●判断を外注してないか?

行政や公的機関、専⾨家の⾔葉は、

それだけで「正しくて安⼼できるもの」として扱われやすい。

 

それを大勢に届ける手段が、新聞やテレビ、ネットのニュースだ。

ここで⾒落とされがちなことがある。

発信する側は、内容の優先度合いや感情、論調を必ず考えて伝えている。

全部は流せないし、順番なしには並べられない。

その選択の総体が「物語」になる。

 

人は物語がないと理解できない。

問題は、物語に乗ったまま判断まで済ませてしまうことだ。

 

有名な人や肩書きのある人に従っておけば、

「正解に乗っている」感覚と、みんなと同じである安心や自信を得られる。

逆に、そこから外れて疑問を言えば、非常識だと思われたり、

その発信者のファンの中で孤立したりする。

 

その結果、

人は特定の他者や外部から運ばれる物語へ判断を預け、自分で考えなくなる。

●物語の型は全て同じ

戦争報道でも、社会問題の特集でも、

商品や流⾏の紹介でも、型はほとんど同じだ。

 

①   危険や緊張の煽り

②   専門家・地位のある人の意見

③   怖がらせてた上で改善策や制度を紹介

④ 「こういう話だった」という固定・キャッチフレーズ

 

型を覚えておくと、内容を評価する前に組み⽴て⽅が⾒える。

 

 

重要なのは、内容の真偽を判別するには知識が要るものの、

パターンを判断するには要らない点である。

 

各種メディアやネット発信のほか、

普段の生活で仕事やプライベートにおいて人の話を聞く時にも応用できる。

 

視聴しているメディアや信用している相手の問題ではない。

本人が、判断を外に預けている姿勢についての話である。

 

2020年代に入ってから、コロナやアメリカ大統領選挙、地球温暖化、

物価高や税金、外国人問題、性の多様性、熊の出没、そして各種自然災害etc….

 

どれも発信者によって異なる物語が流れ、

視聴者は自分のフォローしたり見聞きしている発信の見方や意見へ依存してしまう。

 

僕自身も気を付けないといけない。

 

●報道・発信内容は事実の「重さ」と関係ない

「なぜ報道しないのか」?

 

ネット上で拡散されている変な事件や社会制度の変更などが、

大手メディアで扱われず疑問の声が上がることも多い。

同じような規模や深刻度の出来事の扱いが、発信者によって異なる。

また、同じyoutuberや個人でも、

「重要なことに限って取り挙げない」とか、

「自分が利害関係の当事者となるとスルーしたり、

    普段皮肉や懐疑的なノリで発信している人が態度を変える」

などと視聴者から突っ込まれることもある。

 

代表的なのは、

今年の春に起きた南丹市の男児殺人事件は連日大きく報じられた一方、

辺野古での転覆事故は、遺族自身が刑事告訴するまで

主流メディアの扱いは相対的に少なかった。

 

 

出来事の伝えられ方は、その重さと比例しない。

 

更に、大手メディアほど税や社会保険料の設計変更、

緊急事態条項といった法改正など、

生活に長く効くものほど地味で映像にならず、扱いが小さい。

 

代わりに全面に出るのは、スポーツや芸能、些末な事件である。

 

緊張を高める見出し、専門家コメントのパッケージ、恐怖と安心の切り替え、

そして「こういう話だった」という結論など、同じパターンが繰り返される。

 

各種自然災害も社会問題の特集も、商品や話題の流行も、

全て物語構成の型は同じである。

 

だからこう⾒る癖をつけたい。

 

何が⼤きく報じられているかより、何が報じられていないか。

そして、それを僕たちに伝えようとする意図があるとしたら、それは何か。

●ニュースの見方4ポイント

以下、自分が色んな情報発信を視聴する時のポイントである。

 

 

④について補⾜する。ある証拠が仮説Aを⽀持するように⾒えても、

同時に仮説Bとも⽭盾しないなら、

その証拠だけではAを証明したことにならない。

 

例えば、会社が不祥事の記者会見を複数回開く時、

「説明が変わった」という事実は

当初「隠そうとした」とも捉えられるが、

「新しい情報が出て修正した」とも考えられる。

 

この視点を持つことで、

⾃分の信じたい説へ都合良い証拠ばかりを集めないように見直せるようになる。

●見るニュースを一つだけにしない

これは主流メディアにも、それを批判するネット配信者でも同じである。

「信頼できる⼈」を⾒つけたときこそ危ない。

複数の情報源を⽐べて、妥当な線は⾃分の頭で置く。

 

ネット上の情報統制や規制は、世界的に強まってきている。

 

「探せばいくらでも出てくる」という前提⾃体が、

これから怪しくなる可能性がある。

 

探し⽅を持っている⼈と、運ばれてくるのを待つ⼈の差は、これから開く。

特定の指導者や組織に全⾯的に依存せず、⾃分で判断する。

 

地味だが、これが備えの中核だ。

●第1回の「3列」ワークを活用する

ここで、第1回で取り挙げた「事実・解釈・決めつけ」の区別を活用したい。

最近あなたが気になったニュースで試して欲しい。

 

 

ニュースにおいても、「決めつけ」項に書いたことを後で確認されたい。

 

また、前節で書いたように、

この事実が逆の主張の根拠としても使える可能性も確かめたい。

 

これらを行った上で出た結論なら、それは完全に自分で考えたものと言える。

 

第4回では、教育について扱う。

今の学校制度がどこから来たのか?1969年に何が起きたのか?

 

そこを⾒ておくと、

「なんで勉強しないといけないの?」への答えが、少し変わる。