あらすじ
1973年、大阪の廃墟ビルで一人の質屋が殺された。容疑者は次々と浮かぶが、事件は迷宮入りする。被害者の息子・桐原亮司と「容疑者」の娘・西本雪穂――暗い目をした少年と、並外れて美しい少女は、その後、全く別の道を歩んでいく。二人の周囲に見え隠れする、いくつもの恐るべき犯罪。だが、証拠は何もない。そして19年……。伏線が幾重にも張り巡らされた緻密なストーリー。壮大なスケールで描かれた、ミステリー史に燦然と輝く大人気作家の記念碑的傑作。

 

2006年 TBS TVドラマ「白夜行」

 

 

 

2011年 映画「白夜行」


ひと言
東野圭吾さんの訃報に接し、プライム・ビデオで以前に観た綾瀬はるか、山田孝之主演のTVドラマ「白夜行」全11話を観て、この「白夜行」は本を読んでいないことに気づき、図書館に予約を入れました。TVドラマでは最初から犯行の経緯や犯人がわかっているのですが、本では長編小説2冊分の854頁もあるのに、中だるみすることなく読者をグイグイと作品の中に引きずり込んでいきます。さすが「容疑者Xの献身」と並び評される東野作品の最高傑作と言われるだけのことはあります。予約待ちの間、映画の「白夜行」も観ました。映画の方は本に忠実に描かれていますが、本を読んでいないとその短いシーンに込められた意味を映画だけから読み取るのは難しく、やっぱり原作本を読まないと、この作品の良さはわからないと思います。それにしてもこんな素晴らしい作品を残された東野圭吾さんの新しい作品がもう読めないのかと思うと淋しくなりますが、これからも今まで読んだ作品やまだ読んでいない東野作品を読んでいきたいと思いました。あらためて東野圭吾さんのご冥福をお祈りいたします(合掌)

 



『MUGEN』の一九八五年の営業は、十二月三十一日午後六時で終了となった。大掃除をした後、友彦は桐原や弘恵とささやかな乾杯をした。来年に向けての抱負を弘恵から訊かれ、「ファミコンに負けへんパソコングームを作りたいな」と友彦は答えた。桐原の答えは、「昼間に歩きたい」というものだった。小学生みたい、といって弘恵は桐原の回答を笑った。「桐原さん、そんなに不規則な生活をしてるの?」「俺の人生は、白夜の中を歩いてるようなものやからな」「白夜?」「いや、何でもない」桐原はハイネケンを飲んだ後、友彦と弘恵の顔を交互に見た。
(第八章 6)

ある時期から江利子は、一つの想像を胸に秘めるようになった。それは最初、単なる思いつきにすぎなかったが、次第にストーリーを持ったものへと発展していった。だがそれを決して口に出してはいけなかった。その想像を邪悪なものと思っていたから、胸に抱いていることを気づかれてもいけなかった。自分でも、何とかそんな馬鹿げた妄想を振り払おうとした。ところがそれは彼女の心の中に定着し、決して消えなくなった。そのことで彼女は自己嫌悪に陥った。優しく接してくれる雪穂と一緒にいる時など、自分はなんと卑しい人間だろうと思った。しかし一方で、その想像を吟味している自分もいるのだった。本当に想像に過ぎないのだろうか、真理ではないのだろうか――。雪穂から離れようとした最大の理由は、そこにあるというべきだった。江利子は自分の中に広がる疑惑と自己嫌悪の重みに耐えられなくなったのだ。江利子は壁に摑まって立ち上がった。全身がひどくだるい。身体の中に澱(おり)が溜まっていくようだった。顔を上げると玄関ドアの鍵があいたままになっていた。彼女は手を伸ばして施錠し、ドアチェーンもしっかりとかけた。
(第十章 9)

雪穂は大きな目を真っ直ぐに向けてきた。「ねえ、夏美ちゃん。一日のうちには太陽の出ている時と、沈んでいる時があるわよね。それと同じように、人生にも昼と夜がある。もちろん実際の太陽みたいに、定期的に日没と日の出が訪れるわけじゃない。人によっては、太陽がいっぱいの中を生き続けられる人がいる。ずっと真っ暗な深夜を生きていかなきゃならない人もいる。で、人は何を怖がるかというと、それまで出ていた太陽が沈んでしまうこと。自分が浴びている光が消えることを、すごく恐れてしまうわけ。今の夏美ちゃんがまさにそうよね」いわれていることは何となくわかった。夏美は頷いた。「あたしはね」と雪穂は続けた。「太陽の下を生きたことなんかないの」「まさか」夏美は笑った。「社長こそ、太陽がいっぱいじゃないですか」だが雪穂は首を振った。その目には真摯な思いが込められていたので、夏美も笑いを消した。「あたしの上には太陽なんかなかった。いつも夜。でも暗くはなかった。太陽に代わるものがあったから。太陽ほど明るくはないけれど、あたしには十分だった。あたしはその光によって、夜を昼と思って生きてくることができたの。わかるわね。あたしには最初から太陽なんかなかった。だから失う恐怖もないの」「その太陽に代わるものって何ですか」「さあ、何かしらね。夏美ちゃんも、いつかわかる時が来るかもしれない」そういうと雪穂は前を向いて座り直した。「さっ、帰りましよ」それ以上訊くことはできず、夏美はエンジンをかけた。
(第十三章 12)