短歌で詠う百名山33 妙高岳

いよいよ3分の1にあたる33番目の山として、新潟の妙高岳にきた。妙高山は新潟の山、雨飾でも書いたが、高さでは小蓮華だが、山の風格として越後を代表すと言えばこにお山と言えるだろう。それに目につく山だからよくよまれて詠まれている。

 

ネット「うたのわ」より二首妙高が使われていたが、私の求めるものと違うので取らない。

「日本山岳短歌集」より

なかにて聞きぬ妙高の裾野の杉のしづくする音          与謝野寛

妙高の裾野の逍は廣けれど中に藻のごとたどり茂る        輿謝野晶子

閨を吹ぐ妙高おろし烈しけれ懸も恨みもこれに譲らむ         同

あかときの光かたてる高原にほそぼそと立つ稚木白樺        同

草刈がつなぎし馬は白樺の細樹が下に草食みてゐる         同

妙高の裾野うごくと見るまでに南のかたに雲は晴れゆく     斎藤茂吉

朝島はひとときにして止みにけり霧にこもらふ山鳩のこゑ    土屋文明

山鳩のこゑは谷間にくぐもりて木魂は霧のあなたに聞こゆ      同

 

私が他の文献から得た歌

妙高の雪照らして明け方の月かげおよぶ八斗蒔原           宮柊二 *

横ざまに傾ける日の照らしをり雪また深き妙高の山              同

星さえて野山ただ黒し妙高の高嶺に雲のまつわれるらし      土田耕作

黒姫山と高妻山のあひとほきま北にこほし妙高の山」        鹿児島寿蔵

*宮の歌は歌集山西省にあり、高田の兵舎で詠んだ歌か。宮は中華事変で山西省に駆り出された。昭和12年に徴兵された。私の父と同じなのだが、その中華事変を歌に詠んだ。いずれ戦争詠をまとめて取り上げたいと思う。

次に、画家として有名で、日光に美術館がある小杉放菴が、歌集「山居」の中で妙高を詠っている。彼は晩年赤倉に住んだと言う。日光の生まれの人

小杉放菴 妙高賛歌 歌集「山居」 

越の国山多けれど朝の日のたださす山は妙高の山

雲の上に巌をたたみ天つ日の天路にあたりそそり立つ

頂の岩に尻据ゑ足指にまさぐらむとす腰の国原

妙高の頂にして足一つあげなば雲にのるべかりしを

頂にいかづちしなば雲の下の孫山子山雨わたるらむ

この谷に何か棲むぞも山暮れてさむけくなれば雲の来てすむ

頂に長あそびすな岩共の雨来風来と呼ぶがごときに

うば玉の黒ひめ山は帯雲のたなびくからに秋ふかきかも

妙高は雄山にしあれば雌山なる黒姫山と一つ雲にいる。   

 

さらに、伊藤左千夫に師事した伊那の教師藤沢古実が、昭和10年1910年に妙高を取り上げていた。

 

藤沢古実 妙高山 昭和十年

朝明けて奥信濃路におごそかに妙高の山はそびえ立ちたまふ

北国空ひくくたれて降りしきる雪はつもらむ黒きもの見ず

吹きぶりの雪つもりつつ暮れしより川音もせず高野原の道

更けゆけば寒さぞひびく国原の空にひろがれるの光

夜もすがらよるべとぞ思う星空にかたまり大きい妙高の山

暁に向ふ大気にただよへる雪雲のみだれ山をおほえり

雪野原のぼり來し吾やあかつきの凍れる山をいただきて立つ

朝日かげ仰げば大きかたまりの妙高山は光かがよふ

天つ空雪をいただきていく山脈よろへる国ぞ高し信濃は

 

一九一〇年は今から百十年前のこと、山の話も歴史の対象になり始める。先日三田尾松太郎という人物の「幽山秘境」昭和17年4月発行富山房という古本を購入した。この人は登山の先駆の一人なのだが、ウィクペディアに項目が無い。あたらしく作りましょうとある。この人は「奥羽の名山」「山を愛して二十年」という本を出している。

昭和15年に妙高に登って、その紀行文を書いている。

「秋の澄んだ空を仰ぐと、たまらなく山旅の意欲をそそられる。一週間ばかりの快晴がつづき、いまだどこにも低気圧の発生が無いので、豪華な秋の絵巻を展開する妙高を訪れようと十月十一日上野から信越線に便乗する。・・・」との書き出しで始まるのだが、現代に生きる我々の文章に比べて、文学的で格調がある。今の文章は実に事務的な文章が多いように思える。文章の書き方の変容を見ても時代の変化を感じるものだ。だがこれがわずか百年前のことになるのです。

三田尾松太郎がいかなる人か現在は不明です。二つの本も購入して、この人について調べてみたいと思います。明治期の近代登山の始まりのころから、昭和に至る登山ブームがあって、戦前の一時期を形成したと思える。深田久弥などと同じか、それに先駆ける人かもしれない。

彼は妙高山頂で、快晴に恵まれて眺望をほしいままにして、痛く満足して、火打山への登山をやめて、池の平に戻り、宿泊してしまう。火打に登ってくれたならと思うけど、やむを得ない。秋の月に触れて、一茶と蕪村の句を二句紹介している。こういう処が教養の有無を感じさせるのであって羨ましく思える歳になってしまった。