オーディションで始まる一週間
オーディション終わった~!ああ…全然うまくできないよ!なんでだよ!
事務所の先輩もいたから一緒に帰ってきたんだけど、お互い落ち込みながら電車乗った。
ああいうところは、面白さを求めているのかな??
なんか難しいなぁ。なに求められてるか瞬時に探れないと…
器用になりたい。
頑張らなきゃなぁ
事務所の先輩もいたから一緒に帰ってきたんだけど、お互い落ち込みながら電車乗った。
ああいうところは、面白さを求めているのかな??
なんか難しいなぁ。なに求められてるか瞬時に探れないと…
器用になりたい。
頑張らなきゃなぁ
新しい7月
昨日は吉祥寺へ行き、2~3年ぶりくらいに昔の恋人に会うことになった。会う前はすごく緊張して、ちゃんと話せるかな、会ってみて、万が一まだ好きだったらどうしようと身構えてた。
でも会ってみたらなんてことない。懐かしさで嬉しくなって、たくさん話したくなって楽しい時間を過ごした。
私は本当にきちんと前に進めたんだなと感じた。
本当に本当に実感した。
彼も見た目は変わらなくても生活が変わっていて、きちんと働いて今の彼女を援助するまでになっていた。しっかりしたなぁ。
でも他人を思いやる姿勢とか気遣いは昔のままで、この人と付き合えてよかったなと思った。やっぱり素敵な紳士だった。
別れてよかったでしょ、と聞かれて、うん、と答えたけど、悪い意味じゃないんだよ。お陰で私はすごく成長したんだから。
私の中にあったシコリは、私たちが最悪な別れ方をしていて、そこにいくまでの過程もひどくて、それで相手を苦しめてたことがずっと心残りだったから、昨日話してみて意外にお互いがお互いに何かしら反省していて今は恨みがない事が一番嬉しかったしありがたかった。
また今度会ったときに、いろんな話ができたら良いな。
私にとって昨日のことは、案外大きな出来事でした。
私はちゃんと前に進んでる。彼も自分の人生をちゃんと歩んでる。すごく嬉しい日でした。
という話を、昨日夜中に相方に話した。こんな話をこんな風に話せる人が隣にいて、それも幸せだ。
でも会ってみたらなんてことない。懐かしさで嬉しくなって、たくさん話したくなって楽しい時間を過ごした。
私は本当にきちんと前に進めたんだなと感じた。
本当に本当に実感した。
彼も見た目は変わらなくても生活が変わっていて、きちんと働いて今の彼女を援助するまでになっていた。しっかりしたなぁ。
でも他人を思いやる姿勢とか気遣いは昔のままで、この人と付き合えてよかったなと思った。やっぱり素敵な紳士だった。
別れてよかったでしょ、と聞かれて、うん、と答えたけど、悪い意味じゃないんだよ。お陰で私はすごく成長したんだから。
私の中にあったシコリは、私たちが最悪な別れ方をしていて、そこにいくまでの過程もひどくて、それで相手を苦しめてたことがずっと心残りだったから、昨日話してみて意外にお互いがお互いに何かしら反省していて今は恨みがない事が一番嬉しかったしありがたかった。
また今度会ったときに、いろんな話ができたら良いな。
私にとって昨日のことは、案外大きな出来事でした。
私はちゃんと前に進んでる。彼も自分の人生をちゃんと歩んでる。すごく嬉しい日でした。
という話を、昨日夜中に相方に話した。こんな話をこんな風に話せる人が隣にいて、それも幸せだ。
昨日の出来事
昨日は父が家に来た。早めの夕方に、お気に入りの酒場を予約して二人でご飯を食べに。
なんかたくさん話したなぁすごく楽しくて、すごく幸せな時間でした!
そのあとゲーセンで遊んで、妹とも合流してラーメン!
早く親孝行したいな。
なんかたくさん話したなぁすごく楽しくて、すごく幸せな時間でした!
