あらすじ
夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。「秘密」を抱えて出戻ってきた姉とふたたび暮らす高校生の弟。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族。人知れず手紙を交わしつづける男と女。向き合うことができなかった父と子。大切なことを言えないまま別れてしまった先輩と後輩。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作集。

ひと言
第165回の直木賞候補作が発表され、Amazonのカスタマーレビューを参考に図書館に予約を入れました。残念ながら受賞とはなりませんでしたが、本屋大賞の候補には間違いなく入ってくる作品だと思います。スモールワール(ズ)、 複数形なのもいいね。 6編それぞれ面白かったですが、「魔王の帰還」が一番印象に残りました。


「姉ちゃん」「誰にも言うな」「言わねえけど……どうすんの?」「分からん」途方に暮れた、魔王にあるまじき声だった。「管につながれて、まぶたも動かせん、声も出ん、そんな姿を見られとうないって言われたんじゃ。元気な姿だけを覚えていてほしい、それが一生のお願いですって言われたら、わしゃどうすりゃあええ。……いつか新しい薬やらかできて治るかもしれん、言うたら、奇跡の話をするな、って、勇が怒ったんよ。初めて、わしに。その希望に僕は耐えられないゆうて、泣いた。自分か、なーんの覚悟もなくて、勇の苦しさなんぞいっこも分かってやれとらんかったのが恥ずかしゆうて悔しゆうて、わしは……」泣いてはいない、けれど魔王の広大な背中が初めて頼りなく見えた。
(魔王の帰還)

―― そもそも、SBSつていう概念自体が疑問符だらけなんですよ。紹介された医師は、瑛里子に分かりやすく説明してくれました。―― いわゆる「三徴候」っていうのがありまして、硬膜下血腫、眼底出血、脳浮腫、これらが見られる場合はSBSを疑ったほうがいいと。そしてこの三徴候は、三メートルぐらいの高さから落ちない限り生じない、だから、第三者が人為的な力を加えた可能性が高いという基準があるんですが、百パーセントではありません。虐待の結果三徴候を示したからといって、三徴候のすべてが虐待の結果とは言えないわけです。赤ちゃんの頭蓋骨はとてもやわらかいので、畳やプレイマットの上で転倒しても乳幼児型急性硬膜下血腫に陥るケースは十分考えられます。アメリカでは、SBS理論を基に虐待とみなされた刑事事件のうち約一割が起訴の取り下げや有罪判決の破棄などに至ったという報道もありますから。
(ピクニック)

帰宅後に苦情を申し立てたが「イメチェンに気づいてもらえてよかったじやん」と笑い飛ばされた。他人事だと思って。「冗談じゃない、あんな恥かかされて、もういやだからな」「それで元に戻したら戻したで言われんじゃね」「ならどうしろって言うんだ!」「それは先生が決めんだよ」佳澄は噛んで含めるように言った。
「時間かけんのだるいって思ったらやめればいいし、今の自分を続けたいんならやればいい。ただ、生徒に笑われたからっていうのはNGな。あいつらがあんなこと言ったせいだってなっちゃうだろ。理由とか原因を他人に紐づけてると人生がどんどん不自由になる」
親と子が逆転したみたいだ。どうしても素直に頷けず「言われた事実は変えられない」とむきになって言い返してしまう。年とともに喜怒哀楽が硬直化してくるのか、感情のブレーキや方向転換がままならないことが最近増えた。
(愛を適量)