あらすじ
従順な妻と優秀な娘にめぐまれ、完璧な人生を送っているように見える大澤正樹には秘密がある。有名中学に合格し、医師を目指していたはずの長男の翔太が、七年間も部屋に引きこもったままなのだ。夜中に家中を徘徊する黒い影。次は、窓ガラスでなく自分が壊される。「引きこもり100万人時代」に必読の絶望と再生の物語。
ひと言
関心のある8050問題を取り扱った小説ということで、図書館に予約を入れてやっと借りることができました。内容もおもしろく、読みやすくて一気に読み進みましたが、第一章以降は、ある意味8050問題なのかもしれませんが、これはいじめ、引きこもりを取り扱った本で、8050問題から離れていくような感じが否めません。最後の最後で「このまま五十のおっさんになったら、サイテーじゃん……」と8050問題に戻したような書き方になっていますが……、「小説8050」というタイトルで、この本を買ったり、図書館に予約したりという人もいると思うので、このタイトルはちょっとどうかなぁ……。
「やっぱり、おじいちゃん、おばあちゃんのお葬式って、孫がちょろちょろしていて、こらっ、なんて怒られて、にぎやかなのがいいわよね ―」節子は栃木の出身である。正樹は妻の身内の、幾つかの葬式を思い出した。確かに近所の人たちに加え、小学生や幼児の孫が行儀悪くあちこち走りまわっていた。が、あれは確かにいい
光景であった。新しい生命体はキラキラと光輝やいていて、死んでいったものの命を引き継いでいくのを、はっきりと見たような気がした。
(第一章 はじまり)
「何とかならないから、こんなに社会問題になってるんじゃないの」由依はピンク色の唇を思いきりゆがめた。「ほら、8050よ。知ってるでしよ。親が八十歳になっても、子どもは五十歳でパラサイト
している。引きこもりのまま中年になっているのよ。おっそろしい話よね。親の年金をあてにして生きてる。たいていが男よ。五十になっても、就職も結婚も出来ない、小汚ないさえない初老のオヤジになってくのよ」こんなに口がまわる娘だったかと、正樹は唖然と見ている。「どうしてかわかる? 親が甘やかして育てるからよ。今の世の中、女の方がずっと厳しく育てられてるわよね。女だからちゃんと勉強しなさい。一人で生きていける人になりなさいってね。……。
(第一章 はじまり)
「どうして進学しないならせめて働け、って言わないの。どうしてうちから追い出さないの」そしてつけ加える。「うちの娘が同じことしたら、私なら出てけーって蹴とばしてやるわ」引きこもりと縁のない子どもを持つ親は、必ずこう言うのだ。私ならもっと強気に出る、子どもをそんなに甘やかしたりしないと。しかしいったいどんな親が、いきなり子どもを外に追いやることが出来るだろうか。もう頼る人がいないからといって、一人発奮して日雇いにでも行くと思っているのか。親に捨てられたことに絶望して、自殺するかもしれないのだ。その前に犯罪に巻き込まれる可能性もある。だいいちそんな強い人間に育てなかったことは、親がいちばん知っている。外で死なれることを怖れて、ずっとうちの中で好きにさせてきたのだ。そして息子は二十歳になった。
(第一章 はじまり)
「ご存知だと思いますが、今はかなりの大学がAO入試を導入しています。芸能人がやたら名門私大に入れるのもそのためです。これには、引きこもりをした塾生というのはとても有利なんです。うちでは小論文の書き方と面接を徹底的に教え込みます。わかりますか。自分はこうやって立ち直った、つらい体験をした自分だからこそ、ここで学び、いずれは社会の役に立ちたいのだと。これでコロッといかない試験官はいませんよ。わかりますか。うちは引きこもりを、有利な材料に変えてみせるんです。こんなことが出来るのはうちだけなんです」夫婦は同時に頷いた。節子の喉がごくっと鳴っているのがわかる。ここよ、そうよ、ここなのよ、私たちが探していたのは。喉がそう語っているようだ。
(第一章 はじまり)
「だけど翔太君は、その時もまた弱気なところを見せたようです。悪ふざけでやったことだから、先生には黙っててくれって言ったそうです」「まさか……」「どうしてそんな極限状態までいっても黙っていたかですか? 僕はやっぱり親に知られたくなかったからだと思います。あの、僕は今サークルのボランティアで、時々学童支援の勉強見てます。その子たち見ててわかります。小学生ならともかく、中学生ともなると、いじめられたことを、絶対親には言いません。言ったりすると、自分の存在がガラガラと崩れてしまうような気がするんですよね」「まるでわからないよ。どうして親に相談してくれないのか」「たぶん、プライドっていうのと、それからいじめられている世界と、家庭での世界を重ねたくないんじゃないでしょうか」いかにも彼は文学青年らしい言い方をした。「うちの中は平穏で変わりないものであって欲しい。そのために、こちら側のイヤな世界は自分の力で食い止める、って思うんじゃないでしょうかね」
(第一章 はじまり)
「……。自殺する子がいますよね、いじめられて。僕はそういうニュースを聞くたび、かわいそうだけど、ちっともわかってないんだなあってせつなくなります。死んだ子は、自分をいじめた子たちは、このことで一生世間から責められ、罪人として一生過ごすに違いないって考えるはずです。でも違うんですよ。いじめた子は、未成年だから名前が出ることもありません。その時は泣くぐらいのことはするかもしれないけど、すぐに忘れます。そして学校出て大人になって、いじめた子のことなんか、どこか遠くへいくんですよ。そしてのうのうと、ふつうに生きてくんです」
(第一章 はじまり)
