構想発表から35年。

今日、ようやく、姫路駅の高架が完成しました。


私が生まれた昭和48年7月に当時の国鉄が発表した高架化構想。


その間、JRになり、播但線の一部高架工事があり、

貨物基地、車両基地の移転があり・・・。


多くの困難と課題を乗り越え、高架工事が完了しました。


これに携わった方は、いったい何人くらいおられるのか。


当時、市役所に建設省から出向してこられていた国土交通省審議官の榊さんも

当時のことを感慨深げに話しておられました。


ハイ、がんばります。-高架式典1  (姫路駅西側自由通路完成式典のテープカット)


時の市長が、南北に走る自動車道をつくるという構想を出されたときに

逆に東西を分断することになると反対されたようです。


高架化によって、南北の分断が解消され、駅が便利になるとともに、

南北を走るいくつかの道路が踏み切りをなしに走ることになり快適な交通網ができます。



今年、生まれた子どもが35歳を迎える35年後。

姫路はどうなっているのか。


それを占う大事な事業が、まもなく始まります。

駅前広場と駅ビル、またその周りのイベントゾーンなどの整備。

平成27年くらいまでには、そのほとんどが完成する予定。


楽しみであるとともに私たちも責任をもって取り組まなければと思っています。



ハイ、がんばります。-高架式典 (高架完成記念式典で城巽小学校の生徒さんの合唱)