これまでにインドネシアに関する書籍はバリ島観光案内くらいしか読んだことがありません。
本書は刺激的なタイトルに釣られて買いました。
1965年9月30日夜半より、スカルノ大統領の親衛隊が7人の陸軍将校の家を襲い、そのうち6人を現場で射殺、あるいは生きたまま拉致して殺害したという。しかし、本書では、そもそも、この事件の主犯も実行犯も分からないままである。
さらに、この事件に引き続き、カンボディアのポルポトにより大量虐殺に匹敵するような大虐殺がインドネシアで行われ、その被害者50万~200万人と言う。主として共産党員及びそのシンパが狙われたというが、50万人と200万人では4倍も数字が違う。このいわゆる大虐殺の目的および主犯は誰か?
以上二つの事件について、本書では長々と説明を試みているが、結局真相は闇の中のままで明らかにされていない。
この事件を背景にスカルノ大統領は徐々に政治権力を失い、実権はスハルト少将に徐々に以降、1968年にスハルトが第二代大統領に選ばれる。
以上の叙述を通じて、読者が感じるのは焦燥感である。9月30日のクーデターらしきものも、その後の大虐殺と言われるものもすべて隔靴掻痒、全然ハッキリしないのである。
この間、戦時賠償の商いを巡り日本と急接近したスカルノは1959年、根本 七保子を見初め第三夫人とする。
デヴィはスカルノの庇護のもと病院建設などの社会活動にも活躍したようだが、最後は力を失ったスカルノを日本に亡命させるべく奔走する。
現在、テレビタレントとして活躍中のデヴィ夫人が政治の裏方として活躍した姿が書かれているが、その根拠を著者はデヴィ本人との面談および彼女の著書によって調査しているので、これまた真相はよくわからない。
本書を読んだ感想は、真相不明の事件を解明されないまま、現在表面的に分かっていることのを、そのまま読者に提供しているだけであって、読者は藪の中に放置されたままに感じる。
本件は国連も問題にしていないし、日本で大々的に報道されたこともない。不思議と言えば不思議である。

 

本書についてバリ島に関する記述が数か所あるが、そのうち一つを引用します。

「虐殺が最も激しかった観光地バリ島では、道路の脇や風光明媚な海岸の一角に実はいまだに大量の死体が埋まっている。にもかかわらず人々は、そんなことを全く知らずに通り過ぎていく。」云々。

本当ですか?