あらすじ
仙台市の保健福祉事務所課長・三雲忠勝が、手足や口の自由を奪われた状態の餓死死体で発見された。三雲は公私ともに人格者として知られ怨恨が理由とは考えにくい。一方、物盗りによる犯行の可能性も低く、捜査は暗礁に乗り上げる。三雲の死体発見から遡ること数日、一人の模範囚が出所していた。男は過去に起きたある出来事の関係者を追っている。男の目的は何か? なぜ、三雲はこんな無残な殺され方をしたのか?誰が被害者で、誰が加害者なのか──。怒り、哀しみ、憤り、葛藤、正義……この国の制度に翻弄される当事者たちの感情がぶつかり合い、読者の胸を打つ!
ひと言
10月1日から公開された「護られなかった者たちへ」の原作本で、運よく借りることができました。この本を読んで、映画の配役 利根 泰久(佐藤 健) 笘篠 誠一郎(阿部 寛) 遠島 けい(倍賞 美津子)の役者さんを見ると、とても原作通り想像していた通りの配役で映画も観てみたいなぁと思いました。
「二〇〇六年五月、厚労省は全国の福祉保健事務所の所長を集めて会議を開きました。席上で示されたのは各自治体間での生活保護利用率の比較です。人口や産業構造が同等な自治体を比べ、保護率が高い自治体は怠けていると名指しでこき下ろすんです。要するに吊るし上げ大会ですよ」社会保障費の増大を警戒する厚労省ならそれくらいのことはするだろう。苫篠はその点に関して納得する。「その会議で優秀だと評価されたのが北九州市です。ご存じかも知れませんが、翌二〇〇七年にはこの北九州市から『おにぎりを食べたい』と書き残して餓死した男性のケースが明らかになりました」初耳だったので驚いた。つまり餓死者を出した自治体を厚労省が優秀だと評価したことになる。「ところがそれで厚労省の対応が変わった訳ではなく、相変わらず受給者数を抑制しろの一点張りです。もちろんわざと餓死者を出そうなんてつもりはありませんが、我々関係者の脳裏にはいつも二〇〇六年の会議で北九州市が評価された事実が残っています」「……それがまともな行政機関のあるべき姿とお思いですか」
(三 貧者の死 3)
「ちゃんと診てもらうよ。それよりひと晩泊めてもらったのと夕飯ご馳走してくれたお礼なんだけど……」最後まで言わせてもらえなかった。
「ああ、もう最近の若いヤツってのは人の厚意までカネで返そうっていうのかね」「いや、そんなつもりは」 「人から受けた恩は別の人間に返しな。でないと世間が狭くなるよ」「どういう理屈だよ」 「厚意とか思いやりなんてのは、一対一でやり取りするようなもんじゃないんだよ。それじゃあ お中元やお歳暮と一緒じゃないか。あたしやカンちゃんにしてもらったことが嬉しかったのなら、あんたも同じように見知らぬ他人に善行を施すのさ。そういうのが沢山重なって、世の中ってのはだんだんよくなっていくんだ。でもね、それは別に気張ってするようなことでも押しつけることでもないから。機会があるまで憶えておきゃあ、それでいい」利根はしばらくけいの顔を眺めていた。「……何だよ、呆けたような顔で人を見て」「そんなこと、初めて言われた」 「きっと口うるさい大人が身近にいなかったんだね。あんたの母ちゃんはあたしよりも無口か、息子に甘かったんだね」
(四 家族の死 1)
「……復讐をやめたらやめたで、手前ェのどこかがおかしくなるっていうのか」「俺なんかが言えた義理じゃないですけど、犯罪被害者の遺族なんてそうじゃないですか。犯人が逮捕されたところで失ったものが返ってくる訳じゃない。だけど犯人を赦す訳にもいかない。赦したら、自分が大切にしていたものを忘れることになりそうで辛いんですよ」
(五 恩讐の果て 3)
『護られなかった人たちへ ……。……。現在の社会保障システムでは生活保護の仕組みが十全とはとても言えません。人員と予算の不足、そして何より支給される側の意識が成熟していないからです。不正受給の多発もそれと無関係ではありません。声の大きい者、強面のする者が生活保護費を掠め盗り、昔堅気で遠慮や自立が美徳だと教え込まれた人が今日の食費にも事欠いている。それが今の日本の現状です。そして不公平を是正するはずの福祉保健事務所職員の力はあまりに微力なのです。最前線で働いていながら、わたしも力及ばないことが多々あり、情けなくなります。正直言って、この体たらくがいったい誰の責任で、どこをどう改革すれば解決できるのかも明言できません。わたしの不甲斐なさから、まだ何人もの生活困窮者が苦境に取り残されたままです。でも、ほんのわずかですが言えることもあります。
護られなかった人たちへ。どうか声を上げてください。恥を忍んでおらず、肉親に、近隣に、可能な環境であればネットに向かって辛さを吐き出してください。何もすることがなくて部屋に閉じ寵もっていると自分がこの世に一人ぼっちでいるような気になります。でも、それは間違い
です。この世は思うよりも広く、あなたのことを気にかけてくれる人が必ず存在します。わたしも、そういう人たちに救われた一人だから断言できます。あなたは決して一人ぼっちではありません。もう一度、いや何度でも勇気を持って声を上げてください。不埓な者が上げる声よりも、もっと大きく、もっと図太く』 円山の発信したメッセージは事件の報道と相俟って広く拡散され、世間に一石を投じる結果となった。
(五 恩讐の果て 5)
