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あらすじ
2016年 生誕300年を迎え、益々注目される画人・伊藤若冲。緻密すぎる構図や大胆な題材、新たな手法で周囲を圧倒した天才は、いったい何ゆえにあれほど鮮麗で、奇抜な構図の作品を世に送り出したのか? 底知れぬ悩みと姿を見せぬ永遠の好敵手。当時の京の都の様子や、池大雅、円山応挙、与謝蕪村、谷文晁、市川君圭ら同時代に活躍した画師たちの生き様も交えつつ、次々に作品を生み出していった唯一無二の画師の生涯を徹底して描いた、芸術小説の白眉といえる傑作。

 

ひと言
昨年、生誕300年でかなり話題になった伊藤 若冲。ちょうど一年前の2016年5月19日(木)、東京都美術館の『若冲展』では最大待ち時間 350分!(チケット購入60分、入館まで290分)という空前絶後の大記録を作りました。明後日の平成29年5月21日(日)まで相国寺承天閣美術館で生誕300年記念『伊藤若冲展 後期 』が行われていますが、ちょっと観に行くのは無理かなぁ。でもいつか機会があれば、画面を小さな碁盤の目状に区切り、そこに一つ一つ色を差す、現代のデジタルアーツ的技法で書かれた若冲の絵を是非この眼で観てみたいです。

 

 

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「わし、今日ほどお師匠はんの腕に驚いた日はあらしまへん。涅槃図をこれほど奇妙な絵にしてしまわはるとは、さすがどすわ」若演が誇らしげに胸を張る通り、それはこれまで見たことがないほど奇抜な画幅であった。画面の中央、伏せられた龍の上に、巨大な二股大根が横たえられている。そのぐるりを囲むのは蕪に蓮根、椎茸、瓜、柿……ありとあらゆる蔬菜と果物が大根を取り囲み、背後には八本の玉蜀黍が葉を茂らせていた。「お釈迦さまの入滅を、在原業平はんや松尾芭蕉はんに見立てた絵は、聞いたことがあります。そやけどお釈迦さまを大根に、十大弟子や眷属(けんぞく)衆をその他の青物や果物に見立てはったんは、お師匠はんが最初ですやろ」 そう、若演の言う通り、目の前の絵はまさしく涅槃図以外の何物でもない。濃淡のある筆で生き生きと描かれたおびただしい果蔬は、人間そのものの如くに身をよじり、中央の大根を見つめて声なきうめきを漏らしていた。 八本の玉蜀黍のうち、右側の四本の葉が垂れ下がっているのは、釈迦の入滅の際、八本の沙羅双樹が一斉に花を開かせ、すぐに枯れ果てたとの故事を踏まえているのだろう。そう思って眺めれば、玉蜀黍の手前に並ぶ桃や梨は普賢菩薩や弥勒菩薩、木通(あけび)や蓮の葉は十大弟子の見立に違いない。
(雨月)

 

 

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四愛とは、菊・蓮・梅・蘭の併称。四君子と呼ばれる蘭・竹・菊・梅とともに、好んで画題に取り上げられる植物であった。(まだら蓮)

 

 

若冲という号は、枡源の主を退くと決意した際、大典が『老子』第四十五章の「大盈(たいえい)は沖(むな)しきが若(ごと)きも、その用は窮まらず」、すなわち「満ち足りたものは一見空虚と見えるが、その用途は無窮である」という一節から付けてくれたもの。色の上に色を重ねるが如き華やかな絵に漂う寂寥(せきりょう)を承知の上で、だからこそ若冲の絵には、何者にも真似できぬ意義があると断じての命名であった。
(鳥獣楽土)

 

 

