な企業経営において、定期的に貸借対照表の方式によって算出された、貨幣的価値ある資産の評価価格)が、決算期に「資本」を、すなわち、交換による営利のために費された物的営利手段の貸借対照表上の評価価格を超過する(したがって、持続的な企業のばあいには、繰り返し超過する)、そのようなものとならねばならない。⇒利益を継続的に上げることが必要となる。

 

「経営こまでも追い求めよぅとする、そういったことがら自体は、ここでいう資本主義とは何の関係もない。そうした貨幣利得の追求ならば、給仕人、医者、叔者、芸人、娼婦、汚職官吏、兵士、盗賊、十字軍従軍者、賭博常習者、乞食など――》あらゆる階級と身分の人びと《と言ってもよいほど、世界中のあらゆる国々のあらゆる時代に、そのための客観的可能性がありさえすれば、つねに見られたし、また現に見られるものである。

そうしたことがらをここでいう資本主義と混同する、そのような素朴な概念規定をば、きっぱりと棄て去ることは、文化史を学ぶ者にとって、むしろ初歩的な段階に属することがらである。無際限の営利欲は決して資本主義と同じではないし、ましてや、資本主義の「精神」と同じではない。資本主義は、むしろ、そうした非合理的な衝動の抑制、少なくともその合理的な調節とまさしく同 視さるべきはあいさえありうるのである。資本主義はたしかに、持続的かつ合理的な資本主義的経営という姿をとっておこなわれる利潤の追求であり、繰り返しおこなわれる利潤の追求あるいは「収利性」の追求だということができる。資本主義とよばれる以上、利潤の追求であるほかはないからである。総体としての資本主義的経済秩序の内部におかれたばあい、収利性の確保を目指さない資本主義的個別経営などというものは没落するよりほかはないであろう。――そこで、われわれは手始めに、資本主義という語を、ふつう行われているよりも少しばかり厳密に定義しておこうと思う。われわれのばあい「資本主義的」経済行為とは、さしあたって、交換の可能性を利用しつくすことによって利潤の獲得を期待する、そうしたところに成り立つような、したがって、(形式的には)平和な営利の可能性のうえに成り立つような経済行為である。(形式的にも現実的にも)暴力によっておこなわれる営利はそれ独自の法則にしたがうものであって、これと、(究極的に)交換による利潤獲得の可能性を目指しているような行為とを同一の範疇に属せしめることは、(誰かがそうするのを禁止するわけにはいかないにしても)まず当をえたことではないであろう。

資本主義的な営利が合理的な仕方でおこなわれるばあいには、それに照応する行為も資本計算を指向するようなものとなる。つまり、その行為は、物的ないし人的な財貨や用役を営利手段として利用する計画的な営みのなかに組みこまれ、そして、貸借対照表の方式にしたがって算出された、個々の企業の貨幣的価値ある資産の最終収得額(あるいは持続的な企業経営において、定期的に貸借対照表の方式によって算出された、貨幣的価値ある資産の評価価格)が、決算期に「資本」を、すなわち、交換による営利のために費された物的営利手段の貸借対照表上の評価価格を超過する(したがって、持続的な企業のばあいには、繰り返し超過する)、そのようなものとならねばならない。遍歴商人にコムメンダ〔匿名出資〕として現物形態のままさまざまな商品を与え、その最終収得物がこれまた買入れた別の商品という現物形態から成っているようなはあいであろうと、あるいは、建物、棲枝、現金警固、原料、半製品、完製品、債権などと、それらに対応する債務からなっているような工場財団であろうと、どのばあいにしろ、肝腎な点は、近代的な簿記によってであれ、素朴で表面的なやり方によってであれ、貨幣額で表現される資本計算が行われるということである。企業活動が始まるときに創業貸借対照表が作成されて、個別的商行為のそれぞれについてあらかじめ計算が行われ、さらに、取引が目的に合致したものであったかどうかについて、検査や吟味のために再計算が行われ、おしまいには、どのような「利潤」が獲られたかを確定するために決算貸借対照表が作られる。たとえば、コムメンダの創業貸借対照表では、出資された財貨の――すでに貨幣形態をとっているのでないかぎり――当事者間で承認さるべき貨幣的価値を確定し、決算貸借対照表では、決算時に利潤あるいは損失の分配の基礎となる評価を行うのであって、コムメンダ受託者のいっさいの個別的行為――それが合理的に行われているものであるかぎり――の根底には計算がおかれている。真に精密な計算や評価がまるで行われないで、ただ見積りだけでとか、あるいは単純に伝統的・因襲的な仕方で事が運ばれていくことも、厳密な計算を促すような周囲の事情が存在しないはあいには、今日でさえさまざまな形式の資本主義的企業に見られるであろう。けれども、それは資本主義的営利における合理性の度合の問題にすぎぬ。