そのあとゲーセンで遊んで、妹とも合流してラーメン!
早く親孝行したいな。
日々勉強
昨日は事務所の先輩の舞台観に行った。
典型的な小劇場芝居でした。テンション第一主義というか。
私の考える役者としての芝居マナーの中に、お客さんが身の危険を感じず、芝居に集中でき、なおかつどの登場人物にも大小問わず共感できるところがある、という最低限の条件があります。
これは私が一番最初に師事した演出家さんの演出スタイルでもありますが、これは非常に大切なものだと思う。
マナーをざっくり説明すると以下の感じ。
客席まで舞台の小道具や人が飛んできたり、飛んでくる気配がしたり、舞台上で倒れそうだったり煩すぎたりするともうそればかり気にしてしまうし、怖い。
舞台が相当に広い場合や、客席との距離があればまだ(あまり好きではないけど)大丈夫な気はする。
でも客席最前列が舞台から1メートルあるかないかでこれをやられると、いつ何時自分の身に災難が降りかかるのかわからず怖い。
舞台上の不安も同じ。役者たちも意図せぬ、でも普通に気を付けたら防げそうなハプニング要素も、見てる方は気になる。例えば、水の入ったグラスが机の角におかれて落ちそうに見えたり…など。
そんな小さな?と思うけど、案外これだけでも見てる人の意識はストーリーや人物から外れてしまう。
また、登場人物に対して共感できないこともその芝居から離れてしまう要素かなと。
私もこれは今とても苦心している問題だけど、例えばいい人役を演じるにしろ悪役を演じるにしろ、観客に嫌われたらいけないと思っています。
たしかに作品にも色々あるから、演出や作品の効果上、客に嫌われた方がいいときもあると思うので一概には言えませんが。
けれど、いい人役は勿論、悪役にも悪役の主義や人生観や正義があって、それはもしかしたら傍目には悪く見えるかもしれないけど本人たちは必死にそれらを守っているかもしれない。
それを見てる人の誰かが、「この役は嫌いだけど、その気持ち分かるわ」となったら演じた者の勝ちというか…。
以前やった演目の中から例えを出すと、シ工イクスピアのぺリクリ-ズに出てくるダイオナイザという悪役女性がいます。
超簡単に説明すると、彼女は一国の太守の妻で一人娘がいる。そして今にも崩壊しそうな国を、たまたま来た主人公ペリさんによって助けてもらい、国にペリ像をたてるほど大感謝。後にペリさんが海で難破し、妻をなくし、難破したときに生まれたペリ娘を一時ダイオナイザ達に預けなくてはいけなくなったときも、太守もダイオナイザも命の恩人の頼みとして快諾。
しかし、年頃に成長したペリ娘は持ち前の美しさや気立てのよさ、太守宅で身につけた教養をもってして世間を魅了し、ダイオナイザの娘も彼女を慕うが、ダイオナイザだけは面白くない。実の娘が世間からはペリ娘の付き人のように見られているから。
ペリには感謝している。でもうちの子が不憫に思えて辛い。だからペリ娘を殺してしまおう、と画策し家来に殺害を命じる。
長くなっちゃったけど、大体こんな感じの役柄です。
命の恩人の娘を殺そうなんて、どんだけ恩知らずだよ!と思いますが、これも多分やりようによっては子持ちの母とかはかなり共感すると思うのです。
まず、ペリ娘を大切に育てたからこそ世間が認めるくらい素敵な女性になりました。また、なによりダイオナイザの娘はペリ娘をすごく慕っている。これらのことから、いじめとか虐待がなかったこと、二人が姉妹同様に育ったことが伺えます。
でも大切にしていたけど、血の繋がりはやっぱり大きい。実の娘自身は気にしてなくとも母は我が子が不憫で不憫でしかたなかったんだと思います。ペリへの恩義、ペリ娘への嫉妬や憫憐、娘への愛情、世間体、立場、母親、いろんな感情の末、ペリ娘殺害に至ったのです。
