あらすじ
北海道トムラウシの山村留学から福井に帰ってきた宮下家。当時、子供たちの妄想犬だった白い柴犬ワンさぶ子が家族の一員に。三人の子供たちは、大学生高校生中学生となり、思春期真っ只中。それぞれが自分の道を歩き始めていく。しなやかに自由を楽しむ、宮下家五人と一匹の三年間の記録。


ひと言
ひとつ前の 宮下 奈都さんの「とりあえずウミガメのスープを仕込もう。」をこのブログに上げてから、先に読んだ「ワンさぶ子の怠惰な冒険」をまだ上げていなかったことに気づきました(汗)。読み終えてすぐトムラウシってどこ?と調べてしまいました。ワンさぶ子も宮下家の三人の子どもたちもほんとうに微笑ましくてとてもいいです。なんか「北の国から」の純と螢を観ているみたいでした。それにしてもすぐ下に引用した「星一徹か」は若い読者は何のことかまったくわからないだろうし、宮下 奈都さんってそんな歳!?と思わず生まれ年を調べてしまいました。


好きじゃない味のときでも、ちゃんと舐めるふりをして、ぺろっと舌を出し、チラッと私を見上げ、「ほら、食べてるでしょ?」という顔をする。そのまま残すと悪いと思うらしい。気を遣っているんだなあと思うと健気(けなげ)だ。でも、私がその場を離れると、お皿は放置される。今朝はすごく苦手な味だったらしく、後で見たらお皿がひっくり返されていた。星一徹か。
(P24 6月某日 気遣い)

夜、えちぜん鉄道に一時間近く揺られて帰る。最寄り駅の暗がりに次男とむすめが迎えにきてくれていて、それだけのことなのになんだかよくわからないけど泣きそうになった。今年の一筆啓上賞のお題ぱ「母へ」。母への手紙をたくさん読んできた後だったからなあ。 
(P84 1月某日 一筆啓上賞)

もうすぐ受験のために新幹線で上京する次男。なぜか、新幹線にゾンビが乗ってきたらどうするか、という話になった。「どうせならすぐにやられたい」私の正直な意見だ。だって、逃げたり戦ったりしたあげく結局やられるのってすごくやだ。そんなんだったら早いうちにやられて楽になりたい。「最後までやられないっていう選択肢もあるんだよ」次男が意外と前向きなことをいう。普段はわりと後ろ向きな人なのだ。まもなくの受験に向けて戦闘態勢に入ったのだろうか。むすめは、ただただ「いやー! いやー!」と叫んでいる。仮定の話だってば。いや、仮定ですらない。とりあえず日本の新幹線にゾンビが乗ってきた話は聞いたことがない。「僕は、やられるなら最後がいい」夫がいったので、理由を聞くと、「悲しむ人がいなくなってからやられたい」まさかの発言キタ。次男とむすめと思わず顔を見合わせた。悲しむ人……? 子供たちは下を向いて声を出さずに笑っている。こんなしあわせな夫に育てたのは、この私なのだ。
(P182 2月某日 ゾンビが来たら)

父の容態は落ち着いている。一週間後にセンター試験を控えた次男が東京へ戻っていき、むすめは普段通りに登校した。だんだん呼吸が荒くなってきているのがわかる。呼吸を楽にする管を入れますか、と看護師さんが聞いてくれる。見守る家族のためを思ってのことだろう。実際には父はもう苦痛を感じることもないというのに、苦しそうに見えるという見守る側の都合で、終えようとしている生命活動の邪魔をしたくはなかった。でも、少しでも楽になるならそのほうがいい。心は揺れる。ただ、もしも管を入れて呼吸が楽になったとしても、回復するわけではない。今度は心臓がもたなくなったり、弱った身体が何かに感染して熱か出たりするのだろう。何が直接の原因になるのかはわからないが、もうすぐ確実に心臓は動きを止めるのだ。どんなふうに苦しむ父を見るのもつらい。それなら、父に任せるのがいいんじゃないか、と私は思った。正解はわからない。誰かひとりでも管を入れたいといったら尊重しようと思った。母と弟と私、いちばん父に近い三人で話して、みな同じ意見だった。管は入れないことにした。全員が泣いていた。
(P260 1月某日 またね)