2月5日 高鷲SP&ダイナランド スキー場に行きました

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2月5日 下の子どもと2人で高鷲スノーパーク スキー場に行きました。高鷲ICで降りずにひるがの高原SAのスマートICを利用しやまびこロードを通って行きました。今シーズンより高鷲スノーパークのリフト券(4800円)でダイナランドも滑走可能。おまけにファミリー券で小学5年生の子どもと私 2人のリフト代が 土日なのに5800円で済みました。

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高鷲で何本か滑ってダイナへ、ダイナで持参したお昼を食べてまた高鷲に戻り、3時ぐらいに再びダイナへ行って リフト最終16時30分の5分前のβライナーに乗って高鷲に戻ってくるというハードスケジュールで私はもう へとへとでしたが 雪はしまってたいへんよく 2つのスキー場を思う存分滑れて 子どもは大喜びの1日でした。

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あらすじ
物語に愛された人から、物語を愛する人へ。心を込めて、この小説を贈ります。このままずっと小説を書き続けるか、あるいは……。小説家と、彼女を支える夫を突然襲った、あまりにも過酷な運命。極限の選択を求められた彼女は、今まで最高の読者でいてくれた夫のために、物語を紡ぎ続けた――。「Story Seller」に発表された一篇に、単行本のために書き下ろされた新たな一篇を加えて贈る完全版!

 

ひと言
最近、他にもやることがたくさんできて なかなかこのブログを書けませんでした。これも1週間ほど前に読みました。青いリボンがかけられた有川 浩さんからの贈り物。とてもすてきなプレゼントなんだけど、なぜか今回は心に響かなかったというのが正直な感想です。何かと忙しくて精神的な余裕がないからそう感じるのかなと思いました。また機会があれば読み直してみたいと思いました。
「その彼氏、たかが三十頁の君の短編に頭っから終わりまで執拗にケチつけたって言っただろう。それはね、そんだけ君の書いたもんに引っかかっちゃってるんだよ。ホントにどうしようもないと思ってたら『まあ、いいんじゃない』の一言で終わるよ。流せなかった時点で負けてるんだよ、その彼氏。自分も『書く側』のつもりだったから。『書ける側』の人間のつもりだったから、君の書いたたった三十頁の短編を叩き潰さないと気が済まなかったんだ。君の小説を否定しないと、自分の『書く側』としてのアイデンティティが崩壊するからだ。彼氏にとっては君の小説がそこまで脅威だったんだよ。周りの奴らにとっても」
……ああ、ごめんね、ここまでだ。ごめんねこれだけ仕上げたかったけどもう無理みたい おかえりなさい ごめんなさい あなたがすきあなたがすきあなたがすき(途中省略。私が数えまちがっていなければ、全部で86回 「あなたがすき」 が繰り返される)あなたがすき いままでありがとう ごめんね さよなら 元気で 幸せになってね (side A)  

 

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あらすじ
日本の子どもたちの勉強時間は年々短くなり、いまや世界でも最低水準になってしまった。彼らは、積極的に「学び」から逃避している。その結果が学力低下を招いているのである。また、若者たちも「労働」から逃避している。85万人といわれるニートは、自らの意思で知識や技術を身につけることを拒否して、自分探しをしながら階層下降している。格差社会ニッポンのなか、逃げ続ける新しいタイプの弱者たち。このままでは日本社会に未来はない。
なぜこのような事態が訪れたのか、処方箋はあるか──いまもっとも注目される論者が、難問に挑む!

 

ひと言
いつも付箋を用意して、心に残る個所に貼り付けながら読書をしているが、読了時には付箋だらけの本になった。この本は2週間近く前に読み終えたのだが、うまくまとめにくくて 今になってしまったが とても斬新な切り口の本であった。この本のことは心にとどめ、折に触れて考えたいと思った。
学力低下の危機的な要素の一つは、…子どもたちが、自分たちには学力がないとか、英単語を知らないとか、論理的思考ができないといったことを、多少は自覚していても、そのことを特に不快には思っていないという点にあります。
彼らは「自分の知らないこと」は「存在しない」ことにしているということです。
子どもたちは就学以前に消費主体としてすでに自己を確立している。…今の子どもたちと、今から三十年ぐらい前の子どもたちの間のいちばん大きな違いは何かというと、それは社会関係に入っていくときに、労働から入ったか、消費から入ったかの違いだと思います。
教育の逆説は、教育から受益する人間は、自分がどのような利益を得ているのかを、教育がある程度進行するまで、場合によっては教育課程が終了するまで、言うことができないということにあります。