家来に命じたのも、自らが手を汚したくないと言うことももしかしたらあるかもしれないけど、我が子同然に育てたペリ娘を前にし、最後の最後で決心が揺らいだら困るとか、そんな意識もあったと思います。
そう考えると、ダイオナイザは主人公の敵になるので悪役ですが、嫌なやつ悪いやつの一言ではすまなくなる気がします。自分がもし同じ立場だったら…と。
ものすごい長くなったけど、こうやって考えると悪役にもそれ相応の動機というか主張があるんですよね。その方向が良いか悪いかは別として。
その動機なり主張なりが見ている私たちにも共感を得られたら、きっとただ嫌いなムカつく悪役として排除されないのではないでしょうか。
共感を得られないまま出続けるのは役者も辛いしお客としても辛いです。
イライラしちゃうから。
これはなにも悪役だけでなく、主人公側にも言えることだと思います。
だからこそどんな役も作り込んで作り込んで、氷山の一角が出来上がるようにしなきゃ、お客さんに見せてはいけないんじゃないかな…お金とるならなおさら。
私がお芝居を見るのは、勉強の為でもありますが、演じる役者さんがその役を通して何を伝えたいか、何を考えているのか、それも知りたいからです。見ている私たちが、役の細かな心情の動きに圧倒されて笑ったり泣いたり怒ったりできる、そんな芝居をする役者さんが好きです。そして私が目指すところです。
何だかんだこんな偉そうに言ってしまったけど、やっぱり演じることや芝居作りはものすごく難しいです。
今再び、チ工ホフのかもめに取り組んでいますが、二度目にして気付くこともありますし、逆に分からなくなることもあり、自分を見失う日もあります。
今回の場合は外に向けて発表しないので残念ですが、お客さんが見て本当に楽しんでもらえるような役作り、芝居作りをしたいなと、戒めをもって終わります。
やばいやばい、免許更新しにいかなきゃ!
典型的な小劇場芝居でした。テンション第一主義というか。
私の考える役者としての芝居マナーの中に、お客さんが身の危険を感じず、芝居に集中でき、なおかつどの登場人物にも大小問わず共感できるところがある、という最低限の条件があります。
これは私が一番最初に師事した演出家さんの演出スタイルでもありますが、これは非常に大切なものだと思う。
マナーをざっくり説明すると以下の感じ。
客席まで舞台の小道具や人が飛んできたり、飛んでくる気配がしたり、舞台上で倒れそうだったり煩すぎたりするともうそればかり気にしてしまうし、怖い。
舞台が相当に広い場合や、客席との距離があればまだ(あまり好きではないけど)大丈夫な気はする。
でも客席最前列が舞台から1メートルあるかないかでこれをやられると、いつ何時自分の身に災難が降りかかるのかわからず怖い。
舞台上の不安も同じ。役者たちも意図せぬ、でも普通に気を付けたら防げそうなハプニング要素も、見てる方は気になる。例えば、水の入ったグラスが机の角におかれて落ちそうに見えたり…など。
そんな小さな?と思うけど、案外これだけでも見てる人の意識はストーリーや人物から外れてしまう。
また、登場人物に対して共感できないこともその芝居から離れてしまう要素かなと。
私もこれは今とても苦心している問題だけど、例えばいい人役を演じるにしろ悪役を演じるにしろ、観客に嫌われたらいけないと思っています。
たしかに作品にも色々あるから、演出や作品の効果上、客に嫌われた方がいいときもあると思うので一概には言えませんが。
けれど、いい人役は勿論、悪役にも悪役の主義や人生観や正義があって、それはもしかしたら傍目には悪く見えるかもしれないけど本人たちは必死にそれらを守っているかもしれない。
