アマチュアライフ ~in Africa~ -30ページ目

アマチュアライフ ~in Africa~

                                     人生初のアフリカ  
アマチュアな僕のアフリカでの生活や感じたことを皆にお届けしたいと思います。

こちらにきて

何度も騙されたことがある




その相手はというと。。。

子供


ちょっとしたことで



すぐに泣くんです

子供だから仕方ないなって

そう思うんだけど



実は

ウソ泣き




泣けば

自分の要望が叶うということをわかって

親や大人の前で平気で

ウソ泣きをする




それがまたうまいから

驚かされる


日本の子供はどうだったかわかんないけど

結構だまされちゃってます




子持ちのみなさん

日本の子供はどうでうすかい??







ご存知の通り

こちらは暑い

だから冬服を着るなんてことはありえない




が、

マフラー

ニット帽

ジャケット

なんかも町では売っている


ちょっと涼しくなると

ものすごいあつ着をする人を見かける

こちらの人々も

西洋の文化に憧れがあるのであろうか



基本的には
ボンバと言われる服を現地人はきている

こちらの布で

制作された服である

正装として、用いられることもあり

葬式、お祭り等でもこういったものを着る人が多い



方や
現代風の服
ジーンズにシャツ
なんていう若者も多い


テレビ

携帯


このように西洋から流れてきたものに対して

憧れが強いのではないだろうか

こういったものを

身に着けていることが

彼らにとって

ステータスなのであろうか

なんとなく

そんなことを感じる



実際はどうかわからない
でも

おしゃれする前に

いい電化製品を買う前に



健康やら

身の安全に関するものを

買うべきではないのかな


そんなことを

疑問に思う

今日、この頃








今までいくつかの国を訪れたことがあるが

日本のサービス業における

サービスの質は

世界トップレベルではないかと思う


以前、某外国の友人がこんなことを言っていた

「うちの国でファーストフードで働いている人というのは

いい職についているとは言えないんだ

接客態度、勤務姿勢をみればわかるだろ

ところが、日本はどうだ

アルバイトなのにもかかわらず

あんなに丁寧にあいさつし

素晴らしい接客をする」


僕は

日本で生まれ、育った

だから

今まで「日本」を意識することは

ほとんどなかったけど

外国人と接するようになったり

外国へ行くようになってから変わった

確かに、日本のサービスは素晴らしいと思う


では、僕の今住む町はどうだろうか

自炊ができない環境だったこともあり

来てしばらくは

3食すべて外食だった


正直、こちらのサービスの質は

低い方だと思う

客を引き寄せようという意欲が全く感じられない


外国人だから

というような悪意的な認識を漂わせ

わざとサービスが一般以下になるような経験もした


でも

通い続けたことによって

こっそり俺にだけ特別にサービスをしてもらった経験もある

ほんのちょっとのおまけで

大した金額ではない

でも、すごくうれしかったし

また、この店に来たいなって素直にそう思った


商売をする以上

少しでも儲けがほしいと思うのが普通だと思う

だから、考え方によっては

サービスは、マイナスである


でも、本当に大切なのは

来た客に満足してもらうこと

また、着たいって思ってもらうこと

なのではないだろうか


そのサービスがゆえに

通う客が増え

利益につながるのではないだろうか










わけのわからない人に

お金をください

としょっちゅう言われることは

前にも記したからご存知かと思う


僕が外国人だからっていうのもあって

聞いてくる人は多いんだろうけど

ときどき

誰にでもひたすら聞いている人がいる


そんな人が
職場に現れた

そして、

いつものように

お金を要求された


僕の答えは

当然、NO

「お金を払う」

という形での

援助というか

手助けはあまりしたいと思っていないから


それを見ていた
某同僚が
なぜ、わたさないんだ?

と聞いてきた


僕は

なんで払わなければならないんだ

と、聞き返した

お金を欲しいと言うから

お金を持っている自分が

ほんの少しだけでいいから

あげるんだと

そういっていた


僕には理解できなかった

人にお金をもらうことに

なれてしまえば

一生そのままで

かわらない


働かなくても
自分で努力しなくても
稼ぎのいい人

裕福な国の人

身分の高い人


これらの人に頼れば

お金を与えてもらえる

そういう風に

認識してほしくない


『お金』

それは

稼ぐごとの大切さ

稼ぐことの大変さ

それを経験し、理解した人が

手に入れれるものであるべきだと

僕はそう、思う


だから

稼ぐための仕事を託す

仕事を探す

きっかけ作りのお手伝い

そういうことは

どんどん

やっていきたいと思う


身分制度がはっきりしている宗教等では
上流階級の人が

下流の人を助けるということもあると聞く

力を持った者が弱いものを助ける

助けてあげれることがステータス

こういうのもいいのかもしれない


でも

これじゃ

いつまでたっても

力を持ったものと弱い者の

力関係は変わらない


お金を問われて

払わない僕は

間違っているのだろうか。。。




郵便は家のポストに届く

それは、各家に住所があり

そこに届けてくれるという仕組みがあるから



手紙を出すには最寄りの郵便ポストへ

アメリカでは

自分の家のポストに入れて

サインを出せば郵便屋が取りに来てくれるというシステム

実にすばらしいシステムだと思う



ここ、ベナンでは

そこらじゅうに家があるのにも関わらず

家にポストはない

ようするに住所が存在しないような感じだ



手紙を出すには郵便局へ

手紙を受け取るには

お金を払い

私書箱を借りなくてはならない


郵便を使う人が少ないから

こういうシステムになっているのかなと

そんなことを思う



この間、日本から手紙が届いた

中には、一か月前の近況が書かれていた

つまり、着くまでに一か月かかるということ


昔の人は

長い間、手紙を待ちわびていたのだなと

そんなことを思う



今は、パソコンでのメール、国際電話があるから

簡単に連絡が取れる

ネットによって日本からの情報も

すぐに手に入る

便利だしとてもありがたいことだ



その時の感情を

その時使用しているペンで

その時の字で

その人を想い記す

そして、それはいつまでも形として残る

受け取った時の喜びも非常に大きい


手紙も悪くないな

むしろ、いいなぁとそう思う



日本でも、年末になると

年賀状の発行枚数が減ったとか

ニュースでよくやっていた


パソコン、携帯の普及で電子データへと

どんどんかわってきているんだろう


僕は、この年代では

一般的には稀なようだが

年賀状は学生の時も

わりとたくさん書いていた

だから、今年も当然書くつもり

今年は、11月末くらいにはださないといけないなぁ。。。。