11 八甲田山
 

深田久弥は冒頭に
「八甲田という名称が、この山の性質を現わしている。前岳、田茂荊岳、赤倉岳、井戸岳、大岳小岳、石倉岳、高田犬岳の八つの峰と、その山中の所々に湿地、つまり田が多いので、八甲田と名づけられたと伝えられる。しかし峰はそれだけではない。大きな高原を差しはさんで、南八甲田と呼ばれる群山、横岳、櫛ヶ峰、駒ヶ峰、乗鞍岳、赤倉岳などが立っている。いずれも千五百米前後だから、山として高いとはいえないが、これら多くの峰々が頭状花序のように集った一つの山として見る時、やはり名山として推すに足りよう。」
と百名山たる理由を述べている。また「 八甲田山という名が初めて世間に広く伝わった」事件「、明治二十五年(一九〇一年)青森歩兵連隊の雪中行軍の遭難」をも指摘している。当然のことだろう。映画にもなった。
「一十数年前私かそこを訪ねた頃は、あの広い高原に細々とした道しかなく、殆んど人に出あわなかった.国立公園以後は車道が開かれ、春、夏、秋を通じて観光客を満載したバスが幾台となく走るようになった。」とその変貌を述べているが、現代ではそれ以上でもあろう。
私は次の深田の文章がわすれられない。
「大岳に登ったら、帰りはぜひ反対側の井周岳を経て毛無岱に下ることをお勧めしたい。これほど美しい高原はめったにない。豪華な絨緞を敷いたようなその原には、可憐な沼が幾つも点在し、その脇には形のいい匍松が枝を拡げている。周囲には丈の低いアオモリトドマノが風情を添え、その結構な布置といい、背景の効果といい、まことに神の工を尽した名園のおもむきがある。」
私がこのコースを歩いた時は、天気があまり良くはなかったが、下り始めるころに天気が変わって『美しい高原』が見られたのだ。だから八甲田にいく時はこのコースを歩いてほしいと思う。
さて、八甲田山の歌だが、まずは「日本山岳短歌集」から見てみよう。

八甲田山
三國一峰   芦崎の松の並木の空遠く八甲田山の姿かすめる            
増村仁士   まともなる八甲田山頂雲白し昼の陽射しに高くそびゆる         
というのがあった。
私の知り得た歌人の歌は

結城哀草果 八甲田越のわが自動車に飛びてくる赤き蜻蛉を手にとらへつつ 『群峰』
         少年の我が唱歌に悲しみし八甲田雪中遭難尾根みゆ
         八甲田を昨日越え来て夏ふけし湖のまにまに船こぎあそぶ
川田 順    叢中の小沼の水に雪しつく映れる見れば高田大岳     『鷲』
         八甲田の大岳小岳赤倉岳近づきすぎてわからなくなりぬ
藤沢古実   八甲田の山よりただに傾ぶける津軽の遠くおし展げたり
福田米三郎  睡蓮沼の薄い氷の襞のうへに見ろよ鮮やかな大岳の裳(も)

結城哀草果は山形の歌人で斉藤茂吉に師事した。
川田 順、藤沢古実、福田米三郎など昭和の歌人で、哀草果の歌碑が青森などにある。
・・・・・・
ネットから
三ツ谷平治  空遠く八甲田雪嶺照り合いて冬の川面に移り乱れず  (現代短歌91/4)
説明:1917-2001年 鰺ヶ沢町生まれ 歌人 16歳で短歌雑誌「和船」に秀作を発表して注目され、第二次世界大戦中に中国に渡り八木沼丈夫に師事、「満州短歌」「短歌中原」に参加 鹿児島寿蔵に師事 青森の歌人
「東北の文学碑作者毎の文学碑」
http://jintatatu.web.fc2.com/index.htm
というのを見つけた。面白そう。
横山武雄 白雪をかかげて天に聳えたまふわが魂の八甲田山
            (歌集『山を仰ぐ』昭和55年、青森市諏訪神社境内建立)
八甲田山は天に聳えるという風情ではないんだけど、冬にみるとそう思えるのかな。私の印象には「聳える」はない。私はこの山に2005年の8月15日に登った。天気は悪かったが、昼過ぎから回復して、毛無岱を堪能した。ふたたび天気の良い日にあるきたいものだ。
酸ヶ湯で有名な温泉に入り、山内丸山の縄文遺跡に回って見物をした。バッテリーがあがると言う失敗もあったが、忘れられない一日となった。

八甲田山には
雲の巻く山道行けば地獄という名のつく沢につけられた道
たおやかな八甲田山の山並みを思えば猛しこの谷の道
霧雲が湿原をつつみ幻想の深きに導く木道古し
山路来て白アジサイに白無垢の妻思い出す時は過ぎても
雲ひくく陽を遮りて仙人岱夏のさりゆく静けさの音
深山と書いてミヤマと読ませてる日本固有の万年草みる
大岳へ向かう木道の濡れそぼり視界もきかず押し黙りゆく
大岳の稜線にある花畑にぎわい奪う霧ふかければ
大岳の山頂暗し雲まいて美しき夏終わりにあるか
雲重くのしかかりたる大岳に集える人もみな無口なり
避難小屋思わぬ人に出会えれば声軽くして雲はらうかも
上毛無岱雨霧なれどガス動き眼下に青く草原ひろがる
木道の先雲切れてくれば希望がすこしわいてくるのだ
見下ろせる下毛無岱の草原よきみ美しく神も憩うや
青空を高く望める雲の下青き草原秋はこぶ風
八甲田小岳大岳巡り終え五体満足酸ヶ湯の湯

雲去りて青空を背に裾長くひく八甲田山

(山内丸山遺跡)

縄文に生きた人らも畏(かしこ)みて祈り眺めし八甲田の神

北の辺の八甲田山のふもとにて五千年続いた集落があり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
八甲田神社がある。しかし山頂には祠も奥宮もないと思っていたら、ネットに
八甲田山高田大岳山頂奥宮を調査しました。|廣田神社〜病 ...
hirotajinja.or.jp/2018/10/30509
というのがありました。奥宮があったようです。
ときた時著「山の神々いらすと紀行」(東京新聞出版局)には全国の山の神様を紹介していますが、北海道と岩木山と八甲田山の記述がない。とても残念。