1月11日はじめてスキー場にでかけました。

スキーは上達しないので、意欲減退中。2級のままで、1級を取得する意欲がない。下手だと、やはりきちんと教わらないといけないのだけど、要するに現在のところ手元不如意につき、遊んでいられないのが本音。

昨年は仕事のできも悪く、苦しい年が3年も続いているし、気持ちが重いのだ。

だから積極的になれないのだが、それでも滑ると、歳の割には元気で肉体年齢は若いように思える。本音は毎週でもスキーに行きたいけれど、奥さんに遠慮しているのだ。


シニア券でかなり安く滑れるようになったのだから、がんがんやりたいところだが、昨年車を軽にして、冬タイヤも履かせられないでいるから、誰かの足がないといけない。不便な状態になっている。


尾瀬岩鞍に出かけて、午前8時についたときには、駐車場はがらがらで驚いた。その日一日リフト待ちなどほとんどなし。ゴンドラも9時ごろに一度並んだだけで、後はスムーズに乗れた。

やはり連休3日目であったけれど、不景気なんだと思えた。遊びにくる気になれないのだろうとわが身に比して考える。スキー場も、それに依存して暮らす人たちにも大変だ。


私がスキーを始めてであった人の中で、もう15年くらいの付き合いになる人が、電気工事会社を起こして今では県内では10指に入るほどの規模に成長して、スポーツ事業を始めることになって、冬はスキー教室を開催し、夏は登山教室などを企画することになって、活動を始めた。昨年は一緒に雲取山と上高地に出かけた。

スキークラブもあり、私もそこに所属してはいる。


長年腰折れの欠点が克服できずに、後傾スタイルで悩んできたが、ここ数年その克服ができて、滑りは断然変わった。今までいろいろ言われ続けて、悩んできたけれど、どうも振り返ると教え方が悪い。

正直ポイントをついていたとは思えない。

スキーを始めたばかりの人たちを見ていると、そのスタイルがほとんど腰折れである。スキーの上手な人は最初から腰折れではないので、なぜ腰折れになるのか実感としてわからないのだと思う。それを正す正し方の仕方がわかっていないのだと思う。片足斜滑降をすれば腰が外れているか、乗っているかがすぐわかる。乗れていないと斜滑降ができない。その腰が外れるという実感と、その意味が理解されていないのだと思う。教える人が理解していないのだといえる。


以前、斜滑降ができないでいると「なぜできないの」と言われ、「こうするんだよ」と見せてくれるだけの指導員だった。それでは体を使いこなせない。

また、私の剣道の素振りのスタイを見ていて、「その腰つきができるのに何で後傾になるんだろう」と、指摘した正指の人もいた。彼はまだ私に考えるポイントを与えてはくれた。

体というのは先天的にバランス感覚のいい人と、そうでない人がいて、後者は脳が理会して体の部位に指示をダサいない限り反応しない体質なのだ。大脳が理会できるように話して体に指示が出せるような教え方をしない限り、先天的に運動感覚の鈍感な人はわからないし、改善ができないのだ。10年以上悩んできて、氏はそう思っている。だけど資格のある人たちに教え方が悪いとはいえない。黙って聞いているしかなかろう。


後はひざの使い方の問題だろう。ターンの誘導をひざが先行するような意識で行えば、肩をまわさずにすむし、腰をはずさないですむ。いままで随分むずかしいことをいわれてきたような気がするが、私には適切ではなかったように思えるし、具体的でもなかった。それでスキーがいやになってきていた面もある。


あまりこ難しい理屈を言われずに、もうのんびりと滑りたいと思うようになった。

ジムで筋トレをしているためか、足腰は強くなっているように思えたが、8時30分から12時まですべって、1時から2時半まですべったら、左のふくらはぎに来てしまった。初すべりでは、体も慣れていないから、ほどほどにしないといけない。

まだまだ滑れると実感した。ストックを持つ右手が後ろに流れる癖があるので、右に開いてしまい、遅れる傾向があるように思えた。ストック操作は大事だ。それが少し感じられるようになってきた。


66歳で正指導員の資格を取った人もいるし、70すぎて60日もスキーに行っている人もいる。スキーも若者のスポーツから熟年層のスポーツに変わりつつある。熟年層の冬の運動としてはいいけれど、登山と同じで遠くへ出かけないといけないのが億劫だ。ジョギングやウォーキングが手軽で安上がりということに成るのだろう。


今年のスキーはどうしようか。実に悩ましいところだ。