ベトナム.ホーチミン最終日、(戦争痕跡博物館)! | はーちゃんのブログ

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娘の夫が社会科の先生なので、ここはぜひ行きたいと言っていたので、その場所である

(戦争証跡博物館)に行ったが、すでに、現地の小学校の生徒たちや、インド系、アメリカ系外国人がたくさん来ており、特に、米国人が多かった。

およそ10年間のベトナム戦争は、ホーチミン側の勝利となり、大国アメリカの敗北となった。しかし、そこに行くまでには、たくさんの戦争犠牲者がお互いに出て、べトちゃん、

ドクちゃんのように、枯葉剤使用による奇形など、戦争の後遺症は今も残る。

 

 

ベトナム戦争の、有名写真家は、ロバート.キャパに始まり、日本の戦場カメラマン澤田教一は(安全への逃避)で、ピッツリアー賞受賞(34歳で取材中死亡)-必死で、銃弾の中、河を渡る母子の写真-なのだが、ベトナム系アメリカ人の写真家ニック.ウトによる(戦争の恐怖)叉のタイトルは(ナパーム弾の少女)は、みなさん一度は必ず見たことのある有名作品だ。

ナパーム弾の攻撃を受けて、裸で逃げまわる少女を撮影し、体中やけどだらけの彼女を病院に入院させ助けた彼は、彼女と、生涯の友にもなった。

 

 

50年ぶりに、その当時の場所を彼女と2人で訪れ、彼は数年前から、写真家引退、孫に囲まれ今は平穏に暮らす毎日。

30数度の熱波のホーチミンから、羽田に朝つくと、なんとたった10度、しかも雨、びっくり

更にベトナムは進化し、高度成長真只中で、以前の日本を思わせる国であった。