中国、治せぬ「難病」 総債務7000兆円のバブルリレー

日経ヴェリタス

2022年10月31日 

●「5年、早ければ」 人口減、不可避に

「あと5年、早ければ。(2人目の出産を)真剣に考えたのに」。2016年。重慶市の小児科医院で、小学生の男児をつれた40代女性はさばさばした口ぶりだった。夫と何度も話し合ったという。

一人っ子政策は14年に廃止が進んだが、すでに塾やサッカー教室など習い事にお金をかけてきていた。希望する学校の校区に入るために購入した住宅のローン負担も重い。政策転換は手放しで歓迎できるものではなかった。

「人は幾何学級数的に増加するが、食料は算術級数的にしか増加しない」。ローマクラブ「成長の限界」を真に受けた産児制限は30年以上も続いた。一人っ子政策の撤廃後も「二人っ子政策」は21年まで続き、新型コロナウイルスによる移動制限、自粛の広がりもあって出生数の回復はほとんど見込めなくなった。

国家統計局によると20年時点の「15~24歳」の女性の人口は6900万人弱。「30~39歳」の1億800万人より4割近く少ない。国連推計では今後30年で中国の人口は1億人以上も減っていく。労働力の減少とともに、足元で5%程度とみられる潜在成長率は4%を割り込むまで下がっていく見通しだ。

 

成長の最後の「余熱」ともいえる都市化も、ピークがみえてきた。

浙江省杭州市でトラック運転手をする30代男性は、休日が月に一度あるかないかの働きづめだ。出身は安徽省。地元に残した妻子と老親はレンガとコンクリートの粗末な家に暮らす。男性が身を粉にして働くのは、家族に住みやすい家を買うためという。

サービス業の比率が高い都市部の可処分所得は年間で約4万7000元(95万円)あまりと、1万9000元弱の農村を2倍以上も上回る。30代の男性運転手のような「少しでも生活をよくしたい」との意思の積み重なりが都市化の原動力となり、中国経済を支えてきた。

最新の人口センサスによると、足元の都市人口は9億人、農村人口は5億人。都市人口は過去10年で2億3000万人あまり増え、都市化比率は60%台前半に上昇した。中国は農業国の側面もあるため、都市化比率は75~80%あたりで頭打ちになるとの見方が一般的だ。

人口移動の余地は多めに見積もってあと2億人ほど。田畑を耕していた人々が工場や運転手、レストランで働けば、可処分所得が跳ね上がる。このボーナスのような時代は過ぎようとしている。

「製造強国を建設する」。共産党大会で習近平(シー・ジンピン)総書記はアピールした。ハイテク産業を中心とした製造業で生産性の改善を目指す。ただ、経済政策に影響力があった劉鶴(リュウ・ハァ)副首相は退任に向かう。

●「土地本位制」、規律なく

共産党大会のざわめきが残る10月25日。準大手クラスの不動産会社、融信中国控股はドル建て債7億ドル(1000億円強)の元利払いが滞っていると発表した。

中国恒大集団のドル建て債の不履行を巡り、資本市場が大きく動揺して1年しかたっていない。その後、政府系の緑地控股集団のほか、民間企業の世茂集団、佳兆業集団など、不払いに陥った不動産会社は瞬く間に10社を超えた。

米インターコンチネンタル取引所が算出する、中国の低格付け社債の指数は2021年5月の高値から7割も下落している。信用崩壊は隠しようがない。

中国は国有、政府系銀行が与信で大きなシェアを持っている。その銀行が不動産会社の資金繰り支援に消極的なのは、習近平(シー・ジンピン)指導部の考えに従ったものと考えるのが自然だ。

その地方政府の債務膨張に歯止をかけることだ。リーマン危機を受けた4兆元(約80兆円)の経済対策は、資金の過半を地方政府が拠出した。財源の乏しい地方政府は、第三セクターに相当する「地方融資平台」の債券発行や借り入れ、また「影の銀行」を通じた資金調達でしのいできた。

