28日から30日まで会派で新潟県に視察に行ってきました。


今回の視察では、三条市、新潟市、新発田市、弥彦村の3市1村を視察。

弥彦村にある弥彦山は、英彦山(福岡県)、雪彦山(姫路市夢前町)と並び

日本三彦山の一つ。

旧夢前町時代には三彦山サミットが行われていたようですが、合併とともに消滅したよう。


今回訪問した3市は、いずれも平成の大合併のときに合併を行っていますが、

合併によって得られたものと失われたものがあるのは確かです。


すぐにあらわれない効果があることも確かですが、

これまで行われていた交流や行事もなんらかの形で残せないものかとも感じました。


今回は弥彦山には登ることができず、麓の弥彦神社で市の担当の方などから

お話を聞きました。


年間200万人以上が訪れる門前町。

観光産業と村内にある工業団地での生産が主な産業。

しかし、歴史と風格を感じる村でもありました。


三条市では、防災体制の取り組み、災害対応防災マニュアルについて

調査研究をさせていただきました。


三条市は、平成16年7月に信濃川の支流である五十嵐川の堤防が決壊し、

死者9名、被害家屋10000棟を超えるという大災害になりました。


市の担当者の話によりますと、当時はゲリラ豪雨という言葉も一般的では

なかった時代で、市民の皆さんの雨に対する意識は低かったようです。


短時間で降った豪雨で、堤防が決壊し、高齢の方を中心になくなられる方が出たようです。


三条市では、同じ年の10月にも中越地震を、また数年後に中越沖地震を経験し、

市民の防災意識は高まっていったようです。


今回の話のなかでも、防災のためには、行政と市民の両方の役割が重要だという

話がありました。

防災は、行政のみが行うものというのではなく、

防災の中でも、公助、共助そして自助が必要だといえます。


東日本大震災でも多くの高齢者が逃げ遅れて命を落としたということがいわれています。

また、情報伝達が徹底しておらず、亡くなられた方も多かったようです。


三条市でも、平成16年の豪雨の際、防災無線等で避難勧告等の情報伝達をしたようですが、

およそ2割の方にしか情報が伝わっていなかったとのこと。


その後、携帯、コミュニティFM、防災ラジオ(電源オフの状態でも防災情報をキャッチできるもの)

などを活用して、情報を伝えるシステムを構築したようです。


また、自治会、民生委員などの方々と協力して、

地域の高齢者の中で災害時に支援が必要な方をリストアップして、

いざというときの対策を講じているようです。

さらに、年に1回市民全員が参加しての訓練を6月下旬ころに行っているようです。


今日も松本市で震度5強の地震がありました。


どこで、いつ、どのような災害が急に発生するかわからない時代。

また、想定を大きく超える災害がいくつも発生している時代。


姫路市も津波対策などこれまでの災害対応を見直す検討会を立ち上げ、

専門家も入って検討を進めていますが、

市民の皆様も常に高い防災意識をもっていただくことも重要だと改めて感じました。


今回の視察での研究結果もしっかりと市政に反映したいと思います。


新潟市、新発田市については、改めて後日報告します。


今回のひが