*この点やまた他の若干の点は、わが尊敬する碩学ルヨ・ブレンダーノ(の後段で引用する著作にみられる見解)と私と意見の分かれるところである。まず、両人のあいだでは術語が違っているし、さらに華美についしても認識が異なっている。掠零的な営利と工場経営による営利というようなまったく異質的なことがらを同一の範疇に属せしめたり、さらにまた、およそ貨幣利得追求の努力のすべてを、同じ営利でも他の諸形態とは対立の関係に立っているような〔厳密な意味での〕資本主義の「精神」と同一の名称でよんだりすることは、私にはどうしても当をえたこととに考えられない。というのは、後者のばあいには、概念の厳密さがまったく失われてしまうし、前者のばあいには、何にもまして、他の営利の諸形態と比較しつつ西洋の資本主義に独自なものを浮彫りにしうる可能性が失われてしまう、と私には思われるからである。ジムメルの著書》貨幣の哲学《においでさえ、「《貨幣経済》と《資本主義》」がまったく同一視されてしまっていて、それが内容的な説明をそこなう結果ともなっている。ゾムバルトのこの諸著作、とりわけ資本主義に関するすぼらしい主著の最新版においても――少なくとも私の問題視角からすれば――近代の西洋に独自なもの、すなわち、合理的な労働組織の影がいちじるしく薄れていて、世界中の到るところで昔から作用しつづけてきたような発展諸要因の方がかえって前面に押し出されることになっている。

ところで、このような定義をあたえるばあいには、資本主義の概念について問題となっているのは、さしあたってどんな素朴なかたちでもあれ、ともかく、営業成果の貨幣評価額と営業元本の貨幣評価額の比較へと現実に指向していること、これが経済的行為を決定的に制約している、ということだけである。しかし、こうした意味においてならば、「資本主義」や「資本主義的」企業は、資本計算のある程度の合理化をさえ伴いつつ、経済的文献の湖及しうるかぎりで、地球上のあらゆる文化諸地域に存在した。近代におけると同様、中世にも、さらに〔旧〕中国、インド、バビロン、エジプト、古代の地中海沿岸などにも存在した。それも、ただ当座的な企業が孤立的にというだけでなく、当座的な資本主義的企業をたえ三たく更新しつつ営みつづけていくような経済活動も、いや、はっきりと持続的な「経営」さえもが存在した。――とは言うものの、商業は長い間、現今のような持続的経営の性格をもたず、本質上一達の当座的企業という性格を帯びており、内的な(「部門別の経営」を目指すような)まとまりは卸売商人たちの行動のなかにもきわめで徐々に入りこんできたにすぎない。が、ともかく資本主義的企業は、そして資本主義的企業家も、当座的な企業。としてだけでなく、持続的な企業家としても、きわめて古くから世界の到るところにひろく存在していたといってよい。

ところで、西洋は一つのきわめて重要な型の資本主義を、そしてその根底をなすものとして、他のところにはかつて存在しなかったような資本主義的活動の種類、形態、方向づけを生みだしたのである。商人ならば世界中到るところに、卸売商人も小売商人も、局地取弓商人も遠隔地取引商人も存在したし、あらゆる種類の貸付業務や、また少なくとも十六世紀ヨーロッパの銀行にほぼ似たような、きわめて種々の機能をはたす銀行も存在した。海上貸付、コムメンダ、持分出資をうけいれる営業や会社企業なども広汎にみられ、経営的な性格をおびたものさえ存在した。

