「ワークライフバランス」から「ワークライフハピネス」へ

http://diamond.jp/articles/-/19942

新しい幸福の条件を求めて北欧出であった人たちから得た10の条件が語られています。

ダイヤモンドの原田さんの記事をもとに考えます。

新しい幸福の10の条件

1 仕事を楽しんでいる
2
 いい仲間、いい家族がいる
3
 経済的に安定している
4
 精神的・肉体的に健康である
5
 刺激のある趣味やライフスタイルを持っている
6
 時間を自分でコントロールできると感じている
7
 住む場所をしっかり選んでいる
8
 いい考え方のクセを持っている
9
 将来の見通しが立っている
10
 ゴールに向かっている感覚を持つ


上の10項目は前回のブログで取り上げたダイヤモンドの記事から取り上げたものです。これらのことについて少しずつ考えてみたいのです。記事の中でインタビューに答えてくれた人たちが、以前は日本のように経済成長に喜んでいた時期もあったそうですが、すこしづつ対応が変化して、今ではお金がすべてではないという共通認識を持つような社会を造り出しているように見えます。


上の10の条件は幸せであるための現在的なことです。

われわれ現代人は、この世で<幸福>であることを願い、<死後>の救済を考えなくなりました。過去においては現在の苦しみに耐え、神や仏陀の教えに従えば、死後は地獄に落ちることなく、神の御側に昇天し、地獄に落ちることがない、また極楽浄土で阿弥陀様に迎えられるというように彼岸の世界を前提にして現在を生き他のですが、死後の救済ではなく、現世での<幸福>=救済を求める行動は、その<幸福>とする価値がなんであるかによって求める行動の方向が違ってきます。

日本人には原罪・罪の意識は持ちにくいので、仏教でいう四苦八苦から逃れることで<幸福>に至ると考えたならば、この10の条件はどのように解釈できるでしょうか。

<四苦八苦(しくはっく)とは、仏教における苦の分類。 苦とは、「苦しみ」のことではなく「思うようにならない」ことを意味する。

根本的な苦を生・老・病・死の四苦とし、 根本的な四つの思うがままにならないことに加え、

愛別離苦(あいべつりく) - 愛する者と別離すること

怨憎会苦(おんぞうえく) - 怨み憎んでいる者に会うこと

求不得苦(ぐふとくく) - 求める物が得られないこと

五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないことの四つの苦(思うようにならないこと)を合わせて八苦と呼ぶ。>

(ウィクペディアから引用)

上の10の条件のうちに「物欲」、アメリカ文化的な物量への欲望がみられません。つまり、多いな家に住み、多くのお金をもち、贅沢な暮らしをすることを<幸福>と考える「現世利益」追求型の思想は、上の10条件にはありません。仏教の<苦>のなかの求不得苦(ぐふとくく)をそのように考える<苦>ととらえられますが、もともと仏教は物欲を否定してるので、求不得苦は物欲的なものではないとも考えられます。でも上の10の条件すべてが求不得苦になるのでしょうか。
四苦八苦を逃れるためには、仏教は出家して現実逃避の中で悟りを得る修行をしないといけない。その悟りの境地を得て、苦界から逃れることができるというものです。


21世紀における変化はアメリカ的な文明、大量生産・大量消費の文明が終わりを告げて、次の時代へ向かっていることを示します。

ただ地球上の地域での変化は時間軸を同じにしていません。中国とアメリカとヨーロッパでは、進行している時間軸が違います。現代と言う言葉で状況が同じと言うのは考え違いです。中国の現代はアメリカの100年前であり、日本の50年前である。北欧の現代はアメリカの未来であるかもしれないし、そうでないかもしれない。日本にとっては30年選考しているモデルといえるだろう。

インドはまだまだ遅い時間軸を動いている。


思想と言うものは、時間軸と一緒に変動するものといえるでしょう。中国の現代の思想は、決して新しいものではなくて、古い時代のままであって、時代を変えていくものとはならないことを儒教の持つ本質として指摘した。

仏教も四苦八苦から逃れる手段として出家と言う形態に固執する限り、現実的でなくなる。仏教が革命的でないのは、その宗教的理念が現世とのかかわりを最初から回避しているところにある。この問題を克服して現世内禁欲的倫理を確立させられたら、仏教は時代変革の力になる。

ダライラマ14世が「宗教を越えた」精神的革命=道徳の変革を叫ばれていることの意味は大きい。だが残念ながら気づく人は少ない。


ワークライフハピネスの社会の実現の根底にあるのは、共通の道徳理念・倫理観であろう。その人間行動の規範が成立していなければ、人間の集団は本能的・動物的な「群れ」に過ぎなくなる。文明とはそれらの規範の元に、人権が認められた独立した個々人が形成する社会であり、人間の営みであろう。


上に上げた10のワークライフハピネスの条件は外見的なものと、内部的なものとに分けられる。


外面的な項目

2 いい仲間、いい家族がいる
3 経済的に安定している
4 精神的・肉体的に健康である
5
 刺激のある趣味やライフスタイルを持っている
7 住む場所をしっかり選んでいる


内面的な項目

1 仕事を楽しんでいる
6 時間を自分でコントロールできると感じている
8 いい考え方のクセを持っている
9 将来の見通しが立っている
10
 ゴールに向かっている感覚を持つ


突き詰めていけば誰しもが経済的に安定している社会の創出が課題であり、その社会の主人公は、時間を自分でコントロールできる人たちなのだ。

つまり、大多数の人たちが四苦八苦の苦しみを現世内で軽減する社会を形成していくことなのだ。これは宗教革命のときのピューリタンが描いた地上に紙の国を形成するという理念の実現である。

北欧諸国の社会をすべて肯定するものではないにしても目指す対象ではある。