「キ◯タマ」は華やかな味
インドネシア、ジョグジャカルタの王宮南広場は、真ん中に2本の木がある正方形の開けた土地であり、われわれの宿から近くにあった。
そこでは夜毎に屋台が立ち、ドラえもんやらハローキティやらがついた派手な電飾の乗り物が周囲をまわったり、光る竹とんぼのようなもので遊ぶ人々がいたりする。
インドネシアは毎日が縁日だ。
ジャカルタでも週末には同様の光景が広がり、たくさんの人々が家族や友人とともに、夜を楽しんでいた。
わたしにとって、いや多くの日本人にとって縁日とは「年に数回お祭りのときだけ現れる特別なイベント」であるが、インドネシアではその風景が日常なのだ。
昼間の猛暑が落ち着き始める夕方から、祝祭的時間が始まるのである。
そしてそれに合わせるかのように、広場近くのカフェも遅くまで開いていた。
夫とわたしは一日の締めくくりのコーヒーを求め、カフェに寄ってから宿へと戻ったのだった。
王宮南広場近くの通りから少し奥まったところにあるカフェは、レコードが流れ、高円寺や吉祥寺の雰囲気であった。
そこではV60、Japanese(アイスのフィルターコーヒー)を注文。
すると豆を3種類から選べるという。
わたしは「Kintamani」というバリの豆を選び、夫はグアテマラの「アンティグア」を選ぶ。
若い店員は味見をしつつ、丁寧に淹れてくれた。
ウイスキーにも合いそうなユニークな曲線のカップに、澄んだ色のコーヒー。
追加の氷は入っておらず、その点からして期待が持てる。
わたしはコーヒーの味が薄まらずにすむため、氷少なめが好きなのである。
味は期待どおり、いや期待以上。
コクと酸味があり、オシャレ感のある華やかな味。
夫のグアテマラも黒糖のような甘味がある。
わたしたちはこのインドネシアの豆「Kintamani」をいたく気に入った。
そして親しみを込めて「キンタマ」と呼んでいた。
おっとそう書いてしまうと直截的であるため以下伏字にしておく。
この店ではついでにジャスミンティーもテイクアウトで注文したのだが、若者向けのコーヒー店ではプラスチックカップに名前を書いて渡されることが多い。
ここでも注文時に名前をたずねられた。
わたしの名前は短く、日本ではよく使われている。
しかし外国ではなじみがないのか、スペルまで伝えても十中八九聞き返され、そして聞き返したくせに、結局ネコの鳴き声みたいな名前がカップに書かれて渡されることが多い。
はっきり言って不愉快である。
しかしこのカフェのお兄さんは一発で正確に聞き取った上に、翌日テイクアウトした際にはわたしの名前を覚えており聞き直すこともなかった。
プロフェッショナルなバリスタはやはり違うのだ。
そう夫に言うと訝しげな顔をしていたが、ともかくよりコーヒーがおいしく感じられるような気がしたのだった。
ジョグジャの晩酌
もう一軒、ジョグジャカルタ滞在中に数回訪れたカフェがあった。
そのカフェの庭にはボートが、室内には伝統楽器が置かれている。
夕方になるとイスラムの祈りの放送がそこらじゅうから次々とはじまり、庭には灯りがともって雰囲気も出る。
ここでもフィルターコーヒーを注文すると、豆を選ばせてもらえる。
数種類の中でやはり一番香りが華やかなキ◯タマを注文。
そしてなんと、コーヒーは小さめのデカンタに入れられており、スピリットを飲むのにちょうどよさそうな小さなグラスが添えられていたのである。
コーヒーをデカンタからグラスに移す。
この作業はまるで日本酒をおちょこに入れるような工程である。
日本で酒といったらもっぱら日本酒であったわたしは、ついコーヒーも表面張力でこぼれないギリギリまで入れたくなってしまう。
そうして小さなグラスに入ったコーヒーは、酒だった。
いや、味はコーヒーだが、酔えるのだ。
そういえばコーヒーの豆を選ぶとき、店員に「一番フルーティーなのはどれか」などときくことがあるが、これは日本の居酒屋でおすすめの純米吟醸を尋ねる台詞のようである。
うまいコーヒーは酒である。
いつか日本の田舎で空き家を買い、夜、全ての家事が終わったあとうまいコーヒーを淹れて、縁側で月を見ながら晩酌しよう。
そしてジョグジャの夜を思い出すのだ。
それがわたしの夢になった。
そして夢は実現するためにあるのである。
(これが例のキ◯タマ、そしてグアテマラの豆のフィルターコーヒー。
グラスの形も気に入った。
カフェ「Kelanaloka」にて)
(夫のラテと、私のキ◯タマ。
写真では色が黒く見えるが本当は美しいルビー色をしており、香り高く透き通った味。
「Veritable Copi」にて)
(アファンディ美術館近くのスペシャリティコーヒー専門店。
豆の種類が豊富で、豆の香りを確かめてから注文できる。
ブルーベリーの味がするというスマトラのアチェの豆を勧めてくれたのでそれを注文。
セイロンティーのような美しい色をしており、酸味のきいたフルーティーさを凝縮した味だった。
そしてご覧のとおり徳利で出てきてますます酒。
「インドネシアでコーヒーは日本酒の位置付け」というわたしの説が強化された。
「Hayati」にて)
(王宮南広場)
夫のインスタ⇩ こういうのにいちいち立ち止まるので、なかなか目的地に辿りつかずいらつく。