あらすじ
小学1年の時の夏休み、母と二人で旅をした。その後、私は、母に捨てられた。ラジオ番組の賞金ほしさに、ある夏の思い出を投稿した千鶴。それを聞いて連絡してきたのは、自分を捨てた母の「娘」だと名乗る恵真だった。千鶴が夫から逃げるために向かった「さざめきハイツ」には、自分を捨てた母・聖子がいた。他の同居人は、娘に捨てられた彩子と、聖子を「母」と呼び慕う恵真。四人の共同生活は、思わぬ気づきと変化を迎え、記憶と全く違う母の姿を見ることになって。

ひと言
元夫からDV、自分を捨てた母の若年性認知症。読んでいて、ここまでの不幸を描く必要があるのか、どうして元夫に対してもっと毅然とした態度がとれないのか とヤキモキしながら読み進めましたが、最後約30頁をより感動的にするためだったんだと納得。重苦しい中に、52種類のクジラクッキーやうそっこバナナサンドの記述も思わず微笑ませてくれます。2022年の本屋大賞にもノミネートされている本作品ですが、2年連続受賞ってあるのかなぁ。ひょっとしてあるかも?!と思わせてくれるような作品でした。


廊下の光を背にした結城さんの笑顔が、ほんのり浮かび上がる。「親に捨てられて苦しんできた。なるほどなるほど、大変だったかもしれないね。でも、成人してからの不幸まで親のせいにしちゃだめだと思うよ」にこにこと言われて、かっとする。芹沢さんが、わかしより先に唸った。「あんた、千鶴さんのこれまでの事情とか、何にも知らないでしょ。なのに、そういう言い方しないでくれないかな」「そりゃ知らないけど、知ってても言うよ。不幸を親のせいにしていいのは、せいぜいが未成年の間だけだ。もちろん、現在進行形で負の関係が続いているのなら話は別だけど、彼女に関しては、そうじゃないだろ。こうして面倒見てもらってるわけだし」結城さんはわたしに向かって、「自分の人生を、誰かに責任取らせようとしちゃだめだよ」と続ける。子どもを諭す、そんな口ぶりだった。「だいたい、何十年も前のことをいつまで言うつもりでいるの? まさかおばあちゃんになっても、聖子さんの墓の前あたりでぐちぐち言うわけ? だったら逆に感心するかな。すごい執念だ」「ばかにしないで!」思わずペットボトルを投げつけると、結城さんではなくドアにぶつかった。しかし彼は少しも動揺せず、それどころか「元気そうで何よりだ」とふてぶてしく言う。「結城さんは、親は子どもを捨ててもいいって言うんですか? 子どもの、傷ついた心はどうなるんですか。捨てられた事実が心を歪めて、それが人生を左右した。わかしはそうだった。それは、非難されるべきじゃないですか!?」「だから、そういうのは十代で整理しておけって」結城さんが呆れたように口の端を歪めた。「せめてこの二十代の間でどうにかしたほうがいい。いい加減、やめな。ていうか君、あんまりにも幼稚すぎるんだよ」転がったペットボトルを、結城さんが拾い上げる。君の言う『捨てられた歪み』ってのがそれかもしれないけど、君自身の怠慢でもあるよ。母親のせいにして思考を停止させてきたんだろうなあ。それを誰も指摘しなかったってのは、まあ不幸ではあるかもな。可哀相に。ばん、と激しい音がした。それはドアを殴りつけた音で、殴ったのは、いつの間にかわたしの傍からいなくなっていた芹沢さんだった。「そういうの、いちいちここに来てまで言わなきゃいけないこと? ひとの傷を抉(えぐ)りに来ただけなら、どっか行って」「お前、怒るところ違うだろう」結城さんがため息をついた。「自分を軽んじられたところで、怒れよ。タイミングが違う。ねえ、千鶴さん」わたしを見た彼の顔から、さっきまで張り付いていた笑みが消えていた。「君がさっき恵真に言ったことは、弱者の暴力だ。傷ついていたら誰に何を言ってもいいわけじゃない。自分の痛みにばかり声高で、周りの痛みなんて気にもしないなんて、恥ずかしいと思えよ」そんなところから、聞かれていたのか。ぐっと唇を噛む。「……言いすぎた、って思って、ます。だから、それは謝った、じゃないですか」「あれは自分がみっともないって気付いただけの、取り繕いだったろ。それくらい、自分で分かるんじゃないの? 君ね、そういうところがダメなんだと思うよ。ひとには誠意だの何だの求めるわりに、自分にはない」結城さんの目は、明らかにわたしを軽蔑していた。「情けないひとだね、ほんとに」彼はいま全身でわたしに呆れ、憐れんでいる。それが嫌と言うほど分かって、からだが辣んだ。彼の前から逃げだしたい気持ちと、感情のまま怒鳴りたい気持ちがせめぎあっている。
(3 追憶のバナナサンド)