(これは――) 真っ先に視界に飛び込んできたのは、夥しいまでの色の洪水。そのあまりの華やかさに圧倒されて目をしばたたけば、そこには見覚えのある熊が、白象が、新たな命を得て画面に収まっていた。 画面を小さな碁盤の目状に区切り、そこに一つ一つ色を差す技法は、若冲が晋蔵と描いた二曲屏風とそっくり同じ。そしてあろうことか目の前の小ぶりな屏風に蝟集(いしゅう)する鳥獣たちは、若冲がこれまで長年にわたってあちこちに描いてきた無数の動物の姿態と、寸分の違いもなかった。 かつて動植綵絵(さいえ)の一幅に描いたのと同じ鳳凰が、左隻の中央で大きく翼を広げている。高い木の上から獣たちを見下ろす猿は、いつぞや上京の豪商の依頼で描いた掛幅と瓜二つ。またその隣で空を仰ぐ豹は、まだ嫁入り前のお志乃に顔料を作らせて描いた、押絵貼屏風の豹そのままであった。
(鳥獣楽土)

 

 

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媼は更に言葉を続けた。「絵師の風上にも置けへん点は、君圭もお前と同じや。違う点があるとすれば、お前は自分自身のために絵を描き、あいつはお前を苦しめるためだけに絵を描いてることやろか。けどどちらにしたところで、人の生きる喜びや悲しみ、山々や生き物たちの晴れやかな美しさが描けへんお前らなんぞ、本物の絵師やあらへんわい」 生の喜びの欠落した、若冲の絵。そしてその贋絵ばかり描く君圭を、この老婆は長年、苦々しく眺めてきたのだろう。並々ならぬ絵の腕を持ちながら、その才能を深い憎悪の中に埋もれさせた君圭を惜しみ、その憎しみの原因となった若冲を嫌い――そしてこの年まで、君圭に本当の絵の意義を与えてやれなかった己自身に、腹立たしさを覚えているのに違いない。 もし自分が存在せねば、君圭は応挙の如く、他人のために絵を描く画人として、大成したであろうか。いや、姉の自死によって若冲を憎まなかったならば、そもそも彼は絵筆なぞ執ろうとも思わなかっただろう。
(日隠れ)

 

 

「いかに世が推移したとて、絵は決して姿を変じませぬ。描き手である画人が没しようと、それを描かせた大名が改易となろうと、美しき絵はただひたすらそこにあり、大勢の人々を魅了致しましょう。ならばその世々不滅の輝きを守ることこそが、儚く変ずる世に生きる者の務めではございますまいか」
(日隠れ)

 

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先日の日曜日のTVで よゐこ濱口さんの行きつけのお店と紹介された「麺家獅子丸」さんへ職場の人4人でお昼を食べに行きました。
TVで紹介されていた 濃厚獅子丸つけ麵(限定10食)は完売でした。伊勢海老らぁめん(850円)にランチ味付玉子(100円→50円)ランチミニ炙りチャーシュー丼(280円→180円)をいただきます。

 

伊勢エビの頭より抽出したスープを濃厚白湯スープに合わせた贅沢なスープ(お店のキャッチコピー)の言葉通り、エビをすごく感じさせる濃厚なとてもおいしいスープです。ハンドミキサーで丁寧に白湯スープを混ぜて、フワフワまろやかなスープに仕上げているのもグッド。自信を持っておすすめできるおいしいラーメンでした♪。他のメニューも制覇したいです。ごちそうさまでした。

 

 

麺家獅子丸(食べログ)
名古屋市中村区亀島2

 

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今日は職場の人と自転車で、元大関「琴光喜」が経営している「やみつき」へお昼を食べに行きました。
肉増し(300円)した やみつき丼(1000円)をいただきます。カルビ、ロース、ハラミ?の旨い肉が三種盛ってあり、おまけに肉増しにしたので「肉を食ったー♪」という気分になりました。おいしいお肉でした。ごちそうさまでした。

 

次は名物 肉めし(900円)を食べてみたいです。次は琴光喜に会えるかなぁ♪

 

 

