世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」〜教会は信仰の自由の証〜 | 椿ナオミのハチドリのひとしずく

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2018年6月30日 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されました。

 

 

大浦天主堂 世界の宗教史上に残る「信徒発見」の舞台

 

 

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、キリスト教が禁じられている中で、長崎と天草地方において日本の伝統的宗教や一般社会と共生しながら信仰を続けた潜伏キリシタンの信仰継続にかかわる伝統のあかしとなる遺産群です。

 

 

 

元々は、長崎の教会群の建物そのものの保護を目的として世界遺産を目指していましたが

教会群の建物が生まれた背景が論議の中心となり、450年以上にも及ぶ日本のキリスト教の歴史が世界でも類をみない布教の歴史を物語る資源として焦点が当てられ、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界文化遺産に登録されました。

 

 

 

では、世界文化遺産に登録された世界でも類をみない日本でのキリスト教布教の歴史を少しふり返ります。

 

 

 

<キリスト教伝来・繁栄・弾圧・潜伏・復活の流れ>

 

1549年  フランシスコザビエル鹿児島に上陸

      キリスト教の布教

 

1563年  大村純忠 日本発のキリシタン大名に

 

1587年  秀吉 禁教令 伴天連追放令

 

1597年  日本26聖人 長崎西坂で殉教

 

1614年  幕府 全国に禁教令

 

1637年  島原の乱

 

1639年  鎖国

 

      神父様がいなくなる

 

      平戸、生月、外海、浦上、天草などでは仏教徒を装って信仰を保ち続ける(潜伏キリシタン)

 

1797年  外海 大村藩に移住要請

      約3000人が五島へ移住(多くがキリシタン)

 

1853年  ペリー来航

 

1858年  日米修好通商条約を締結する (開港)

 

1863年  プティジャン神父 長崎に来航

 

1865年  2月 大浦天主堂 献堂

      3月 世界の宗教史に残る「信徒発見

 

1868年  明治維新

 

      久賀島 五島崩れ → この悲劇をプティジャン神父がヨーロッパに伝える

 

1873年  禁教令 廃止

 

 

 

禁教令廃止の後、信徒たちによって教会が次々と建てられていきました。

 

教会は信仰の自由の証なのです。

 

 

 

<信徒発見>

1865年 大浦天主堂はフランス人のために建てられフランス寺と言われていました。

献堂から1ヶ月後、浦上の潜伏キリシタン15人が天主堂にやってきてプチジャン神父に「私たちはあなた様と心は同じです」と告白

厳しい禁教令と宣教師がいないという状況が250年間も続いたにもかかわらず、キリスト教が受け継がれていることが神父様に明らかになり、世界中に伝わった。

 

 

<五島崩れ>

キリシタンたちが大規模に摘発され、キリシタンの組織が崩れること

 

「信徒発見」をきっかけに次々と潜伏していたキリシタンたちが表明し始め、明治政府はこれを一掃するために弾圧を厳しくした。

この悲劇がプチジャン神父によってヨーロッパに伝えられ、明治政府は禁教令を廃止することになった

 

 

 

 

<カクレキリシタンと潜伏キリシタン>

 

カクレキリシタン

禁教令時代、表向きは仏教徒として隠れてキリスト教を信仰

禁教令廃止後、隠れて信仰をする必要がなくなってもカトリック信徒として復帰することなく潜伏時代より伝承されてきた独自の信仰の形態を守ってきたキリシタン信徒

 

禁教令時代、長い間神父様や司祭などの指導者がいなかったため、自分たちで信仰を伝えてきた。

そのためキリスト教と仏教と神道が混ざり合い、独自の信仰になっていった。

 

 

潜伏キリシタン

禁教令時代、表向きは仏教徒として隠れてキリスト教を信仰

禁教令廃止後はカトリック信徒として復帰

 

 

 

 

 

 

このように厳しい弾圧を受けても、独自の信仰で守り続けてきた歴史的背景が世界遺産となったのです。

 

 

 

キリシタンたちは厳しい弾圧を受けながらもなぜ信仰を守り続けてきたのか?

 

その理由のひとつに「バスチャンの予言」が信仰を伝承していく強い力になっていたのです。

 

 

「バスチャンの予言とは?」

外国人宣教師がいない頃、「キリシタン歴」というものが伝えられていました。

それは「7代耐え忍べば海の向こうから神父様がやってきて、キリシタンの歌をどこでも歌えるようになり、皆が道を譲るようになる」

 

 

250年耐え忍んで、鎖国が解かれ、神父様がやってきて信徒発見から禁教令につながっていったのです。

 

 

 

 

日本の教会は外国の神父様が持ってきた設計図を元に

日本の大工さんたちが試行錯誤しながら建てたので、日本建築が活かされていて

世界でも珍しい教会の造りになっています。

 

 

建築好きの方にとってもとても楽しめる世界遺産だと思います。

 

 

 

 

 

私は2016年、五島列島の上五島に5ヶ月ほど暮らしていました。

 

 

五島に行った理由は

 

「五島が呼んでいる!!」

 

 

そう思ったのです。

 

 

誰も知っている人はいないし

五島で何かやりたいことがあったわけでもなく

ただただ導かれるまま五島へ行きました。

 

 

 

五島に行くまでの珍道中や五島で何をしていたかはまた改めてお話ししますが

短い時間でしたが行って本当によかったと思いました。

 

 

1ヶ月ほど、ガイドの見習いをしていたのでその時に五島のキリシタンの歴史を勉強しました。

 

 

十分な説明はできていないかもしれませんが、少しでも長崎のキリシタンの歴史的背景に興味を持ってもらって

足を運んでもらいたいなと思っています。

 

 

私がいた上五島は「頭ケ島の集落」が登録されています。

 

ここには国の重要文化財に指定されている石造りの頭ケ島天主堂があります。

 

禁教令廃止後、信徒たちが10年という時間を費やして建てられた教会です。

 

 

 

 

 

 

上五島の海

 

 

神様が近い島

 

そう思いました。

 

 

 

 

 

次は頭ケ島の集落と頭ケ島天主堂についてお話しさせていただきます✨

 

 

 

<おすすめ記事>

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」①

https://www.nagasaki-tabinet.com/feature/kirishitan/top/

 

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」②

https://www.nagasaki-tabinet.com/course/60948/

 

 

 

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