あらすじ

些細な傷害事件で、とぼけた見た目の中年男が野方署に連行された。たかが酔っ払いと見くびる警察だが、男は取調べの最中「十時に秋葉原で爆発がある」と予言する。直後、秋葉原の廃ビルが爆発。まさか、この男“本物”か。さらに男はあっけらかんと告げる。「ここから三度、次は一時間後に爆発します」。警察は爆発を止めることができるのか。爆弾魔の悪意に戦慄する、ノンストップ・ミステリー。


ひと言
読み終えてすぐ石川啄木の「人といふ人のこころに 一人づつ囚人がゐて うめくかなしさ」について調べてみました。およそ人間であるかぎり誰もが持っているエゴは、野放図に表面化しないよう社会と自分自身によって心の奥に押し込まれている。表に飛び出したいと、囚人のようにうめくエゴのどうしようもない切なさ。という訳がありました。「囚人」は何を意味するのだろう。「それ」は誰の心の中にもあって、誰もが「それ」を押さえ込んでいて、押さえ込まれた「それ」は表に飛び出したくてうめいている。そういう「それ」は1つしか考えられない。エゴ(利己心)であると…。最後の爆弾は…それぞれの人の心の中に自分でも気づかずに存在している「囚人」なのかも知れないと思いました。

立ち上がろうとする清宮の肩を、類家がつかんで押しとどめた。「規律に従って、人が死ぬぶんには平気だと?」「―― 何がいいたい?」「道の向こうで暴漢に襲われている人間を、赤信号だからといって傍観しますか? 仕方ないんだと納得しますか?」童顔が、息がかかる距離まで寄った。「悔しいが、ここは奴がこしらえたステージです。お飾りの信号機に立ち止まってる場合じゃない。あなたが無理なら、おれがやる。だから協力してください」
(第二部 2)

「おれは倖田と、矢吹とも、そこまで親しいわけじゃない。はっきりいって顔と名前がわかる程度だ。でも、あいつらが仲間なのは間違いない。間違いないんですよ」思いが伝わってきた。仲間が傷つけられたのだ。報復を望むのは当然じゃないか。警官としてではなく、人として。等々力は黙って車を発進させた。それも同感だと、本音で思った。そして同時に、スズキとのちがいはなんなのかと、濁った疑問にとり憑かれた。
仲間じゃないから殺してもいいと考える男と、仲間の仇だから殺すのも仕方ないという思想が、等々力の中で混じり合い、落ち着かない色味を醸しだしていた。どろどろの絵の具がグロテスクな抽象画となり、その支離滅裂さは、同時にある調和を形づくって、色味と色味の狭間で自分は息を止めているのかもしれなかった。無差別殺人の絵の具と、報復の絵の具はちがう。法に照らせばおなじ違法行為でも、たしかにちがう。直感的に、そのちがいは明白に思える。だがつぶさに絵の具を、絵の具の粒のその粒まで見つめていけば、ほとんど変わらない粒子にたどり着く気もするのだった。
(第三部 1)


人といふ人のこころに 一人づつ囚人がゐて うめくかなしさ
スズキはなめらかに暗唱し、そして黙った。つづきを待ちかまえたが、スズキはぴくりとも動かなかった。その晴れ晴れとした瞳が雄弁に語っていた。出題は終わった。さあ解け ――。類家が首をひねった。清宮もおなじ気持ちだった。暗号? しかし取っ掛りすら見いだせない。ともかく調べるよりないと清宮は検索バーに文字を打ち込もうとし、同時に類家がタブレットではなく自分のスマホヘ手をのばした。「―― 啄木です」清宮の横で、伊勢が遠慮がちにいった。「それは、石川啄木の詩です。鉄幹じやありません」体温が沸騰した。石川。ありふれた苗字は、一瞬で意味を成した。この数時間で幾度も目にした二文字だ。辰馬の苗字。つまり、長谷部の別れた妻の姓。「あの母娘が」類家の身体が強張った。「おまえの動機だったのか」スズキが笑った。歯を剥き出しにしてほほ笑んだ。心から、うれしくて仕方ないという笑みだった。快感に悶える笑みだ。おぞましい、人の顔をした化け物の笑み。
(第三部 5)