ベンカブ美術館
フィリピン、ルソン島北部の町バギオの中心部から、ジプニーでベンカブ美術館に出かけた。
ジプニーというのはジープを改造し派手な色を塗った、愉快に排気ガスを撒き散らすフィリピン名物の乗り物である。
そして一本道の途中で降ろされ少し進んだ緑の景色の中に、モダンな美術館が現れた。
ここがベンカブ美術館。
♫ ベンカブはね
ベネディクト•カブレーラっていうんだ ほんとはね
♫ だけど長いから 自分のことベンカブって……
と歌いたくなるがそういう名前の画家がいて、そのベンカブさんの作品や他のフィリピンの現代画家の作品を展示している。
しかしこの美術館の目玉は、なんといっても「ブルル」のコレクションである。
「ブルル」とはイフガオ族の米の神をあらわす、木彫りの人形である。
イフガオ族は棚田で米作を行ってきた民族であり、木彫りの巧みさでも知られる。
そう、わたしが夫と離れてルソン島に来たのはこうした先住民のアートを見るためであった。
一歩コレクションルームに入ると、
おおおおお……おおおおお……
と言葉にならない圧巻の光景。
これでもかとブルルが並んでいる。
ブルルはペアで作られているもの、一体だけのもの、立っていたり頬杖ついていたり座っていたりなどポーズも表情も多彩。
多彩ではあるのだが、どこか孤独感が漂っているのが共通している。
特に体育座りしている像など愛しさが込み上げてくる。
イフガオ族はこの人形を穀倉におき代々受け継いできたのだという。
米作りとそれにまつわる儀礼の伝統が、この哀愁ただよう「ブルル」に詰まっているのだ。
この美術館にはカフェも併設されており、予想通り午前中だけではまったく見終わらないためここで昼食をとる。
節約ぐせから一番安いと思われるメニューを注文すると、パリッとしたガーリックトーストにイチゴジャムが添えられたものが出てきた。
ハーブ入りのガーリックオイルと、果肉がごろごろしたジャムの酸味が合っている。
イフガオのコーヒーであると書かれていたため「Bencab Brew 」なるものも注文。
苦味のある濃いコーヒーであったが、砂糖やミルクのやわらかな甘味を足すとちょうどよくなり、「さあ午後はブルルの写真をいっぱい撮るぞ」と気力体力を充電してくれるランチタイムとなった。
庭には池やあずまやがあり、植物やアヒルを見ながら散策するのも気分転換になった。
こんなに宣伝したのでブルルをひとり土産にほしいところではあるが、つまりこの美術館はこの土地ならではの伝統と現代アートをぎゅっと詰め込んだ宝箱のような場所だったのである。
アートな散歩道「タム•アワン•ビレッジ」
もう一つバギオからジプニーで行けるアート•スポットに「タム•アワン•ビレッジ」というところがある。
こちらはハコモノではなく屋外の施設で、民俗村というか野外博物館というか、歩きながらアートを体感できる場所だ。
これもベンカブさんが手がけたものらしい。
緑あふれるエリアに伝統家屋が移築されている。
独特にとんがった屋根の形や柱の構造を見るのも楽しい。
また家々に設置された説明パネルから、民族的な慣習についても知ることができる。
数は多くないがところどころにオブジェがあり、カフェや小さなギャラリーも併設されている。
ここではアートはもとより、久々にハイキングを楽しんだ。
くねくねと曲がる森の道を進みながら、ぼーっとこの地域の伝統について考える時間はぜいたくの極みだ。
町の中心部に戻ってまた「イリ•リカ」(市内中心部のアート村)に行き、コーヒーを飲みながら日記を書いてその日見たものを総括。
この町はわたしの旅のスタイルにとても合っている。
バギオでおもいっきり一人旅を満喫し、のびのびとした解放感を感じている。
しかし同時にこのうまいコーヒーやブルルのおもしろさ、そして緑の散歩道を、夫と共有したいとも思うのだった。
(ベンカブ美術館のコレクション。
容器やテーブルセットにこうした人型のモチーフが組み合わされているのが素敵。
いずれこういう家具を家に置きたい)
(ハイッ、整列! ブルル体操はじめ!
……という情景を見るものに想起させる展示の配置)
(向かい合っていても背中合わせでも思いは通じ合う)
(「穀倉にネズミが入り込んだからっておまえのせいじゃないよ。
オレたち米の神だって万能じゃないんだから」
「……うん」
「落ち込むなよ」
「……ありがとな」)
(ぎゅっ、と愛おしげに抱きかかえている)
(ぎゅぎゅっ、と愛おしげに抱きかかえている)
(タム•アワン•ビレッジに入ると、のっけから琴線に触れる光景が現れる)
(済州島一周ウォーキング「オルレ」を思い出す森の小径)
(ところどころにアート作品があり、風景に変化があって歩くのが楽しい)