「なんで勉強しないといけないの?」

 

子どもにそう聞かれて、答えられない大人は多い。

僕は個人で事業をしている。仕事柄、中学生から大学生まで幅広い年齢の学生とも、

彼らを雇う側の会社経営をされている方とも接点があり、色々と話を聞く。

そこでよく、こういった話を耳にする。

 

最低限以上の資格や学歴は、「持っていて当たり前。持っていないなら、他にどんな趣味や特技があるのか興味ある」。そもそもAIが答えを出すのだから、それでは間に合わない魅力があるかを知りたいという。

これはつまり、

「答えを持っている」価値が下がり、「答えを確かめられる」価値が上がった

ということである。

 

♦事実・解釈・決めつけの区別 

重要な決断を迫られた時。モヤモヤする出来事や、人の言動、情報を見聞きした時。

「本当にそうか?」「誰が得をするのか?」と考える癖は、あったほうがいい。

でも、そう思っただけでは何も変わらない。

構えを持つことと、実際に分けられることは別だ。

だから、紙に3列書く。

今頭の中にあることが、この3つのどれなのかを見える化していく。

 

例1:友達や同僚が自分を無視した

・事実:目が合ったのに、相手は声をかけてこなかった。

・解釈:別のことを考えていたのかも。体調が悪かったのかも。

・決めつけ:自分のことが嫌いに違いない。

 

例2:「この勉強法は効果がある」と動画で見た

事実:その人が「効果がある」と言っている。

解釈:それなりに再現性があるのかもしれない。

決めつけ:効果がある。自分にも効く。

 

2つ目の例では、発言の有無と内容の正しさを分けよう。

「言っていた」と「そうである」は区別すること。

ニュースでも広告で仕事の伝達でも、同じことが起きる。

「事実」欄は、「そう言っている」までしか書かないこと。

 

なお、不安や怒りといった感情は別枠に書こう。

感情に正しいも間違いもないので、正しいか確かめる対象ではない。

 

 

「両立する証拠」という考え方

もう一つ持っておきたい見方がある。

ある証拠が、仮説Aを裏付けるように見えたとする。

でも同時に、仮説Bとも矛盾しないなら、その証拠だけでAが証明されたわけではない。

例えば、普段お喋りな人が今日は口数が少なかったとする。これは「怒っている」とも解釈できる。だが「疲れている」とも「考えごとをしている」とも取れる。

どれとも矛盾しない証拠は、どれの証拠でもない。

自分にとって都合のいい情報だけを集めてしまいがちな人に、特に勧めたい。

 

試験への応用

この考え方は、学校の勉強でもそのまま使える。

国語の記述問題で減点される答案の多くは、本文に書いてあること(事実)と、

自分がそう思ったこと(解釈・決めつけ)が混ざっている。

資料問題も同じで、グラフから読み取れることと、そこから推測したことを分けて書けるかが問われている。

要約とは、1列目だけを取り出す作業だ

「気持ちを整理する道具」と「試験の点を取る技術」が同じものだというのは、僕がこの手順を勧めている理由の一つでもある。

 

♦冒頭の問いへの答え

「なんで勉強しないといけないの?」

僕の答えは、「与えられた答えを、自分で確かめられるようになるため」である。

定期テストや受験が本質ではない。

その基準自体が、上に書いた通り動いている最中だからである。

動く基準の上で暮らしていくなら、基準そのものを見分ける力を持っておきたい。

それは才能ではなく手順だ。紙に3列書けば、今日から始められる。

 

次回予告

第2回「売上金を金庫に」

大きな事故や災害のあと、組織はまず何を守るのか。ある企業が非常時に取った行動を手がかりに、「人と組織は追い込まれるとこう動く」という話を書く。今回の3列を持って読むと、だいぶ見え方が変わるはずだ。