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やみつき(食べログ)
名古屋市西区香呑町4

 

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あらすじ
1977年5月、圷歩は、イランで生まれた。父の海外赴任先だ。チャーミングな母、変わり者の姉も一緒だった。イラン革命のあと、しばらく大阪に住んだ彼は小学生になり、今度はエジプトへ向かう。後の人生に大きな影響を与える、ある出来事が待ち受けている事も知らずに。父の出家。母の再婚。サトラコヲモンサマ解体後、世間の耳目を集めてしまった姉の問題行動。大人になった歩にも、異変は起こり続けた。甘え、嫉妬、狡猾さと自己愛の檻に囚われていた彼は、心のなかで叫んだ。お前は、いったい、誰なんだ。
(2015年 第152回 直木賞、2015年 本屋大賞 2位)

 

ひと言
上下巻合わせて730頁ほどの長編小説。なかなか読み進まなかった上巻に対して、下巻は一気に読み進みました。読み終えて、上巻の伏線があるからこそ 下巻がこんなに引き寄せられるんだろうなぁと思いました。とても読みやすい文章で、納得の直木賞、本屋大賞 2位の本でした。

 

 

エジプトには、「IBM」という言葉があると言われている。Iは「インシャアッラー」、「神の思し召しのままに」という意味だ。例えばジョールが遅刻してきたとする。父がどうして遅刻するんだと怒ると、「インシャアッラー」、神がそう望んだのだ、と言う。Bは「ブクラ」、「明日」だ。ジョールに車を洗っておけと命令すると、「ブクラ」、明日やる、と言う。Mは「マレーシ」、「気にするな」だ。あの大人しい父を怒らせるという離れ業をやってのけた後に、ジョールが言うのは、「マレーシ」、「気にするな」である。父はしばらく怒っているが、ジョールが笑顔で自分の肩を叩いて、「マレーシ」と言い続けるのを聞くうち、いつしか笑ってしまう。エジプシャンは、大体こんな風だった。
(第二章 エジプト、カイロ、ザマレク)

 

 

「サトラコヲモンサマ、なあ。」おばちゃんの目には、涙が溜まっていた。だが、泣いているのではなかった。……。「なんでも良かったんや。うちに来る人たちのためになるなら。」……。親が残した借金に苦しめられている人。夫の暴力に怯えている人。家が全焼して、生きてゆく意味を見出せない人。どんな人にも、おばちゃんは、平等に接していた。話を聞き、うなずき、いつまでもその人に、寄り添っていた。「うちに来る人たちが、信じられるものなら、何でもな、良かったんや。」おばちゃんは、様々な言葉をはしょった。……。「じゃあ、なんで、サトラコヲモンサマやったん?」サトラコヲモンサマは、何なのだ?「見てみ。」おばちゃんが顎をしゃくった方を見ると、さっきの黒い描が眠っていた。……。「うちの家によう来てたチャトラがおったやろ。覚えてるか?」覚えていた。おばちゃんの家に来たたくさんの猫たち、中でもチャトラの猫は、よく見た。それはどこにでもいる、普通の猫だった。何の神々しさもない、ただの猫だった。「あの子が伸びをしたら、お尻の穴が、ぶぶぶって震えるねん。それが可愛くてなぁ。それを見てたら、おばちゃん、なんでもどうでもよくなるんよ。」……。 「チャトラの肛門ってこと?」僕は、恐る恐るそう言った。「せや。」「サトラコヲモンサマ?」「そう。」……。それこそが大切だった。立派なものであってはいけない。こちらを畏怖させるものであってはならない。この世で起こっている様々な出来事を、「どうでもよくなる」と、思わせるもの。……。 「あの日姉ちゃんに言うたのは、そのこと?」僕は、姉の部屋の、閉ざされた扉のことを思い出した。……。「愛されない」と思うことを、「足りない」と飢えていることを、姉が自分のせいにすることはないように、だから姉にとって「ザトラコヲモンサマ」は必要なものだと、おばちゃんは思ったのだ。……。「あの子には、自分で、自分の信じるものを見つけなあかん、て言うたんや。」
(第四章 坏家の、あるいは今橋家の、完全たる崩壊)