それを見てる人の誰かが、「この役は嫌いだけど、その気持ち分かるわ」となったら演じた者の勝ちというか…。
以前やった演目の中から例えを出すと、シ工イクスピアのぺリクリ-ズに出てくるダイオナイザという悪役女性がいます。
超簡単に説明すると、彼女は一国の太守の妻で一人娘がいる。そして今にも崩壊しそうな国を、たまたま来た主人公ペリさんによって助けてもらい、国にペリ像をたてるほど大感謝。後にペリさんが海で難破し、妻をなくし、難破したときに生まれたペリ娘を一時ダイオナイザ達に預けなくてはいけなくなったときも、太守もダイオナイザも命の恩人の頼みとして快諾。
しかし、年頃に成長したペリ娘は持ち前の美しさや気立てのよさ、太守宅で身につけた教養をもってして世間を魅了し、ダイオナイザの娘も彼女を慕うが、ダイオナイザだけは面白くない。実の娘が世間からはペリ娘の付き人のように見られているから。
ペリには感謝している。でもうちの子が不憫に思えて辛い。だからペリ娘を殺してしまおう、と画策し家来に殺害を命じる。
長くなっちゃったけど、大体こんな感じの役柄です。
命の恩人の娘を殺そうなんて、どんだけ恩知らずだよ!と思いますが、これも多分やりようによっては子持ちの母とかはかなり共感すると思うのです。
まず、ペリ娘を大切に育てたからこそ世間が認めるくらい素敵な女性になりました。また、なによりダイオナイザの娘はペリ娘をすごく慕っている。これらのことから、いじめとか虐待がなかったこと、二人が姉妹同様に育ったことが伺えます。
でも大切にしていたけど、血の繋がりはやっぱり大きい。実の娘自身は気にしてなくとも母は我が子が不憫で不憫でしかたなかったんだと思います。ペリへの恩義、ペリ娘への嫉妬や憫憐、娘への愛情、世間体、立場、母親、いろんな感情の末、ペリ娘殺害に至ったのです。
家来に命じたのも、自らが手を汚したくないと言うことももしかしたらあるかもしれないけど、我が子同然に育てたペリ娘を前にし、最後の最後で決心が揺らいだら困るとか、そんな意識もあったと思います。
そう考えると、ダイオナイザは主人公の敵になるので悪役ですが、嫌なやつ悪いやつの一言ではすまなくなる気がします。自分がもし同じ立場だったら…と。
ものすごい長くなったけど、こうやって考えると悪役にもそれ相応の動機というか主張があるんですよね。その方向が良いか悪いかは別として。
その動機なり主張なりが見ている私たちにも共感を得られたら、きっとただ嫌いなムカつく悪役として排除されないのではないでしょうか。
共感を得られないまま出続けるのは役者も辛いしお客としても辛いです。
イライラしちゃうから。
これはなにも悪役だけでなく、主人公側にも言えることだと思います。
だからこそどんな役も作り込んで作り込んで、氷山の一角が出来上がるようにしなきゃ、お客さんに見せてはいけないんじゃないかな…お金とるならなおさら。
私がお芝居を見るのは、勉強の為でもありますが、演じる役者さんがその役を通して何を伝えたいか、何を考えているのか、それも知りたいからです。見ている私たちが、役の細かな心情の動きに圧倒されて笑ったり泣いたり怒ったりできる、そんな芝居をする役者さんが好きです。そして私が目指すところです。
何だかんだこんな偉そうに言ってしまったけど、やっぱり演じることや芝居作りはものすごく難しいです。
今再び、チ工ホフのかもめに取り組んでいますが、二度目にして気付くこともありますし、逆に分からなくなることもあり、自分を見失う日もあります。
今回の場合は外に向けて発表しないので残念ですが、お客さんが見て本当に楽しんでもらえるような役作り、芝居作りをしたいなと、戒めをもって終わります。
やばいやばい、免許更新しにいかなきゃ!