公的諸団体に貨幣財政が見られるようになると、金融業者があらわれた。たとえばバビロン、ギリシア、インド、〔旧〕中国、ローマなどのばあいには、そうした金融業者はなかんずく戦争や海上の掠奪のための資金調達だとか、海外政治においては植民地企業家として、また、奴隷ないし直接間接の強制労働者を使役する栽培農場の企業家としてあらゆる種類の資財調達や建設工事などを企て、さらに公有地や官職、とりわけ徴税の請負を行い、選挙には政党首領に、内乱のときには傭兵隊長に資金を供給し、要するにあらゆる種類のカネ儲けの可読性をふまえた「投機家」として資本を投下したのであった。こういった種類の企業的人物、つまり、資本主義的冒険者たちは世界のどこにも存在した。

このような企業家たちの利潤追求を現実に可能とした条件は――商業と金貨・銀行業を除けば――主として純粋に非合理的・投機的な性格のものか、さもなければ暴力行為による営利、とりわけ戦争による強奪ないし長期にわたる財政的収奪(隷属民の苛敷誅求)といった掠奪による営利を指向するものであった。

発起業者・大投機業者・植民地企業家たちの資本主義は、いや近代の金融資本主義なども、平和時においてさえそうした特徴をおびているが、しかし、とりわけ戦争から利潤をえようとするような資本主義はすべて、現代の西洋においてさえなおしばしば、そうした特徴を帯びているし、また大規模な国際貿易の部は――ただの一部にすぎないとしても――昔と同様今日でも、それに近いものをもっている。しかし、西洋では近代になって、そのような資本主義と並んで、それとはまったく異なった、世界中他のどこにも発展することのなかったような種類の資本主義が生まれてきた。

すなわち、(形式的に)自由な労働の合理的・資本主義的な組織がそれである。近代の西洋以外のばあいには、たかだかそうしたものの前段階が見られるにすぎない。栽培農場だとか、亦ごく限られたものではあるが古代の奴隷作業場においてみられたような、不自由な労働の組織でさもある合理性の段階に達しているし、またそうしたことは、もっと程度が劣っているにせよ、近代初頭の農奴や隷農の労働による賦役農場や領主作業場、あるいは領主制下の家内工業にも見られる。自由な労働についていえば、西洋以外では本来的な「家内工業」でさえもただ偶発的にしか確認されえないし、日雇労働者の使用はもちろん到るところで行われていたが、それもごく少数の特殊な、しかも、近代的な経営組織とはともかく性質のいちじるしく異なった(とくに国家による独占経営のような)例外を伴ってはいたものの、マニファクチャーを生み出すようなことはなく、西洋の中世を特徴づけているような手工業の合理的な徒弟制度に到達することさえなかった。とはいえ、政治権力への結びつきや非合理的な投機などによる利潤獲得の可能性ではなくて、商品市場による利潤獲得の可能性を目指すような合理的経営組織だということだけが、西洋の資本主義にみられるただ一つの特殊現象だったわけではない。近代の合理的な資本主義的経営組織は、さらに一つの重要な発展要因なしには、生まれることはなかったであろう。その一つは、今日の経済生活を端的に支配している家政と経営の分離という事実であり、他の一つは、それと密接に関連するものだが、合理的な簿記である。仕事場や店舗を住居から場所的に分離することは、他でも(たとえば、オリエントのバザール〔市場〕やその他の文化諸地域における奴隷制作業場のように)見られるし、独立の経営採算をおこなうような資本主義的会社企業の創設なども、オリエントや古典古代と同様、東アジア地方にも見られる。けれども、近代における営利経営のもつ独立性に比べるとすれば、それらはたんに萌芽的なものにすぎない。その理由はとりわけ、そうした独立のための内的手段、つまり西洋にみられるような合理的な経営簿記、ならびに、経営財産と個人財産の法的分離がそこではまったく欠けているか、あるいはごく端緒的にしか展開されていなかった、ということである。近代西洋以外のばあいには、どこでも発展は、営利経営が王侯あるいは領主の大規模家政(「オイコス」)の一部として成立するような方向をとったがこれは、ロードベルトゥスがすでにはっきりと認識していたように、西洋のそれとは 見類似点が多いにもかかわらず、ひじょうに異なった、まったく反対の方向への発展たったのである。