 

 

爆撃を受けて2ヶ月後、おばちゃんは焼土で終戦を迎えた。おばちゃんは焦土を歩き回っていた。自分の家のものは何も残っていなかったが、一冊の辞書を見つけた。一面焼け野原であった場所で、紙で出来た辞書が残っていることを奇跡のように思ったおばちゃんは、それを大事に取っておいた。……。 別れ際、おばちゃんは大切にしていた辞書を、「私だと思ってください」と、刺青の人に渡したそうだ。すると刺青の人は、こんな大切なものをもらうことは出来ません、と言った。「おばちゃんな、じゃあこの中の1ページだけを私にください、て言うたんやて。」この頃になると、夏枝おばさんはだいぶ、饒舌になってきていた。「あなたが選んだ言葉を、私のものにしたい、て。」おばちゃんは、刺青の人に、目をつむらせた。そして自分は辞書のページをパラパラやりながら、ここと思うところで声を出してくれ、と言った。そこにあったのが、『すくいぬし』という言葉だった。『すくいぬし』その言葉は、おばちゃんにとって、どれほど大切なものになっただろう。家と家族を焼かれ、何もかもを矢ったおばちゃんが焦土で会ったその人が選んだ、「すくいぬし」という言葉は。おばちゃんはそのページを切り取り、大切にしまった。そして辞書を刺青の人に渡し、ふたりは別れた。おばちゃんは、18歳になっていた。……
(第五章 残酷な未来)

 

 

いつまで、そうやってるつもりなの? 澄江が言った言葉が、いつまでも消えなかった。そうって? そうだったって? 僕には分かっていた。僕だって、そう思っていた。自分はいつまでそうしているつもりなのだろうか。自ら為すことなく、人間関係を常に相手のせいにし、じっと何かを待つだけの、この生活を、いつまで続けるつもりなのだろうか。
(第五章 残酷な未来)
 
「私が、私を連れてきたのよ。今まで私が信じてきたものは、私がいたから信じたの。 分かる? 歩。 私の中に、それはあるの。『神様』という言葉は乱暴だし、言い当てていない。でも私の中に、それはいるのよ。私が、私である限り。」 僕はうつむいた。姉を直視することが出来なかった。そうしていても尚、姉の気配だけは感じられた。恐ろしく濃厚な気配だけは、感じることが出来た。「私が信じるものは、私が決めるわ。」 僕の足元を、蟻が追っていた。黒いその体は、踏むとすぐ潰れるだろうと思った。 「だからね、歩。」 僕は蟻を、じっと見ていた。 「あなたも、信じるものを見つけなさい。あなただけが信じられるものを。他の誰かと比べてはだめ。もちろん私とも、家族とも、友達ともよ。あなたはあなたなの。あなたは、あなたでしかないのよ。」 僕は、姉をそこに残し、歩き始めた。姉はひるまなかった。姉は、そこにいた。かつて自分が信じ、やがて鮮やかに捨て去ったものの前で、じっと立っていた。
「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。」
(第五章 残酷な未来)

 

 