 

1月23日 前の kona はとても快調によく走り、おかげで体重も13kgほどやせて とても気に入っていたのですが、訳あって自転車を買い換えることになりました。今度のは前サスがついていて、歩道の段差も吸収してくれるので、明日からの通勤の走りが楽しみです。ありがとう KONA 。よろしくね ルイガノ (ルイガノ TR1 520 グレー)

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あらすじ
「人生いつだってこれから 朝はかならずやってくる」
産経新聞「朝の詩」で注目を集める98歳の詩人 90歳を過ぎて詩を書き始めた トヨさん、初の処女作品集。思わず涙がこぼれた、一歩踏み出せそう、友達に伝えたい、宝物にしたい ……トヨさんの感性と生き方に産経新聞へ読者の感動の声が続々と届いています。NHKラジオ深夜便「列島インタビュー」で紹介され大反響!
「くじけないで」 ねえ 不幸だなんて 溜息をつかないで
陽射しやそよ風は えこひいきしない 夢は 平等に見られるのよ   
私 辛いことが あったけれど 生きていてよかった あなたもくじけずに

 

ひと言
母の名を いまはのときに 呼びつづけ 百十歳の 媼(おうな)みまかる (中村 束)
この詩集の最初の詩「母Ⅰ」を読んで、たしか高校の国語の授業で聞いた 上の短歌を思い出しました。
もう35年近く経った今では、はっきりとは思い出せず、「たらちねの」だったかな?「媼」「みまかる」は間違いないよな などと検索してやっと辿り着きました。迷惑をかけたくないからと自ら老人ホームに入所したトヨさんのお母さん。たった一人の息子が週1日来てくれるのを心待ちにして頑張っている健一さんのお母さんのトヨさん。「母」を強く感じた詩集でした。トヨさんからたくさんの元気をいただきました。ありがとう。トヨさんの次の詩集を楽しみにしています。お身体お大切に。いつまでもお元気で。 

 

 

「母Ⅰ」
亡くなった母とおなじ 九十二歳をむかえた今 母のことを思う
老人ホームに 母を訪ねるたび その帰りは辛かった
私をいつまでも見送る 母 どんよりした空 風にゆれるコスモス
今もはっきりと覚えて いる

 

 

 

「貯金」
私ね 人から やさしさを貰ったら 心に貯金をしておくの
さびしくなった時は それを引き出して 元気になる
あなたも 今から 積んでおきなさい 年金より いいわよ

 

 

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あらすじ
「ホルモー」「鹿男」「トヨトミ」の輪を飛び出して、万城目学が紡ぎ出す、新たな物語の世界!―――かのこちゃんは小学一年生の元気な女の子。マドレーヌ夫人は外国語を話す優雅な猫。その毎日は、思いがけない出来事の連続で、不思議や驚きに充ち満ちている。書き下ろし長編小説。

 

ひと言
かのこちゃん・すずちゃん、2人の刎頚の友がとても自然に微笑ましく描かれていて今年の初めの一冊を飾るに相応しい本でした。
「家のみんなを呼んでくる」たまらなくなって、夫人は玄三郎に訴えた。……。「駄目だ」犬小屋の入り口からせり出すように、前脚を伸ばし、そこへ斜めにあごをのせていた玄三郎が静かに口を開いた。「どうして?だって、このままじゃ――」「そうしたら、僕は家のなかに連れていかれてしまう。きみに二度と会えなくなってしまう。僕はずっときみといっしょにいたいんだ」夫人の言葉を遮り、乱れた息もそのままに、驚くほど力強い声で玄三郎は告げた。「で、でも、それだとあなたが」「それでいいんだ」それでいいんだよ、と繰り返し、玄三郎はそれまで閉じていた目を開け、すっかり濁った瞳を夫人に向けた。「どうして――?」思わずヒステリックに声のトーンを上げた夫人に、玄三郎は何を当然なことを、とでもいうように、「だって、きみは僕の妻じゃないか」とどこまでもやさしい口調で、少しだけ笑った。その一瞬だけ、不思議と荒れた呼吸が静かになった。夫人はもう何も言わなかった。
(第四章 かのこちゃんとマドレーヌ夫人)