*こうした相違は、もちろん、絶対的であるかのように考えてはならない。政治を指向する(とりわけ、徴税請負的)資本主義からでも、古代地中海地域や古代オリエント、さらにまた〔旧〕中国やインドでは、合理的な藷的経営がたしかに生まれており、その簿記は-ごくわずか断片的にしか知られていないが-「合理的」な籍のものだったようである。さらに、政治を指向する「冒薯」的資本主義は歴史上、合理的な経営資本主義の発生過程ときわめて欝な関係をもっており、近代の藷銀行はたいてい戦争遂行を動機とするそうした政治的な営業から生まれてきている。これはイングランド銀行の成立についてさえ言えることで、たとえば、典型的な「発起業者」だったパタースンの個性と、イングランド銀行の永続的な姿勢に決定的な影響をあたえ、やがて「グロサーズ ホールの清教徒高利貸」とよばれるようになった取締役会のメンバーたちとの対立はそれをよく現わしているし、この「きわめて堅実な」銀行の経営方針がなお南洋会社の創立のさいにも軌道をふみはずしたりしたことなども同様である。つまり、対立といっても、両者の関係はもちろん流動的なものだった。が、対立はたしかに存在したのである。合理的な労働組織を創り出したのは、大発葉者や金貨たちではなく、また――このばあいにも個々の例外はあるが、一般に――金融的政治的資本主義の代表的蓋い手、つま。ユダヤ人などでもなかった。それを成しとげたのは、(類型的にとらえれば!)それとはまったく別の人びとだったのである。

〔近代〕西洋の資本主義に見られるそうしたすべての諸特性が現在におけるような意義をもつにいたったのは、究極において、資本主義的な労働組織の発展と関連している。通常「商業化」とよばれているもの、すなわち、有価証券の発達や投機の合理化(つまり、取引所〔の成立〕)さえもが、それと関連している。というのは、資本主義的・合理的な労働組織なしには、それらすべては、いや「商業化」への発展さえも、たとい生まれえたとしでも、とうてい現在のような射程距離をもつものとはならなかったであろう。とりわけ、社会的構造およびそれに関連する近代西洋に独自な諸問題については、そういわねはなるまい。精密な計算――これは他のすべてのことがらの根底をなすものだが――は、まさしく自由な労働を土台としたはあいにのみ可能であった。だから、近代西洋以外の世界では、合理的な労働組織がなかったように(また、なかったがゆえに)、合理的な社会主義もまた知られてはいない。なるほど西洋以外の世界にも、都市経済、都市の生業政策、王侯の重商主義および福祉政策、配給制度、統制経済、保護政策、自由放任理論(たとえば〔旧〕中国における)などとともに、さまざまの特色をもつ共産主義的・社会主義的な経済が知られており、さまざまな種類の家族的・宗教的ないし軍事的な共産主義、国家社会主義的な組織(エジプトに見られたような)、独占的カルテル組織、および消費者組織などが存在した。

けれども、都市の市場特権、ツンフト、ギルド、都市と農村とのあらゆる法的区分などが種々さまざまのかたちで世界中の到るところに存在していたにもかかわらず、「市民」という概念は西洋以外の地域ではどこにも存在せず、また「ブルジョアジー」という概念も近代西洋以外どこにも存在しなかった。

・・・・・・・・・・・以上引用

要は①~⑦の条件がどこまで合理的に機能しているかということに尽きる。労働組合がない国営企業がどうなるか?)