母は「幸せになろう」と決意した。そしてそれは、おそらく「父と」だった。なのに父は、そんな母から逃げたのだ。毎日言い争い、ふたりは疲れていた。きっと父は、母のためを思い、僕達のためを思い、家を出たのだろう。金銭的援助を惜しまず、僕達の幸せを、特に母の幸せを望み、遠くへ離れる決意をしたのだろう。だがそれが母のためだったとしても、母は父といたかったのだ。母は、父と幸せになりたかったのだ。こんなに悲しいすれ違いはなかった。そして、こんなに悲しい皮肉はなかった。「絶対に幸せ
になる」と言った母は、ちっとも幸せじゃなかった。「幸せにならないでおこう」と思った父は、ずっと幸せだった。 姉が「すくいぬし」を母に渡しだのは正解だった。母の「すくいぬし」はひとりだ。父だ。母はそれを認めることが出来なかった。「幸せになる」と言った自分が、父が去っただけで不幸せになることを、認めることは出来なかった。母は父以外の人を探し続けた。自分は絶対に「幸せになる」のだと、全力を尽くした。でも無理だった。 姉はきっと、母に、それを認めさせたのだ。 母にとっての「すくいぬし」は父であること、父だけであること。そして母は、これからきっと、父のことだけを思って生きてゆくだろうことを。 それを認めた母は、どれほど楽になっただろう。「すくいぬし」と書かれた紙は、どれだけ母の糧になっただろう。 矢田のおばちゃんは、時を経ても尚、様々な女性を救い続けるのだ。
(第六章 「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。」)

 

 

僕は、生きている。 生きていることは、信じているということだ。 僕が生きていることを、生き続けてゆくことを、僕が信じているということだ。 「サラバ。」…… 扉が開いた。僕は今、タラップを下りようとしている。太陽の光が、僕の首筋を撫でている。「サラバ!」 生まれた場所に触れた途端、別れの気配がしている。でも僕は、決して絶望しない。僕は「それ」を、僕の「サラバ」を信じている。 僕は僕を、信じている。「サラバ!」 僕は、左足を踏み出す。
(第六章 「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。」)

 

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平日だし、もうそろそろすいてきたころかな と思い話題のゲートタワーへお昼を食べに行きました。
1Fのサラベスか12Fのたいめいけん、ミート矢澤の、どこか行列の少ないお店に入ろうと思って自転車で出かけたのですが、甘し。12Fのレストラン街を一言で表すのなら「カオス(混沌)」。

 

比較的 行列の少なかった「つけめんTETSU 」さんの味玉あつもり 大盛(950円)をいただきました。
もちろんつけ汁もおいしいのですが、ツルツルシコシコの太麺がたまらなくおいしいです♪。くせになりそう。あっ 名物肉おこわ(180円)を頼み忘れた。次は是非食べてみたいです。ごちそうさまでした。

 

 

つけめんTETSU(食べログ)
名古屋市中村区名駅1(ゲートタワープラザ)

 

5月7日 ゴールデンウイークの最終日 今日は高速も渋滞しないだろうと、6時15分 蟹江ICから高速に乗り、華厳寺を除く残り5つの西国三十三所巡りに出かけました。

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渋滞もなく順調、順調♪。8時05分には22番 総持寺に到着。再び茨木ICから名神に乗り 8時55分には 24番 中山寺に到着。駐車場も中山観音駅近くの銀行の駐車場で100円で済みました。今日はツイてるかも♪
ドリカムを口ずさみながら運転。万博公園の太陽の塔 ひさびさ見たよ~♪

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この前に読んだ本で、芭蕉が膳所駅に近い義仲寺に眠っているということなので、大津SAに車を停め、歩いてお参りに。

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11時30分ごろ大津SAに戻ります。ここ大津SAの上りには、知る人ぞ知る 551蓬莱のお店があるのです。お昼は豚まんにするつもりだったのですが、すごい行列。しばらく並んだのですが、天王寺の551のように客をテキパキさばくことができないのか全然列が進まないので、並ぶのを止め、お昼は抜きで 32番 観音正寺へ向かいます。

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前は雪の中を歩いて登ったなぁと懐かしく思い出しながら道案内の標識通りに山道を登って行くと、以前とは違う駐車場へ着きました。前回は 石馬寺 繖公園の横を通る道でしたが、今回は新幹線沿いのロッテ滋賀工場の方から登る道です。駐車場に車を停めて300mほどの険しい石段を登ります。