…… それとね、ママの最後の声が、忘れられないんだ」「最後の声?」「岡崎たちに襲われたとき、ママがあたしたちに言ったじゃん? いきなさいって。あれ、もちろん『逃げなさい』っていう意味の『行きなさい』なんだろうけどさ。なんか、『生きなさい』って言われた気がしてたんだ。こんなトラウマ乗り越えて、生きなさいって」恵真が母を見る。わたしも、その気持ちはとてもよく分かった。あの言葉があったから、わたしは弥一に立ち向かえたのだ。きっと、恵真の解釈は間違っていない。「ママがよく言ってたことも、やっと理解できた。あたしの人生は、あたしのものだ。誰かの悪意を引きずって人生を疎かにしちゃ、だめだよね」恵真の言葉に、はっとする。それはあのときわたしも叫んだもので、そして遠い昔、母が父に伝えた言葉だ。あのときの母を憎んだこともあったけれど、いまは素直に、受け入れられる。きっと、生半可な気持ちで口にしたわけではない。口にすることで己を奮い立たせる、自分のための言葉。前に進むための言葉だ。
(6 見上げた先にあるもの)

「それで、お母さんは何をしているの?」写真を写真立てに戻しながら訊くと、写真なしでも手を動かし始めた母が「わんぴーす」と短く返してくる。「ワンピース? 作ってるの?」頷いて、母は手を動かす。言われてみれば、手つきは運針のそれなのかもしれない。「そっか。ワンピース、好きだもんね」「てぃもての」意味がよく分からない。けれど母は、少しだけ嬉しそうに口角を持ち上げた。最近の母は、よく微笑む。まるで、喜怒哀楽の喜と楽しかないようだと言ったのは恵真だった。穏やかで嬉しそうで、楽しそうでいいな。もちろん、昔みたいに豪快に笑ってほしいけど、ぶりぶり怒って怒鳴ってほしいけど、でも苦しんでないんだから、いいよね。いまの母を眺めていて、あらためて恵真の言う通りだなと思った。
認知症というのは、記憶や感情を自身の奥底にある海に沈める病気だ。本人さえも、その水面は簡単に掬えなくなる。いまの母は何をどれだけ掬い取れるか分からない。ならばせめて、その手に掬い取れるものが星のようにうつくしく輝きを放つものであればいい。悲しみや苦しみ、そんなものは何もかも手放して、忘れてしまって構わない。きらきらした星だけを広げ、星空を眺めるように幸福に浸っていてほしい。その星々のひとつに、わたしとの記憶もあったら嬉しいなと思う。「ばーびーがよかったのにねえ」ふいに母が言い、わたしは小首を傾げる。そして、はっとした。幼稚園に通う前、祖母から買ってもらった着せ替え人形がほしかったバービーではなくて、泣いたことがあった。そうだ。祖母がくれたのは、ティモテたった。「覚えてるの、お母さん」声が急く。覚えているわけがない。わたしだって忘れ去っていた、遠い昔の話だ。母が小さく顎を引いた。頷いているのだ。「ひまわりがらの、わんぴーすをつくろうね。とってもかわいいものになるわ」鳥肌が立った。そうだ、これじゃないのにと泣くわたしに、母はワンピースを縫ってくれた。『ティモテとお揃いにしたら、きっとティモテも好きになるわ。ほら、とっても可愛い』ああ、思い出した。鮮やかな黄色のワンピースはティモテには似合ったけれど、わたしの普段着にしては派手すぎて、祖母たちはあまりいい顔をしなかった。そして、着なれない柄が恥ずかしかったわたしは、ワンピースに一度も袖を通さなかった。あの柄はきっと、母の……。「ありがとう、着るよ。そうだ。お母さんもお揃いにしようよ。きっと似合うよ」言うと、母がはっと顔を上げた。わたしを見て、それから頬を染めて微笑んだ。「私も、そうしたいなあっておもってたの」泣きそうに、なった。いま、母が掬い上げた過去の小さな星が、わたしの手に残った。ああ、なんだ。奇跡って、起きるんじゃないか。こんなにも、簡単に。声が潤みそうになるのを堪え、やわらかい表情の母に言う。「きっとこれからも、お母さんは記憶の海を掬うんだよね。そしたらさ、どんなものを掬い上げたか、わたしに話してよ」ときには、星ではない哀しい記憶、辛い記憶を掬うときもあるだろう。わたしはそれでも教えてほしいと思うけれど、母が嫌なら、無理に聞こうとはしない。いまみたいに、うつくしい星を一緒に眺められたら、分かち合えたら、それでいい。「いまやっと、わたしたちは互いを傷つけあわないでいられる母娘になれたんだと思う。だから、これからも傍にいさせてね。もちろん、お母さんの大事なところには、決して触れない。お母さんの尊厳を踏みにじることはしない。安心して」言葉を重ねすぎたのか、母は不思議そうな顔をしたけれど、頷いた。それから再び手を動かし始め、視線を落とす。
(6 見上げた先にあるもの)