高級ホテルで4時間泊
このように勝村のせいで余計な疲労が加わったが、とにかく話はついた。
真夜中、リマ空港の2階にあるフードコートに行き、先程もらったクーポンでマクドナルドのビッグマックとチーズバーガーを受け取る。
そしてタクシーカウンターでホテルへのタクシーを手配してもらった。
タクシー会社の女性はわざわざ尋ねずとも会話から国籍を察知し、最後に「アリガトウ」と日本語で言ってくれた。
リマ空港にうんざりしかけていたが、勝村のような人間ばかりではないのだと思い少し気持ちが浮上した。
そしてタクシーで数十分かけて指定のホテルに向かった。
もはやこの頃になると疲れのピークを越えてハイになっており、思いがけずまたリマに来たなあ、ラルコ博物館を通り越したなあなどと思いながら、ホテルの場所もよくわからないままに深夜のリマをタクシーから眺める。
てっきりビジネスホテルのような場所に行くのかと思っていたら、ドアマンがいる立派なホテルに着いた。
そして通された部屋はこの1年のわれわれの旅で最高級であった。
チェックインは午前2時。
6時に空港行きのタクシーが迎えにくるので、この部屋で過ごすのは4時間である。
まずは部屋に何があるのか確認すると、さすが高級ホテル、アメニティが充実している。
小瓶に入ったシャンプー、コンディショナー、石鹸、ボディローション。
どんなに眠くてももらえるものは冷静にもらっておく。
そしてそれらを使ってシャワーを浴びる。
旅の間はリンス・イン・シャンプーを使っているので、シャンプーとコンディショナーを分けて使うだけでも特別感がある。
どうせすぐにチェックアウトするのだが、分厚い生地のバスローブまであったので着てみた。
そしてバスローブとは何のためにあるのかよくわからないものだとつくづく思った。
はだけると寒いのですぐにさっきまで来ていたレギンスとTシャツを着直す。
夫が備え付けのコーヒーメーカーでコーヒーを淹れてくれたので、カフェインを摂取し徹夜に備える。
わたしには「今眠るとぜったいに起きられない」という確信があった。
高級ホテルに見えたがコーヒーメーカーはあまり性能がよくなく粉がこぼれる構造になっており、夫は「失敗したと思われたら悔しいから」と言って時間をかけてコーヒーメーカーをきれいに洗っていた。
わたしは「高級ホテルやからやってもらい、休んどき」と言ったが、夫はかたくなに自分で洗うと言い張った。
つくづく難儀な性格である。
たしかにこのような事態でなければ、こうしたゴージャスなホテルに泊まることなどなかったし、これはこれで貴重な体験ではある。
しかしできれば予定通りトルヒーヨに着き、安宿でいいから徹夜などせず眠りたかった。
パンと飲み物だけは早朝からセルフサービスでおいてあったので、明け方わたしは生搾りのオレンジジュースを、夫は加えてパンも少しもらって食べた。
このでっかいベッドで眠りたかったと心底思いながら、午前6時にチェックアウト。
しかしタクシーはなかなか来ず、現れたのは約束の20分後であった。
わたしはエネルギーを振り絞って
「遅い! わたしら待ってたんだぞ!」
と運転手に告げた。
頼むからもう誰もわたしを怒らせないでくれ。
外国で、外国人に、外国語で怒るのは疲れるんだ。
運転手は笑いながらごまかしていたが、一応気にしていたのか朝のリマを猛スピードで走り、予定より早く午前7時前に空港に戻った。
そこから前日同様長蛇の列に並んで、飛行機のチェックイン。
例の勝村のせいでわれわれの国籍が正しく登録されていないのではないかと不安であったが、時間はかかったものの、トルヒーヨ行きの新しい搭乗券をもらえた。
空港の売店で
航空会社でのチェックインを終え、搭乗まではまだ時間があったので、ぶらぶらと売店を眺めた。
土産物屋兼コンビニのような店に本が置いてあったので自然と目がいく。
そしてそこにはアンデスの土器の本があった。
わたしが「この本の英語かスペイン語版はありますか」と店員の女性にスペイン語で尋ねたところ、女性は「私、日本語話せますよ」と言って対応してくれた。
以前日本に住んでいたことがあるのだという。
残念ながら本はフランス語版しかなかったが、この女性はずっと笑顔で対応してくれたので、わたしは張り詰めていた気が少し緩んだ。
徹夜明けの頭で外国語を話さなくてすんだこともありがたかった。
「昨日飛行機がキャンセルされて、暗い気持ちでいたんですけど、お話できて気分が明るくなりました」
とわたしが言うと、その女性はまったく非がないにもかかわらず、空港職員として「ごめんなさい」と言ってくれた。
勝村が一言も言わなかった、この言葉を。
女性のふるまいは日本人のわたしに向けた日本人的なものであり、わたしは「自分が悪くなくてもとにかく謝る」という日本のビジネス慣行に辟易していたが、この女性はきっと本心からねぎらいの気持ちでそう言ってくれたのだと思う。
飛行機が飛ばないということはめずらしくはないだろうが、われわれにとっては大事件だった。
しかし不安で眠くてぐったりした長い夜は明け、飛行機に搭乗し、今回は無事に離陸した。
短いフライトの間われわれは熟睡し、あっという間にトルヒーヨに着いた。
そして売店の女性の笑顔のおかげでペルーへの興味を持ち直したわたしは、トルヒーヨでまたアンデス文化をめぐる旅を再開したのだった。
*癒しの土器の続き*
(リマ、ラルコ博物館の土器たち)
(パラカスの土器がこちらを見ている。
パラカスの土器には侘び寂びを感じさせる渋い色合いがあるので、抹茶やほうじ茶にも合いそうな気がする)
(モチェ文化の大きな特徴のひとつは、リアルな肖像土器である。
ネコ科動物の頭飾りがあるので、高い位の人物ではないかと想像する)
(やはりナスカの土器は想像の上をいく造形だ。
ちなみにナスカ土器にはよく人間の首が描かれており、「首級」と呼ばれている)