オープンダイアログはフィンランドで生まれた家族療法で、患者、家族、親戚、医療者など患者に関わる重要な人たちが集まり、「開かれた会話」を行うことです。

 

オープンダイアログの2大原則は、
(1)本人のいないところでは決めないこと

(2)答えのない不確かな状況に耐えること

・「あいまいさへの耐性」がキーワードです。


○親が子どもと距離をとろうとすることは難しい。唯一できるのは、ただ子どもに近づき、心を寄せること。

 

子どもの「いま」に耳をすますこと。子どもに心を寄せることは自分を見つめることと同じ。

 

自分を見つめるとは、自分はなんて不可解でわがままで弱くて脆いんだという事に気づくこと。

 

自分の生活をいとおしく抱きしめられる人は子どもにも同じ事をするでしょう。

 


○大人だけが被害者と思わないこと。悪から遠ざけようとしないこと。
「くそみたいな、吐き気をもよおすような、残酷な世界の中にも、優しさや喜びはあるのだという矛盾そのものを子どもに見せるのが大人の務めではないでしょうか。」

 

 

○"子どもたちが学ぶ「道徳」は、「空気を読む」協調性ではなく、むしろそのような協調性をうたう共同体が、いかにして他人を差別し排除するかという構造であるべきなのです。"

「ひとの一生で、いちばん最高のときって、いつ……何歳頃なんだろうね」

訊きたいことはそれだけだったのに、答えを待ちきれず、言葉がどんどんこぼれ落ちてしまう。
「若ければ若いほどいいってものじゃないよね。でも、歳と比例して良くなっていく一方ってわけでもないでしょ? じゃあ、人生のピークって、いつなの? 見た目がいちばんきれいな頃? でも、そんなの、どうやって決めるわけ? 難しいよね、うん、難しい……」
 一つだけ、わかることがある。
 人生で最高のときは、少なくとも「いま」ではない。それでいて、最高のときがすでに過ぎてしまったという実感もなければ、これから訪れるだろうという予感もない。人生には「最高のとき」なんてどこにもなくて、「最高でないとき」だけが延々とつづいて、その起伏は「ちょっと最高ではないとき」と「すごく最高ではないとき」の差だけなんじゃないか、とも思う。(p.341)



「時分の花」世阿弥

「教えない」指導が子どもを変える

・生徒を(に)「信じる」「認める」「任せる」ために指導者がやらなければならない一番大事なこと、
言い換えれば、身に付けていなければならない一番大事なことは、生徒を適切に見ること、生徒を適切に把握していること。

・子どもたちの変化に気づくポイント

距離感

角度

タイミング

「距離感」というのは、子どもたちが考えているときは、少し距離をとって自分たちで話し合わせて、子どもたちで解決できるようであれば、そのまま距離を取って遠くから見ています。でもどういう状況になっているかは、聞こえてくる距離に立ち、耳を傾けています。そして子どもたちだけでうまくいかないときは、近づいてヒントを与えたりするということです。
「角度」というのは、いいところも、悪いところもあるというところをトータルで見てあげるということです。
「タイミング」は、子どもたちが何か発想して動き出した瞬間を待つということです。動き出す前にいってしまうと、子どもたちの成長という視点では、発想をするチャンスを奪ってしまいます。そこは注意深く見守ります。(pp.120-121)

 

自分を守るためにも手を抜くことが大事です。

 

・手の抜きどころとは、明日できることは明日に回してしまうこと、

 

・締切前に提出物が出来上がっても、締切まで提出しないこと、

 

・開始時間だけでなく終わる時間も厳守すること、

 

この三つの心得を柱に「清く、正しく、良い加減に」をモットーに真面目に取り組んでください。

 

真面目な人の努力のベクトルは「手抜き」の方に向けること。むしろ手を抜くことにこそ真面目に全力で取り組むようにしてください。
(DJあおいさんの記事より)