オーストラリアへ渡ってから3週間。
住むところも決まり、ようやく毎日の生活の流れが出来てきた。(←今更かよ!)
それまでは、友人の紹介で「スー」というおばあちゃんに、
ホームステイさせてもらっていた。
その方のプロフィールは、僕が知ってる限り以下の通り。
・70代女性
・英語教師を育成・監督する仕事をしている。
・オーストラリア生まれ・育ちの白人
・シドニー市内に豪邸を持ち(←ここにホームステイしてました!)、
田舎にみなとみらい地区ぐらいの面積の土地を保有
(↑横浜市民以外わかんねーだろ!)
・日課→毎朝6時半に車で15分の海岸で1時間泳ぎ、家に帰って朝食
・週課→シドニーから車で4時間かけ、友達を田舎の家へ案内
・月課 (←そんな言葉あるか?) → 海外の語学学校を訪問
・年課(←だからそんな言葉あるか?) →アジア旅行
・20年前→愛知教育大学の講師(←ピンポイントすぎだろ)
最初この方に、シドニー市内の豪華な自宅へ案内された時は、
どう接すべきか分からな過ぎて戸惑ったが、
(↑お前もそう思われてたかも知れないぞ)
田舎の方の家にも連れてってもらったし、半月以上の間本当に良くして頂いた。
でも、最後の日まで、彼女の素性(生い立ちや家族の事など)は知らされず、
あまりにも気になっていたので、思い切って聞いてみた。
なぜなら、70代の女性にして、彼女ほどエネルギッシュで、
毎日を本当に楽しんでいる人が、どれだけいるだろうか。
いや、非常に少ない。(←なぜに反語!?)
その時に、非常に良い話を聴けたので、以下僕と彼女の会話を書いてみた。
頑張って英語を訳したので最後まで読んで欲しい。(←知るか!笑)
ゆーき「スーさんって、お子さんとかいるんですか?」
スー「あらあ!私、子どもなんかいないわよー」 (←テンション高すぎだろ)
ゆ「えーっと、ご、ご結婚は、、されてるんですか?」 (←恐れすぎやろ!)
ス「結婚もしていないし、したこともない」
ゆ「あ、そうなんですね。ずっと一人で生活して来られたと?」
ス「ええ、そうよ。配偶者や子どもを持つことで、自分自身や、
自分が最も大切にすべき人たちが、幸せになれるとは限らないと思う」
ゆ「確かに、自分の自由な時間が少なくなるし、
常に家族のこと気にかけなきゃいけなくはなりますね・・・」
ス「その通りだわ。私は自由が好き。
生きる上で最も大切にしてる価値観は、自分自身に対して誠実であるかどうか。
私のいとこ(65歳くらいの男性)は結婚して子供を自立させ、
今はおじいちゃんだけど、身内として見ていてしんどそうだった」 (←助けてあげて!)
ゆ「なるほど。でも、あなたが僕くらいの年の時に、
家族や周りの人から結婚を勧められたり、ご自身で焦ったりしませんでした?」
ス「いいえ、母が私に対して何かしなさいと言ったことはなかったわ。
ただ、私は20歳でロンドンに渡って大学で勉強してた頃や
教師になったばかりの頃(70~80年代初め)は、
ゆとりある生活様式のモデルが出来つつあって、
それを実行することで世間体を守ろうとする人が、私の周囲にも大勢いた。
当時は、若いうちに親元から自立し、新たな家庭を築き、
気持ち的にも金銭的にもゆとりのある生活を送り、
より貧しい人たちに「チャリティー」をすることが成功モデルだったのよ。
実際には色々と問題を抱えていたとしても、他人から見て幸せそうに振舞うことで、
自立したまともな「個人」だと認めてもらえた。
けど、私にはそれが何だかとても滑稽に思えたの」
ゆ「他人から認めてもらうのに精一杯な人の行動が、滑稽に見えたのですね?」
ス「そうよ。たった一度しかないかけがえのない人生を、
自分が楽しいと思える行動を積極的にするのではなく、
人から嫌われたり社会から排除されないように自分を防御する考え方で、
行動を決めるという事だからね。
それはすごく勿体ないことだと思う。
だから、音楽や英語の教師、教師の監督という、
比較的自分で勤務地や働く期間が柔軟な仕事を、
10か国以上の土地で、信用できる人を通じながらして生きてきた」
(↑充分自分を追い込んでると思いますが^^;;)
ゆ「知らない土地へ旅行するのが好きなんですね。
でも、この前言ってたように、高校の音楽教師をしている人が、
大学で英語や英語の教員養成講座を教えられるようになるのは、
そんなによくあることではないですよね。
色々と努力や苦労をされたのではないですか?」
ス「教員の時はもちろん大変だったわ。それ以降も、信用できる人を通じて、
一人のシドニーの高校教師が、世界各地の大学を飛び回るようになる過程には、
すごくハードな時期も経験した。(←ハードかどうかではなく、そんなことがあり得るのか!?)
けど、そういう生活をしてきたうえで最も不可欠なだったのは、
自宅では一人でリラックスできる環境があったことだと思う。
家庭を持ったことはおろか、誰かとシェアハウスをしたこともない。
だから私は、自然体を保てていて、
それが他人のことも思いやれる心の余裕に繋がり、
結果的に「チャリティー」になってるでしょ?」 (←むずい・・・^^;;)
ゆ「チャリティー?」
ス「よそでわざわざボランティアなんかしなくたって、
身近な範囲で健康に気を付けて楽しんで日常生活送ってれば、
自然と周りを笑わせること(周りの為になること)だってするでしょう。
結婚して子どもを作って、
本当に幸せになれると前向きに考える人もいるけれども、
そう思う人の割合は必ずしも高くないと思う。
だから、仕事に追われている人や、
子どもを勉強やスポーツで競争を強いねばならないと気負ってしまう大人たちには、
結婚する前や、子どもを産む前に、
今一度どんな幸せな展望ができるか自分たちで考えて欲しい。
ポジティブな展望が十分に描けなければ、
結婚や出産は義務ではないから、しない選択肢を取るべきだわ。
間違っても、自分たちがドラックやアルコール中毒になったり、
子どもを虐待することだけは、あってはならない」
ゆ「つまりチャリティーとは、人のためになること全体を指すのですね?」
ス「うん、そういうこと。
多くの人は、みんなが見ているところや社会的に認められる形で、
人のために貢献することに拘り過ぎだと思う。
自然体で自分自身が楽しめるかどうかで、日々の行動選択をしていくこと。
それから自分自身の気持ちに余裕を保つこと。
それらが、人間が一番最初に行うべきかつ、
最も重要な「チャリティー活動」ではないかしら」