 

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あらすじ
あの「名作」が京都の街によみがえる!?こんな友情もあったのか。日本一愉快な青春小説。「真の友情」を示すため、古都を全力で逃走する21世紀の大学生(メロス)(「走れメロス」)。恋人の助言で書いた小説で一躍人気作家となった男の悲哀(「桜の森の満開の下」)。馬鹿馬鹿しくも美しい、青春の求道者(ぐどうしゃ)たちの行き着く末は?誰もが一度は読んでいる名篇を、新世代を代表する大人気著者が、敬意を込めて全く新しく生まれかわらせた、日本一愉快な短編集。

 

ひと言
桂駅のホームを駆けたり、鴨川デルタの濁流(ちょっと想像しにくかったですが……)へ飛び込む芽野。京都の街を思い出しながら、ハチャメチャな「走れメロス」を楽しませてもらいました。特に「桜の森の満開の下」は、森見登美彦を読んで、次の百物語を読む前にネットで坂口安吾のPDFを読んで、すぐにもう一度森見登美彦を読んだくらい とてもよかったです。

 

 

『桜の森の満開の下』(対比)
●桜の木の下から人を取り去ると、それは恐ろしい景色になります。
●二人が向かい合っているのに、この部屋にはもう誰もいないようです。男は、なんだか似ているようだと思いました。似たことがいつか、あった、それは、と彼は考えました。そうだ、あれだと気づいて、男はびっくりしました。桜の森の満開の下です。あの下を通る時に似ていました。男はゾッとしました。
●桜の下のベンチに、一人の男が座っております。男はずいぶん長くそこにいるのでしょう、肩には降り注ぐ花弁が積もっています。彼はいつまでもそこに座っていることができます。なぜなら、彼にはもう帰るところがないのですから。(森見 登美彦)

 

 

●桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、…
●ふと静寂に気がつきました。とびたつような怖ろしさがこみあげ、ぎょッとして振向くと、女はそこにいくらかやる瀬ない風情でたたずんでいます。男は悪夢からさめたような気がしました。そして、目も魂も自然に女の美しさに吸いよせられて動かなくなってしまいました。けれども男は不安でした。どういう不安だか、なぜ、不安だか、何が、不安だか、彼には分らぬのです。女が美しすぎて、彼の魂がそれに吸いよせられていたので、胸の不安の波立ちをさして気にせずにいられただけです。なんだか、似ているようだな、と彼は思いました。似たことが、いつか、あった、それは、と彼は考えました。アア、そうだ、あれだ。気がつくと彼はびっくりしました。桜の森の満開の下です。あの下を通る時に似ていました。どこが、何が、どんな風に似ているのだか分りません。けれども、何か、似ていることは、たしかでした。
●彼は始めて桜の森の満開の下に坐っていました。いつまでもそこに坐っていることができます。彼はもう帰るところがないのですから。桜の森の満開の下の秘密は誰にも今も分りません。あるいは「孤独」というものであったかも知れません。なぜなら、男はもはや孤独を怖れる必要がなかったのです。彼自らが孤独自体でありました。(坂口 安吾)

 

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あらすじ
福山雅治が物理学者・湯川を演じて映像化され、空前の大ベストセラーとなったガリレオシリーズ。長篇だけでなく、その新作が今回はなんと2冊同時刊行されます。こちらは『探偵ガリレオ』『予知夢』と同じ、短篇集です。長篇では脇に回りがちな湯川が、短篇では堂々の主役。必ずしも積極的に警察に協力し、喜んで謎を解いているわけではない湯川の“苦悩”が描かれ、彼の人間性が窺えます。読者のためにと、著者の意向で書き下ろしも加えた贅沢な1冊になりました。

 

