※ネタバレあります。
知りたくない方は飛ばしてください。
………………
映画【あんのこと】を観た。
これは実話を基に作られた。

暴力を振るい、頭もイカれている母親に体を売ることを強要され、
小学校もろくに出ていないシャブ中毒の少女、杏。
その杏がやっと自分を取り戻していこうとした矢先に、
彼女の周りの無責任な大人たちに翻弄されて、
杏は再び希望をなくす。

やっと心を開ける大人に会えたと思ったのに、
その大人の1人はもう1人の大人が逮捕されるきっかけとなる記事を週刊誌に書いた。
それにより、もう1人の大人は逮捕された。

でも逮捕された大人は1から10まで非道い人なのではなく、むしろ優しいところさえあり
それがどんなに主人公を救ったかしれない場面もたくさんあった。
1人の人の中に善人と悪人が同居するのは
年を重ねたらわかるが、
まだ10代の少女にそれは理解できない。

ただ、あの逮捕されたほうの大人は、
始めのシーンで、煙草に火を付けようとしたのにライターのガス欠か何かで付けられず、
杏に「おい、火持ってないか」と聞き、
杏が「煙草を吸いません」と答えた時
「煙草くらい吸ってろよ」と言って、
その時は笑ったのだけど、
後になり、あれは杏のような人達はみんなこうなんだという偏見と馬鹿にした態度から出た言葉だったのかもしれないとちょっと思った。

常に最悪のことを考えながら観ていた。
薬物依存者の更生を目的とした団体で、
ここで主人公がレイプされるのだろうかとか、
ベランダが映れば、ベランダから子どもが落ちちゃうんだろうかとか、
ベビーカーを盗んだことがバレて何もかも振り出しにもどるのだろうかとか、
日記帳を燃やしていたらそこから住居が火事になるのだろうかとか、
あらゆる場面で最悪のことを考え続けてしまい、本当に観終わるまで息苦しかった。

登場人物の大人はみんなどこか歪んだものを持っているのだが(←まるで私は歪んでいないような書き方だが、私も歪んでいる)、
一番身勝手だと思ったのは子どもを杏に押し付けて行方を晦ました隣の女で、
最後のほうで、「(杏に)感謝してます」とか、どの口で言うかと思った。
とてつもなく身勝手な人だ。

またあんな壊れた母親は論外とは言え、
彼女をあんなふうにしたのは、
杏が虐待されていても黙って見ていた、おとなしくて無力で無責任な祖母なのでは。
壊れた母がまた勝手なことをしでかし、
怒り心頭に達した杏が包丁を母親に向けた時、
杏に「お前に母親を56せるのかよ」と言ったのは、
母親自身にも言えるのかもしれない。
十分に愛情を受けていたら、あんな風に壊れない。
あの祖母は体力があった頃、自分の娘(杏の母親)に虐待すらしていたかもしれない。

杏があるべき姿になろうとして、
大切にしていた清楚な模様の日記帳と、くまちゃんがついたペンがなんとも愛おしくて哀しい。

主演の河井優実さんは、金八先生で性同一性障害の女子を演じた時の上戸彩さんに似た存在感がある俳優だと思った。

春日部イオンモールまで観に行ったのだけど、そこは春日部駅からバスに少し乗らなくてはならない。

観客は10人も居なかった。
私は自分が指定した座席が思いもよらぬほど観辛い席だったので、
勉強したなと思いながら、
勝手に観やすくて良い席に移って観た。

映画の、あまりの救いの無さに脱力して、
ショッピングモールをあれこれ見たいとも思えず
バス停に11分並んで、さっさと帰ろうと思った。
バスを待つ間、梔子(クチナシ)の甘い香りがずっとしていて、
どこに咲いているのかときょろきょろしてみたが、なかなか見つからない。
やっと見つけたそれは茶色く萎れていた。
萎れてもなお、香り続けるのが梔子かと思うと、
〈杏〉のことを思ってちょっと泣けてきた。
早く映画から抜け出すために、
大きな日傘を、どこまで綺麗にたためるか、バスが来るまで丁寧に丁寧に取り組んでいた。