あらすじ
「魔法の鼻を持つ犬」とともに教え子の秘密を探る理科教師。「死んでくれない?」鳥がしゃべった言葉の謎を解く高校生。定年を迎えた英語教師だけが知る、少女を殺害した真犯人。殺した恋人の遺体を消し去ってくれた、正体不明の侵入者。ターミナルケアを通じて、生まれて初めて奇跡を見た看護師。殺人事件の真実を掴むべく、ペット探偵を尾行する女性刑事。全六章。読む順番で、世界が変わる。あなた自身がつくる720通りの物語。すべての始まりは何だったのか。結末はいったいどこにあるのか。
ひと言
次の章が上下さかさまに始まっていたり、どの章から読み始めてもよいというとても変わった本でした。途中の章から読み始めてみようかなとも思いましたが、この順に章が並んでいるのも何か意図があるのだろうとそのままの順で読みました。本のタイトルはN アルファベットで逆にしても全く同じ文字になるのは他にないのかなと関係ないようなことが気になり調べてみるとI、O、S、X、Z この中からタイトルを決めるとすればZもいいかも?ほんとうはまた違った順番で何回か読むとこの本の良さがわかるのかもしれませんがパスです。
「フォークボールつて、ほとんど落ちないらしいです」「ああ?」「フォークボールって落ちないらしいです!」風のうなりに負けないよう声を張る。「落ちるだろうがよ!」「落ちるけど、落ちてないんです!」あれは自然落下に近いのだという。もちろん少しは落ちているけれど、その軌跡はごく普通の放物線に近い。いっぽうでストレートは強い上向きの回転がかかっているから、なかなか落ちずに球が伸びる。それと比べてしまうので、逆にフォークボールのほうが、すごく落ちているように見えてしまう。「要するに、どちらかというとストレートのほうが変化球らしいです!」
(落ちない魔球と鳥)
殿沢先輩は自分の登板でチームが負けた悔しさや恥ずかしさを、あのメッセージで兄にぶつけたのだろうか。本当は死んでほしいなんて思っていなかったのだろうか。地方大会の決勝で負けたあと、兄のSNSには励ましの言葉がたくさん書き込まれていた。その書き込みは、たった一人の言葉にも勝てないものなのだろうか。勝った言葉は強くて、負けた言葉は弱いのか。勝った人は強くて、負けた人は弱いのか。殿沢先輩からあのメッセージが送られてこなかったら、本当に兄は死ななかったのか。父や母は、いつかまたちゃんと言葉を発するようになってくれるだろうか。僕は友達といっしょに笑えるようになるだろうか。残された家族が音もなく壊れてしまうことを、兄は少しくらい予想しただろうか。火葬場で棺にグローブを入れさせてほしいと、母は係の人に頼んだ。でも断られ、子供みたいに口をあけて泣いた。そんな光景を、兄は死ぬ前に想像していただろうか。どうして僕に何も言ってくれなかったのだろう。漁港でボールを投げつづけても、カモメにパンを食べさせても、びちょびちょの身体で千奈海さんと話しても、何ひとつわからない。いつか本当に肘が壊れても、きっとわからない。
(落ちない魔球と鳥)
数ある日本の昔話の中で、ハーン(ラフカディオ・ハーン)が最も愛したと言われる、浦島伝説について書かれたエッセイだ。あの昔話の結末で、浦島は竜宮城から村へ戻る。すると村では長い時間が経っており、すべてが変わり果て、かつてあった森も神社も人々も消えている。哀しみにくれた浦島は、乙姫から渡された玉手箱を開ける。絶対に開けてはいけないと言われていたその蓋に手をかけてしまう。そしてつぎの瞬間、彼の歯はこぼれ、顔は皺に覆われ、髪は白く変わり、手足が萎え ―― 浦島は力なく砂浜に座り込む。この結末を聞き、人々は浦島に同情する。しかしハーンは、はたしてそれは正しいのだろうかと自問する。神の現身(うつしみ)である乙姫と、長く幸せな時間を過ごしたというのに、浦島は約束を破った。それがいったい同情の対象になり得るのだろうかと。ハーン曰く、この疑問は西洋的な考えに根ざしているのだという。西洋においては、神に従わなかったあかつきには、安らかに死ぬことなどとうてい許されず、哀しみの絶頂の中を生かされつづけることになるからだ。浦島が玉手箱を開けたのは、はたして正しい行いだったのだろうか。神も仏もろくに信じていない私にはわからない。しかし、一つだけ確かなのは、もし最後にあの箱を開けなければ、浦島伝説がこんなにも長いあいだ語り継がれはしなかったということだ。
(笑わない少女の死)
これこれこういう犬や猫がいなくなったって聞けば、そいつらがいそうな場所も頭に浮かぶ。どうしてわかるのかは上手く説明できねえけどな。なんていうか、自転車に乗れはするけど、どうやって乗ってるのか人に訊かれても上手く説明できねえのと似た感じで。
(眠らない刑事と犬)