ひと言
この本は前に読んだのだが 先日TVドラマ『ガリレオ』のレンタルDVD「エピソード・ゼロ」を観ていて「ほんとうの親子になってしまったら 自分の介護が…あたしの義務になってしまうから…」という忘れていた台詞に、もう一度原作を読み直したくなった。
「今回の逮捕で、どういう結果が残ったかを考えてみたんだ」湯川は薫にいってから、改めて恩師のほうを向いた。「奈美恵さんは悲しんでいます。育ての父が逮捕されたのですから当然です。でも彼女は、車椅子の老人を介護する生活から解放されました。それによって、同様に介護が必要な親を抱える紺野さんと結婚することが可能になりました。また、邦宏さんがいなくなったことで、あなたが全財産を彼女に譲ることに何の障害もなくなりました。今度の事件は、あなた自身のためではない、すべて奈美恵さんの幸せを確保するために起こされたんです」……。「ふつう被疑者は情状酌量を望むものだ。ところが今回は違う。この被疑者は、なるべく刑期が延びることを望んでいる。出来れば、刑務所で死を迎えたいとさえ思っている。だから自首は出来ない。計画殺人を実行し、証拠を突きつけられたので仕方なく自供―そういうストーリーが不可欠だった」友永は項垂れていた。無念さの中に、どこか安堵した気配が漂っている。「先生が、どうして奈美恵さんを養女にしなかったのだと思う?」湯川が訊いてきた。わからなかったので薫は首を振った。「それはね、そんなことをしたら介護が彼女の義務になってしまうからなんだ。先生は、彼女から介護されながら、何とかして彼女を解放してやりたいと願ってたんだよ。でもね先生、僕には彼女が先生の世話を苦痛に感じていたとは、どうしても思えないんです」……。
「君は変わったな。昔は科学にしか興味がなかったはずなのに、一体いつの間に、人の心がわかるようになった」湯川は微笑した。「人の心も科学です。とてつもなく奥深い」(第2章 操縦る)

 

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あらすじ
犯罪防止を目的としたDNA法案が国会で可決し、検挙率が飛躍的に上がるなか、科学捜査を嘲笑うかのような連続殺人事件が発生した。警察の捜査は難航を極め、警察庁特殊解析研究所の神楽龍平が操るDNA捜査システムの検索結果は「NOT FOUND」。犯人はこの世に存在しないのか?時を同じくして、システムの開発者までが殺害される。現場に残された毛髪から解析された結果は…「RYUHEI KAGURA 適合率99.99%」。犯人は、神楽自身であることを示していた。確信は疑念に、追う者は追われる者に。すべての謎は、DNAが解決する。数々の名作を生み出してきた著者が、究極の謎「人間の心」に迫る。

 

ひと言
さすが東野圭吾さん。一気に楽しく読ませてもらいました。最後にたたみかけるようなストーリーの持って行き方は相変わらずうまいのですが、この最後はちょっと無理があるかなと感じました。というか近頃 自分自身が東野圭吾さんに過剰に期待しすぎているのかもしれません。「電トリ」では満足できず「ハイデン」を東野圭吾に求めているのかもしれませんね。

 

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あらすじ
「名前は?」「リリカ!」なんて、答えてはみたけど大嘘。あたしの名前は桐之宮稲荷だ。稲荷山の高層スラムに住み、アゴに貼った絆創膏の下には、「ウガ」という役立たずの自称神さまも住まわせている。あたしはそんな生き方をしている可愛い十八歳の女の子!…でも娼婦なの。ここはかつて、経済大国なんて呼ばれていた日本の古都があった場所、中華人民共和国、日本省特別行政自治区。あたしたち日本族は最下層の民族と成り果て、過去の栄光が埋もれた世界で、なんとか生きぬいていかなければならない。衝撃の未来を舞台に、健気に生きる娼婦の姿をユーモラスな一人称で描く鮮烈なデビュー作!
第9回ボイルドエッグズ新人賞受賞作。

 

ひと言
本の帯の「鴨川ホルモー」万城目学に続く新鋭登場という言葉に借りて読みました。設定としては面白いと思いますが、その設定である必然性や何かの伏線になっていると感じることはできませんでした。ただあとがきの
そんな人たちとふれあうなかで、どんなに腐った世界でも、その中に希望を見い出すことが「生きる」ということだと教えられた。それが『お稲荷さんが通る』の世界観と登場人物たちの基礎になっている。どんなに腐った世界でも、どこかに必ず希望はある。そう信じたい。けれど世界は、希望を見つけることがどんどんと困難になっているように思える。どんなに小さなものでもいいから、希望を見つけるきっかけになる。そんな小説を書き続けていきたい。
という言葉に、今後の作品を楽しみにしたいと思いました。