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やっとのことで登りきり、入山料500円を払おうとすると、「先達さんは結構です。どうぞ」と言っていただきました。こんなことは初めてです。ありがとうございました。(感謝)。

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次の 31番 長命寺を出たのが14時10分。竹生島行きの船が出る長浜港に向かいます。
このゴールデンウイークの時期に西国を巡ろうと思ったのは、いつもは14時発が最終便なのに、今日は15時15分発の臨時便があるからです。
15時05分 どうにか間に合って船乗り場の駐車場に到着。往復の乗船料3070円を払います。

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写真ではわかりにくいかもしれませんが、スクリューの波しぶきで虹が見えました♪
その波しぶきを観ていると、過去の西国巡りのことが次々と思い出されます。

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思えば2年10ヶ月前の2014年の7月、親父が亡くなって半年後、3人旅で竹生島を訪れたのがご縁で、西国三十三所を巡り始めることになりました。もちろん最後は谷汲さんですが、そこを除いて先達として巡る最後のお寺は 30番 宝厳寺にしようと前々から決めていました。
この約3年 健康に過ごすことができ、今日こうして再び竹生島を訪れることができることに唯々感謝です。いつもお守りいただきありがとうございました。

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なんと偶然なことに、納経をしていただいた方が、前と同じ方です。許可をいただいて写真を撮らせていただきました。

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17時30分 船が長浜港に到着。行く前から調べてあった長浜駅前のフレンドマートというスーパーでつるやのサラダパンをおみやげに買いました。夕食は調べてあった親子丼やラーメンなどのお店を訪れたのですが軒並み「本日は閉店しました」という札が…。
車は渋滞もなくスムーズだったのに、食事は昼食も夕食にもありつけず、帰りの車の中でサラダパンをいただきながら帰路につきました。

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残るは 33番 谷汲山華蔵寺だけになりました。
またお天気で日柄のいい日に参らせていただいて再び満願そばをいただきたいと思います。

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今日はこどもの日。夕食を食べに行こうということになり、一宮市の萩原駅前の「中華そば 華丸」へ。一番人気の味玉そば(860円)といなり2ケ(120円)をいただきます。魚介の風味がたっぷりのスープがおいしく、分厚い焼豚、歯ごたえのちょうどいい極太メンマ、人気No.1だけある味玉に海苔。ネギがもう少し多ければパーフェクトというようなラーメンです。ごちそうさまでした。

 

中華そば 華丸
一宮市萩原町串作

 

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あらすじ
砂漠を行くキャラバンを襲った連続殺人、スペインの風車の丘で繰り広げられる推理合戦、ロシアの修道院で勃発した列聖を巡る悲劇……ひとりの青年が世界各国で遭遇する、数々の異様な謎。新人賞受賞作「砂漠を走る船の道」を巻頭に据え、美しいラストまで一瀉千里に突き進む驚異の連作推理誕生。大型新人の鮮烈なデビュー作!
(2011年 本屋大賞 6位)

 

ひと言
梓崎 優?聞いたことのない作家だけど、本屋大賞6位の作品だし読んでみるか と思い借りました。ミステリーズ受賞作の「砂漠を走る船の道」は過酷な砂漠の情景が思い浮かぶほど、文章も詩的でよかったけれど、残りは……。表題作の「叫び」と「祈り」に一縷の望みを託しましたがイマイチかな。

 

 

