東南アジアふたたび
夫の体力は腸チフスのため地に堕ちていたが、メルボルンでの療養生活を経て調子がぼちぼち戻ってきた。
どうやら旅を続けられそうだ。
では、オーストラリアを出てどこへ行こう。
もともとの予定ではメルボルンを出たあと、タイ→エジプト→モロッコ行きを予定していた。
しかしその全てを腸チフスのためキャンセルした。
わたしや友人が「タイ料理は安くてうまい」とさんざん吹き込んだためか、夫はタイに行きたい様子であった。
わたしとしても、今の夫の状況にはタイがよいのではないかと思った。
というのもオーストラリアの保健所(?)からの連絡によると、腸チフスとは解熱してから数週間後に再び症状が出る場合があるのだという。
そうなる可能性は高くないらしいが、そもそも夫はワクチンを打ったにもかかわらず腸チフスにかかった不運な人間である。
バンコクには海外旅行保険の提携病院が何か所もある。
日本人対応も比較的充実しているのではないか。
わたしは日程を新たに組み立て何十通りもフライトを調べた。
結果、やはりオーストラリアからタイ、そして次の目的地へと行くのがよいと思われた。
もう一度バンコク行きのフライトを取り直し、エジプトとモロッコを諦め日程を調整。
アフリカはいずれまた改めて、ゆっくり旅することにする。
バンコクを不真面目に旅する
実を言うとわたしはバンコクをきちんと観光したためしがない。
以前一人で世界一周した際、バンコクはベトナム、ミャンマーなど近隣諸国の中継地点として何度も訪れた。
そのたびにわたしは紀伊国屋書店に行ったり、日本の文庫本を取り扱う古本屋をのぞいたりして過ごした。
つまりわたしはバンコクを長距離旅行の物資補給地と見なしており、あまった時間で申し訳程度に博物館めぐりをして、すぐバスでどこか別の国に出かけていたのである。
たしかにタイという国はバックパッカーの「沈没」を誘発する場所である。
以前と比べ物価は上がっている(というより日本が停滞している)が、それでも地元の人が集まる食堂では200円前後で食事ができ、宿はキレイで冷房が効いていて世界的に見てもレベルが高い。
本やスマホを見ながら特にどこにも行かず無為に過ごし、食って寝て、寝て食ってを繰り返していられる場所である。
そしてそうした物価の安さ、利便性に加え、タイの気候が旅人が怠惰にしているのではないか。
暑い。
蒸し暑い。
それは「外に出よう」という気力を削ぐ最大の要因であり、それにしたって暑い、あー暑い暑い暑い。
許しがたい暑さであるが怒る気もなくなる。
雨季のインドネシアと比べるとまだマシな湿気であるが、それは「豆腐と白玉どっちが白いか」という問いと同じで、どっちも暑いことには変わりはないのである。
しかしわたしとしては常に真剣に旅をしたいと思っており、バンコクを初めて訪れる夫にはバックパッカーらしい何かを体験させてやりたいと思った。
というわけで夫に
「どう、王宮とか、寺院とか」
と勧めてみたが、
「興味ない」
ああそうかい。
では
「バックパッカーといえばカオサン通り(安宿や土産物屋が集まる通り)だけど、行く?」
と聞くと、
「別に行かんでいい」
夫よ、じゃあどこで何をしたいのだ。
と思ったら夫がめずらしく何かを自分で調べており、それは豚足やガイヤーン(タイの焼き鳥)のうまい店が宿の近くにあるかどうかということであった。
その姿を見て、「世界中のおいしいものを食べたい」というほかには特に情熱を持たず旅をしている夫に、無理にバックパッカーらしい場所を見せてやらなくてもよいのだと悟った。
「タイに来たのだから◯◯に行かなくては」というような旅の証拠など、夫にはいらない。
豚足やガイヤーンを食えればそれでいいのだ。
わたしとしてもカオサン通りはすでに行ったことがあるし、気になる博物館だけちょいと行って、あとは冷房が効いた清潔な宿でテイクアウトした食べ物をゆっくり食べてだらだらしたい。
だってすんげえ暑いから。
数か月分の真剣さはメルボルンで使い果たした。
そんなわけで、タイについてはややお気楽モードで書き進めタイ。
(バンコク中心部にある宿のすぐ近くには、ガオマンガイの屋台があった。
ここが、おそろしく、うまい。
毎日テイクアウトして宿で食べた。
蒸し鶏と揚げた鶏、食感の異なる鶏肉のコンボにはそれぞれピリ辛生姜ダレとスイートチリソースがあてがわれ、そのうえウリの入ったスープまでついてくる。
4日連続食べ、5日目も買いに行ったがその日は休みであり、夫もわたしも非常にショックを受けた)
(夫がGoogleマップで探した煮豚屋。
豚には味が染み込み、そして豚のエキスが染み出たスープが白米にかかる。
幸せである。
この店はスープも絶品であり、特に左上の白いちくわ状の食材がコリコリしていてうまかった。
これは何なのだ。
われわれはまだタイについて何も知らない)