丘をいくつも越える日々
巡礼20日目、コミージャスという町のアルベルゲを出たわれわれは、まず巡礼ルート近くにあるガウディの設計した「エル・カプリチョ」という建物を見に行った。
塀に遮られて上部が少し見えるだけだったが、チューリップのような形の塔の先端が見えた。
満足だ。
《フランス人の道》でもガウディ建築は見られるし、バルセロナに行けばもっと見られるが、この《北の道》でも出会えたのがうれしい。
なんだかんだいってガウディが作る、植物をうねうねさせたようなユニークな建築は見ていて楽しいのだ。
町を出ると、そこからは細かなアップダウンの道。
いくつもいくつも丘を越える。
バスクを出て以来道はおおむね平坦であるが、低い丘を毎日ちまちまと越えている。
この日も海を右手に見ながらちまちま登り、登った分を下り、湾の向こうに町が見えた。
サン・ビセンテ・デ・ラ・バルケア。
雪山を背景に見えたその町に橋を渡ってたどり着く。
カミーノの道をそれて観光案内所へ。
巡礼手帳にスタンプをもらい、生ハムとヤギのチーズのボカディージョ(サンドイッチ)を海を見ながら食べる。
わたしはスタンプラリーがたいへん好きであり、スタンプが手帳にたまっていくのを見ると非常によい気分になる。
この町の観光案内所のスタンプは、市の紋章なのか船の形をしていて美しく、わざわざ立ち寄ったかいがあったときらめく湾を見ながら思った。
その後喫茶店で休憩し、坂をのぼり、牛を見、線路をわたり、丘の中の道を進む。
左ひざの痛みはおおかたとれ、先日買った杖のリズムもいい感じ。
このまま目的地の町に到着かと思いきや、老朽化した木の橋を渡るとバスク以来初めての急な長い上り坂。
息切れをしてやっと頂上へ辿り着くと、海も雪山も見える大パノラマで今日のクライマックス間違いなし。
夫はバックパックをおろし、ケータイのタイマーをセットして写真を撮ろうと言い出した。
カミーノ始まって以来の自撮り写真である。
そして丘を下り、予約していたセルディオのホテルにチェックイン。
丘のふもとののどかな町の小さなホテル。
窓からは牛や羊につけている鈴の音が、カラカラ、カラカラと聴こえてくる。
シャワーと洗濯をすませたあと、近くにある唯一のレストランに向かった。
宿の近くにはスーパーがなくホテルには自炊の設備もないため、夕飯の選択肢はそこしかなかったのである。
肉の甘味
そのレストランでわたしはメニュー(その日のコース料理)を、夫は赤身のサーロインステーキを注文。
肉奉行の夫はずっと「ステーキを食べたい」と言っていたが、自炊の設備がある宿では自炊していたためその機会がなく、今回が巡礼始まって以来初のステーキである。
運ばれてきたステーキは分厚くレアな状態。
味付けはほとんどされていなかったが、夫曰く「肉の甘味がすごい」ので、めずらしく夫は塩を追加せず肉そのものの味をかみしめていた。
わたしのコースメニューも素晴らしかった。
チョリソとベーコンをひよこ豆とともに煮込んだスープと、魚の白身とアサリのムニエル。
値段は他の店と比べると割安で、巡礼中一番の満足度であった。
その翌日はホテルの朝食をたんまり食べた。
バゲットをおかわりし、搾りたてのオレンジジュースを飲む。
生搾りのオレンジジュースは前回の巡礼では気軽に飲んでいたが、現在では値上がりと円安のため手が出ない価格になっている。
朝食に含まれているのを見ておおいに感激した。
ビタミン補給、これでシミは増えない、とありがたみを噛み締めながら大事に飲んだ。
そして9時すぎにチェックアウト。
いつもと比べ1時間ほどゆっくりとしていたのは、その日予定した距離が短かったからである。
後編へ。
(塀の向こうのガウディ。
レゴみたいだなあと思った)
(ガイコツかと思った……)
(今日何回目の丘だろう)
(丘の頂上からの眺め)
(別の方向には海)
(ひよこ豆煮込み。
帰国したら業務スーパーのソーセージとひよこ豆で再現してみたい)
(スペインではレアが多いのかもしれないが、それにしたってレア具合がすごい。
肉本来の味わいだった)