学校から帰って、ふうちゃんちに行く途中。
わたしはいつも近道して、4丁目公園を通ります。
その公園の水色のベンチでいつも、お兄ちゃんはギターと歌っているんです。

がりがりで、天然パーマで、いつも猫のTシャツを着てる。
お兄ちゃんとギターが現われたのはちょうど二週間前のことです。
それまでの4丁目公園は、ぶらんこもすべり台もなくて、しーんとしていたのに、その日は、どこからか不思議な音が聞こえました。
ママに、不良がいるからあの公園で遊んではだめよ、と言われていたわたしは、こわくて、でもどうしても気になって、物陰から音のする方を伺いました。
黄緑色のTシャツを着たお兄ちゃんが、静かに歌い始めたところでした。

本物のギターは見るのも聴くのも初めてだったけど、とても優しい音がして、弾いてるお兄ちゃんよりずっと凛々しくて、すごく魅力的でした。
そしてお兄ちゃんの歌声は、言葉にできないあったかい気持ちを、わたしの中に湧き起こしました。
お月さまと散歩する歌や、初めて女の子と自転車の2人乗りをした時の歌、時計と一日中にらめっこする歌が、風に乗って響いて、とてもとてもきれいでした。

その出会い以来毎日、お兄ちゃんからは見えないところにしゃがみ込んで、ギターとお兄ちゃんの歌を聴いています。
お兄ちゃんは毎日欠かさず、この時間に歌っているので、近所の人はきっと気付いているでしょう。
冗談はお嫌い?
婦人は笑んだ。
そういう問題じゃなくって、だって、あっちゃいけないことじゃないか!
僕は激昂する。

婦人は静かにカップを置いた。
頭のかたい人は好きじゃないわ。
婦人の視線の先には、例の、絵だ。
どう考えたって、おかしいじゃないか…
僕は力なくつぶやく。

婦人は僕を穏やかな目で見つめた。
矛盾することの、何がいけないのかしら?
僕の頭はおかしいようだ。
僕の言いたいことから、大分離されてしまったのに、論点もずれているのに、彼女が言ったことが全て。

ぼうや、いらっしゃい。
婦人に手招きされて、大きな車庫に入る。
あなたみたいな人は、ぼんやり海でも眺めてらっしゃい。
僕は白いスポーツカーに無理矢理押しこめられ、しばらく気を失っていた。
ただの妄想だけど
じゅうはちきん。
お子ちゃまはノーセンキュー
頭のかたい大人はもっとノーセンキュー

背徳ってなんだ、とあたしは思う。
大人が勝手に決めたんでしょ?
なによ、なによなによ。
子どもがそんなことしちゃいけません。って。
馬鹿みたい。

自分の指を口に含む。
そんなに細くないけど、まだまだ若いから。
すべすべの皮膚を舌で堪能する。
経験はないけどなんとなくわかる。
手とか舌とか、気持ちいいんだろうなって。

みんなどんどん女ってやつになってく。
焦る気持ち、ないわけないじゃない。
でも、ママがニュース見ながらぽつりとこぼした、「取り返せない」って言葉も、なんだか放っておけない。

シャツの中に手を入れてさぐってみる。
まだ上手くできないけど、興奮してきたから、たぶん大丈夫。
いつものようにいじるだけ。

わかる。わかるくらいになった。なっちゃった。
みんなに置いていかれるのと同じくらい、自分が変わっていっちゃうのが怖い。
あたし、いいのかな?
大人の出す答えはいつもNOだ。
ほんと、やってらんない。
まだ怖い。
だんだんやり方はわかってきた。
それがまた怖い。
この感覚が、とても怖い。
早く大人になりたい。
でも怖いことだらけで、足が竦んじゃう。

あたしは最後はいつも、息を止める。
そろそろだと思ったら、水に潜るときみたいに大きく吸って、止める。
枕に顔押しつけて、ぎりぎりまで呼吸を我慢。
そうすると頭がショートして真っ白になって空っぽになって、最高。
たぶんこれ、オーソドックスじゃないんだろうなぁ。
ぽやんとした頭で普通を想像してみたけど、知識も経験もないあたしには無理だった。

いつも限界まで息を止めるけど、自分でやることなんてたかが知れてる。
最近あたしはぼんやり考える。
誰かが首を絞めてくれたらどうなるんだろう。
もっともっと限界まで息ができなくなって、窒息しかけたところで、

そこまで思い描いてやめた。
さすがに危険すぎて、信頼できる人じゃなきゃ無理だし。
そんな器用なことできるかどうかもわかんない。
しとしと
 しとしと

眼前には色とりどりの傘。
そして僕の視線の先には一際可憐な傘。
白地に小さなチューリップが螺旋状に並んでいる。

女の子たちは他愛ない会話でカラコロ笑った。
「ね、あっこも見てたでしょ?」
傘の持ち主がくるり。
不意に彼女の瞳が向けられ、僕はあたふた頷いた。
不自然だったかな。
見つめていたの気付かれたかな。
背筋を冷やす僕とは裏腹に、彼女は満足げな笑みを見せ、隣を歩く友人に向き直った。

僕の前には再び、くるくる並んだチューリップ。
赤いチューリップが、振り返った彼女の唇のようで。
滴る雫が、ますますその質感を演出した。
ごくり。

ささやかに装飾された縁から、彼女の薔薇色の頬が見え隠れする。
少しだけ引き締まって大人びた顎も
花弁のように開いた小さな耳も
全てがいとおしい。
銀の柄を握るふっくらとした指も
生まれたばかりのようにつややかな爪も
彼女を一層輝かせている。まだ幼さが残る膝裏や
滑らかな布に包まれたふくらはぎや
少し筋の透けたくるぶしの愛らしさは言うまでもない。
ため息はいつも、自然に零れる。

帰路を共にしていた仲間と分かれ、彼女と並ぶ。
至福なはずの、二人きりの時間だ。
彼女は相変わらず、他愛ない話をコロコロと並べた。
大勢で話すときよりもずっと繊細になる声に、僕の鼓動は速くなる。
彼女を直視できない自分が歯痒い。
こんな風に帰るようになって2ヶ月、まだ会話だってろくにできないのだ。
相槌を返そうと、うっかり彼女の首筋が視界に入る瞬間、体中の血が沸騰し、何の話だったかすら忘れてしまう。
僕はただひたすら、前方を見つめ、彼女の話に耳を向けることに集中する。

「雨、続くね」
「梅雨、だからね」
声が上ずったりしないよう、細心の注意を払うことも忘れない。
「でもこのところずっと降ってるじゃない?明日辺りそろそろ晴れるかしら」
「そうかなぁ」
確かに日々雨足は弱まっているようだ。
雨の音は静かに垂れていく。

サアアアアア

「でもさ、やっぱり、もう少し続いてもいいかも」
「え?雨嫌いって言ってなかった?」
少しの沈黙のあと、彼女は大きな水たまりをぴょん、と飛び越えた。
「だって、あっこ、雨の日は嬉しそうだもん」
くるり。向けられた笑顔が眩しすぎて、僕は思わず足を止めた。
気分転換に、7月はStory月間にします。
全く違うおはなしの一場面を切り抜いて書いています。
要するにバラバラです。
後で気に入ったら続けたりします。
いつもの思想とは異なりますのでご注意ください。