あらすじ
さみしさは消えない。でも、希望は、ある  かぞえきれないものを、ときどき見たほうがいい。ぼくたちは皆、また間違えてしまうかもしれないから ―― 「送り火のあとで」 亡くなった母を迎えるお盆、今年は新しい「ママ」がいる。ぼくと姉の揺らぐ気持ちは……。 「コスモス」 ミックスルーツのリナはお母さんと二人暮らし。友達からは、「日本人っぽい」とも「日本人離れ」とも言われて――。  「かえる神社の年越し」 なかったことにしたいこの一年の切ない願いを託されて、神社の「かえる」たちは年を越す。 「ウメさんの初恋」 もう先が長くないというひいおばあちゃんのウメさん。彼女のおひなさまと戦争の話を聞いた私は……。他 全11篇


ひと言
年末もこれぐらいの時期になると、今年最後の一冊は何にしよう。と図書館での本選びも難しくなってきます。今年は私の好きな重松 清さんの、それも新刊本を借りることができました♪。鬼退治の桃太郎の「花一輪」は重松さんにしてはちょっと異色な感じでしたが、「ウメさんの初恋」はやっぱり泣かされっぱなしでした。「送り火のあとで」もよかったなぁ。

なぜだろう。なぜおれたちは律儀に、愚直に、ひっくりかえるのだろう。なぜ善男善女はおれたちのようなかえるに、できるはずのないことだとわかっていながら、願いを託すのだろう。祈るとはなんだろう。願うとはなんだろう。人間はなぜ、祈ることや願うことや信じることを覚えたのだろう。わからない。でも、わからないまま、おれたちはひっくりかえる。心を込めて、一所懸命にひっくりかえる。今度ぜひ見に来てほしい。短冊に願いごとを書いてほしい。大晦日に社務所の前に行列をつくってくれたら、元日の夜明けに本殿の前に人込みをつくってくれたら ―― それが許される日が来るのなら、おれは張り切って、二回ひっくりかえってもいいぞ。いよいよ順番が来た。神職がおれのそばにしゃがみ込む。二〇二〇年。まるごと消すか。消えないよ。ぜんぶなかったことにするか。できないよ。それでも、消したいよな。なかったことにしたいよな。心を込める。神職が右手の親指と人差し指でおれの腹を左右からつまんで、短冊から持ち上げる。心を込める。神職がおれの体をくるっと回す、と同時に左手で短冊を素早く裏返す。裏返された短冊の上に、元の這いつくばった姿勢になったおれが載る、と思う間もなく、神職の手はさらに素早く、おれをもう一度仰向けにする。ここだ。おれは万感の思いを込めて、ひっくりかえる。消えろ消えろ消えろ、二〇二〇年。なくなれなくなれなくなれ、二〇二〇年。神職はおれが背に敷いた短冊を抜き取り、巫女の捧げ持つお盆に載せる。そして再び仰向けになったおれをつまんで、もう一人の巫女のお盆に載せる。
(かえる神社の年越し)

宿題が終わると、教科書やノートを片づけて、おだいりさまと向き合った。おでこがぶつかりそうになるぐらい顔を近づけて、おだいりさまの消えかかった目鼻をじっと見つめた。ウメさんのお父さん、三人のお兄さん ―― 顔立ちが似てるとか似てないとかを超えて、おだいりさまは「みんな」なんだな、と素直に納得できた。おだいりさまをギュツと握りしめて、炎のたちのぼる夜空を見上げる、わたしと同い年の女の子のことを、思う。怖かったよね、心細くて、つらくて、寂しかったよね。でも、生きててよかった。おだいりさまがウメさんを守ってくれた。お父さんや三人のお兄さんが守ってくれた。絶対にそうだよね、と決めた。「ありがとうございました」つぶやいて、頭をぺこりと下げた。おだいりさまの細い目は、わたしではなく、もっとずっと遠くのなにかを見つめているようだった。
(ウメさんの初恋)

「コウキくんは『星の王子さま』というお話を知ってるか?」「……はい」「読んだこと、あるかな」「五年生の夏休みに」[じゃあ覚えてるかな、ラスト近くの場面、王子さまが語り手の『ぼく』にお別れを告げるところなんだけど」「ごめんなさい……なんとなくしか」「いいんだ、ふつうはそうだ。俺は特に好きだったから、覚えた。それだけだ」おじさんは笑って目をつぶり、その一節をそらんじた。「……ぼくは、あの星のなかの一つに住むんた。その一つの星のなかで笑うんだ……」 あ、そうだ。それだ。思いだした。細かい言い回しまではわからなくても、王子さまは確かに、お別れにそんなことを言っていたのだ。「……だから、きみが夜、空をながめたら、星がみんな笑ってるように見えるだろう……」おじさんは目を開けた。「かぞえきれない星のどれか一つに大切な友だちがいるんだと信じていたら、すべての星が好きになる。そうだろう?」ぼくは黙ってうなずいた。「今日は会えなくても、明日、会えるかもしれない。明日会えなくても、あさって会えるかもしれない。星はかぞえきれないんだ。最後の一つまでかぞえきったと思っていても、その次の星が、あるんだ」おじさんはぼくをじっと見て、言った。「それを希望っていうんじゃないのかな」ぼくはまた、黙ってうなずいた。なにか応えたほうがいいのはわかっていても、言葉で伝えようとしても、絶対に伝えきれないものがあるんだと思う ―― かぞえきれない星と同じように。
(かぞえきれない星の、その次の星)