ケンブはナイフにしばらく視線を落とし、ゆっくりと振り上げた。そして――
一瞬ののち、彼はそれを長の胸に突き立てた。どっ、という鈍い音が風の音の中で生々しく響いた。「生きるために砂漠を往復する俺たちは、必要なものしか運ぶことができない。だから、墓標になるものはない」「ですから――」「しかしもちろん、そのまま遺体を捨て置くのは、俺たちだって忍びない。だから、あれはバルボエなりの弔いなんだ」そう言うと、カスランはラクダの茶色い背中を軽く叩いた。ラクダは甘えるように、鼻をふん、と鳴らす。「砂漠に生きる俺たちは、砂漠に還るべきだ。砂漠の日差しに焼かれた遺体は、乾燥し、白骨化して、最後には塵となって砂漠を舞う。砂漠こそは俺たちが生まれ、戻っていく場所だ。だから、胸にナイフを突き立て、砂漠に示すのさ」―― 強さと覚悟の証であるナイフを。「死した者が、間違いなくナイフに誓える誇りの持ち主であったことを砂漠に示す。それが一番の弔いであると、少なくともバルボエは考えたんだろうし、俺もケンブもその通りだと思う」「……すみませんでした」なに、元気出せよ、そう笑いながら、カスランはまたラクダの背中を叩いた。今度はラクダもくどいと思ったのか、少し強く鼻から息を出して、一声いなないた。
(砂漠を走る船の道)

 

 

「帰り道は、ラクダの足跡を辿れば何とかなるだろう。けれど、その次は?もう足跡も残っていないとき、どうすればいい?」不可視の街へと続く細い道。毒の風でなくとも、作られた足跡は容易に風の中で掻き消されていくだろう。「何か目印が必要だった。だが、塩は駄目だ。ならば、人だ」そして残るのは―― 「キャラバンは、最悪の場合でもひとりいれば何とか旅をすることかできる。不測の事態が起きなければ、ひとりでもどうにかなる」だから。「だから、人の死体を置いていくことにした」砂漠で一番不要な存在は、人だ。彼はそう言い切った。必要不可欠ではないそれは、過酷な旅の中で、もはやモノでしかないのだ。「幸い、俺が分からないのは全行程ではなく、一部だ。だから、人の頭数だけで足りる、そう踏んだ」
(砂漠を走る船の道)

 

 

僕はふと、マドリッドで観たピカソのゲルニカを思い出した。巨大な灰色の空間の中で、叫び声を上げる雄牛の表情は、僕の中でいつまでも消えなかった。それは、スペインの大地が抱える、拭い去れない記憶だ。それはきっとどこかで、僕にも繋がっているのかもしれない。「数知れない戦争で、戦意昂揚のために利用する、そのために作られたのが、風車の伝説なんじゃないだろうか」 ゲルニカに描かれた叫び声は、二十世紀の戦争に対するものだった。けれど、規模の大小はあれ、スペインで血は流れ続けたのだ。そのために利用され続けた伝説―― どれだけの血がこのレエンクエントロには流れたのだろう。
(白い巨人)

 

数日前の朝の打ち合わせで、「職場でネズミ被害の形跡があるので注意してください」という話がありました。あまり気にしていなかったのですが 今日、自分の机の下のカゴに入れてあった食料品がネズミにかじられているのを発見しました。

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写真ではわかりにくいかもしれませんが、ピーナッツチョコレートが1つはまるっと食べられていて、他の3、4個は少しずつかじられていました。カップラーメンは穴が開けられて薬味が食べられていました。
子供のころは家にネズミ捕りがしかけてあって、つかまったネズミを見たこともありましたが、今 この時代にネズミの被害があるとは……。ただただびっくりな一日でした。
これからは食料品の置き場所に気をつけようと思いました。
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今日は仕事帰りに用事で鶴舞へ行った後、前から行きたかった「キッチン千代田」へ夕食を食べに行きました。創業40年近いステーキハウスなので、夜にオムライスを注文するのも申し訳ないのですが、やっぱり評判の裏メニューのオムライス(1296円)を他のお客さん同様注文しました。もとはまかない飯なのか、ステーキや焼肉の切れ端のような細切れのお肉がたくさん入っていて、今まで食べたことのないようなオムライスです。ごちそうさまでした。

 

キッチン千代田(食べログ)
名古屋市中区千代田3