それでも限界はある。17年には国家発展改革委員会の連維良・副主任が「自治体や、その関連企業などによる債務踏み倒しは5000件あまりに達する」と打ち明けるほどだった。17年は前回の党大会があった年でもある。一段の景気浮揚を求められた地方政府は、土地売却の加速に踏み切る。

土地を売れば資金が手に入り、不動産開発は雇用や消費の呼び水になった。右肩上がりのマンション価格は資産効果をもたらした。20年、21年の土地売却額は年8兆元を超えた。「土地本位制」とも呼ぶべき状況だった。

融資平台、影の銀行、土地売却。バブルリレーは途切れることがなかった。だが不動産の値上がり、過剰開発は永続しない。早くも19年ごろから、債務不履行の多発や地銀の経営難など、ほころびは見え始めていた。

国際決済銀行(BIS)によると、中国の22年3月末の総債務は339兆元まで膨らんだ。円換算では7000兆円近い。効率の低い資産ばかりではないが、工夫の乏しい景気対策が生産性改善に寄与しないのは日本の例でも明らかだ。

景気が停滞しても財政政策を打ちづらくなった状況も日本と重なる。金融緩和しか選択肢がなく、人民元は対ドルで売られている。かつて中国は資本流出につながる元安を極度に警戒したが、最近はむしろ景気浮揚効果を期待しているようにみえる。自国通貨安を望ましく感じるのは、「失われた30年」にいたる甘いわなでもある。

●姿消す「次のアリババ」

「中国の資本市場の長期、安定、健全な発展を信じる」。16日の中国共産党大会開幕直後から、基金(ファンド)運用各社は、自社資金を拠出してのファンド購入を相次ぎ発表した。中国メディアによると、その数は27社、総額17億7400万元(約360億円)にのぼる。株式市場では「取引所が(市場安定のために)窓口指導した」との噂が流れる。

3期目に入った習近平(シー・ジンピン)指導部は経済、社会の統制を一段と強める見通しだ。資本市場もその例外ではない。

改革開放の逆回転の可能性は人事が示す。中国人民銀行(中央銀行)副総裁の経験があり、中国の金融改革の道を切り開いてきた王岐山(ワン・チーシャン)国家副主席は、来年春に退く見通し。その流れをくむ中国銀行保険監督管理委員会の郭樹清主席も今回中央委員・候補委員に選ばれず、退任が濃厚となった。

金融行政トップは習氏に近く、政治局員に選ばれた何立峰(ハァ・リーファン)国家発展改革委員会主任が就くとの見方が出ている。「資本の無秩序な拡大を防ぐ」との習氏のスローガンを忠実に実行した、中国証券監督管理委員会の易会満主席も中央委員への昇格を果たしている。

統制強化の代償は大きい。習氏は「イノベーション(技術革新)を我が国の現代化建設の核心に据える」と宣言したが、強すぎる統制はイノベーションの芽を摘みつつある。すでに明確なのが、スタートアップ投資の急減だ。

調査会社Windによると、中国のスタートアップ投資は21日時点で3031億元にとどまる。このままのペースだと2013年(3291億元)以来、9年ぶりの低水準となる可能性がある。

理由は明確だ。2020年のアント・グループの新規株式公開(IPO)延期に続き、22年には配車アプリの滴滴出行(ディディ)が米ニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場を廃止した。投資家にとって最も重要な出口であるIPOの実現可能性が急速に低下している。ベンチャーキャピタル(VC)は新規投資に及び腰にならざるを得ない。

「チャイナテック」はスマートフォン決済を世界で初めて普及させ、アプリを利用した飲食出前サービスは1000万人規模の雇用を生み出した。「イノベーションを核心に据える」との習氏の言葉とは裏腹に、強まる統制はこうしたイノベーションを阻害しかねない。

アリババや騰訊控股(テンセント)の株価は昨年末の半分ほどにまで下落した。それは、株式市場が将来の成長に対する確信を失ったことを何より物語っている。

(福井環、上海支局=土居倫之、中国総局=羽田野主が担当した)

[日経ヴェリタス2022年10月30日号巻頭特集より抜粋]

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株式取引所や商品取引所などの資本主義経済のコアを作っておいて、権力で統制すればイノベーション力を削ぐことになるだろう。