あらすじ
ここにいたい。願うことも罪ですか?日本で暮らすクルド人少女の願いと闘いの物語。幼いころから日本で育ち、埼玉の高校に通うクルド人の少女サーリャは、バイト先で東京の高校生・聡太と出会う。県境を流れる荒川の岸辺で、少しずつ心を通わせていく二人。しかしある日突然、在留資格を失ったサーリャの家族は、就労を禁じられ、自由に移動することもできなくなる……。現代社会の不条理を、居場所を求めて闘う一人の少女の視点で描き、ベルリン映画祭で高く評価された映画「マイスモールランド」(2022年5月6日公開・嵐莉菜、奥平大兼出演)を監督自ら小説化した注目作。
ひと言
クルド人難民、在留資格、入管を取り扱った映画「マイスモールランド」の原作本ということで図書館で借りた。映画は東海地方のどこで上映されるのか調べたところ、東京でも一館 愛知で一館の全国で二館だけだった。映画「島守の塔」も岡崎で一館のみだったし…。私が観たいと思う映画は、採算が合わないのか なかなか観る機会に恵まれないものが多い。せめてDVDとして発売、レンタルされることを心から願います。
「これから、仮放免の準備に入ります」職員の声で、現実に生きなければいけない社会に戻される。仮放免。それが、新しい、私たちの身分だった。職員は私たちに、これから課されるルールや制限について話し始めた。
「仮放免とは、本来はここに収容される方が条件付きで外に出ることができる制度です。まず、就労、働くことは禁止です」それに続いて、居住している県外に許可なく出てはいけないこと。保険が自費になること。このルールに違反した場合、いつでも、入管に収容される可能性があることが告げられた。仮放免のために、記入して提出しなければならない申請書や誓約書などが渡された。さらに、定められた保証金を納付しなければいけないという。逃走を防ぐためのものらしく、仮放免の条件を守り、入管からの呼び出しに応じていれば、仮放免の終了時に返金される。大人はひとり、二十万から三十万くらいって聞いたことがある。子どもはそれより安いらしいけれど、そんなにうちにお金かあるんだろうか。
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私は、聡太くんに、どうしてスプレーを使ったアートを始めたのかを聞いた。「グラフィティアートに憧れてて。バンクシーって知ってる? 武器を花束に描き替えたり、メッセージの伝えかたが、すごくいいんだよ」「バンクシーつて、東京にもネズミの絵、描いたって言われてた人?」何年か前に、すごく話題になったことがあった。「そうそう。あのネズミは、バンクシーのトレードマーク。ネズミって菌を撒き散らして病気を広めて人間を困らせてきたじゃん。あのネズミは、嫌われたり、いないことにされてる日陰にいる人たちの象徴で、そういう人たちにも社会を変える力があるんだって、メッセージなんだよ。隠れてグラフィティを描くバンクシー自身でもあるらしい」聡太くんは、目を輝かせながら言葉を続けた。「なんか俺、それにすごく勇気もらって。自分のこと、ちっぽけな存在って思ってたから。だから、俺もただ楽しいってだけじゃなくて、メッセージ性のあることを描きたいと思ってる。いつかね」こんなに熱く語る聡太くんをみるのは初めてかもしれない。夢を語る聡太くんは、とても魅力的だけど、同時に、自分からはずっと遠くにいるようにも感じる。私は、その話を聞きながら、自分をバンクシーのネズミに重ねていた。
(5)
「どうしてですか? 帰ったら捕まる危険があるのに。おかしいじゃないですか。止めてください。先生、お願いです」山中先生は、しばらく考え込んでいた。私は、もう引かないつもりだった。真っ直ぐに山中先生を見つめ続けた。山中先生はふーっと息を吐くと、腹を決めたように話し始めた。
[言わないでと頼まれていたんだけど……。在留資格を失ってしまった外国人でも、日本で育った子どもにだけビザが出たケースがあるんだよ。その家族の場合はね、親のビザを諦めた代わりに、子どもにビザが出たんだ。お父さんは人管の中でそのことを知って……自分だけ帰ると言い出したんだ」「……」私は言葉を失った。山中先生の話では、そもそも日本は血統主義だから、日本で生まれても、日本人の血が流れていないと国籍が取れない。でも、あるタイ人の親子は、滞在資格を失ってしまった親が帰国することで、日本で生まれ育った子どもにのみビザが出たらしい。クルド人でも、日本の大学や専門学校に進むことができた人にだけ、留学ビザとして滞在許可が出て、そこから就職にも繋げることができた例かあるのだと。そういう例があることに希望をかけて、お父さんは自分一人で帰ることを望んでいるのか。私の頭は真っ白になった。
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