あらすじ
「死んだ人のことなんか知らない。あたしは、誰かの代わりに生まれてきたんじゃない」ある殺人事件で絡み合う、容疑者そして若き刑事の苦悩。どうしたら、本当の家族になれるのだろうか。閑静な住宅街で小さな喫茶店を営む女性が殺された。捜査線上に浮上した常連客だったひとりの男性。災害で二人の子供を失った彼は、深い悩みを抱えていた。容疑者たちの複雑な運命に、若き刑事が挑む。

ひと言
一時期に比べて少しは借りやすくなりましたが、まだまだ大人気の東野 圭吾さん。やっと「希望の糸」を読むことができました。従兄弟の松宮脩平が主人公ですが、やっぱり加賀恭一郎シリーズは面白いです。ただ芳原真次の設定はもちろん必要なのだが、芳原正美と森本弓江の関係は話題の「LGBT」も盛り込みたいと考えたのかも知れないが必要ないように思えました。


おそらく萌奈の中では、いろいろな思いが溜まっていたのだろう。生まれた時から身代わり ―― 悲しくて重たい言葉だ。確かに彼女は、行伸と怜子が悲しみから立ち直るために作った子供だった。実際彼女のおかげで、前向きに生きていこうと思えた。だが萌奈自身はどうだっただろう。両親や先に生まれた子供たちの悲劇など彼女には関係がない。それなのに物心つく前から、大きな重荷を背負わされていた。会ったこともない姉や兄の話をされ、彼等の分まで生きてほしいと懇願された。
考えてみれば、心に負担がかからないはずがなかったのだ。だが萌奈は決して態度には示さなかった。優しい子だから、親の期待に応えなければならない、きちんと自分の役目を果たさなければならないと思い続けてきたに違いない。しかし忍耐には限界がある。溜め込んでいたものが爆発したのが、あの日だったのだ。
(7)

「自分の本当の親は別にいると知ることは、本人にとって幸せなことだろうか。真相を知っている者は、本人に教えてやるべきだろうか」
加賀は少し黙ってから口を開いた。「おまえはどうなんだ? 父親の話を聞いて、どう思った?」「正直なところ、よくわからない。知らないままでいたほうが気が楽だったという思いがある一方で、知ってしまった以上は、とことん本当のことを確かめたいという気持ちも強い。複雑だよ。はっきりしているのは、決して小さな出来事ではない、ということだ。人によっては、そのことで人生が左右されるかもしれない」「もちろんそうだろうな。それで? 何かいいたい?」「だから思うんだ。他人の秘密を暴くことが常に正義なんだろうかって。親子関係に関わることなら尚更だ。警察に、そんな権利があるんだろうか。たとえ事件の真相を明かすためであろうとも」
(23)

松宮は遠い記憶を辿った。見知らぬ男性とのキャッチボール ―― そんなことがあったような気もするが、はっきりしない。そういえば、と克子が続けた。「この糸は離さないっていってたな」「糸?」「たとえ会えなくても、自分にとって大切な人間と見えない糸で繋がっていると思えたら、それだけで幸せだって。その糸がどんなに長くても希望を持てるって。だから死ぬまで、その糸は離さない」「希望ねえ……」松宮は、間もなくこの世を去るという人物に思いを馳せた。その人物は病床で、今も遠く離れた地に住む息子のことを思い、希望を抱いているのだろうか。
(27)

「いろいろと嫌な思いをさせてしまったけれど、萌奈のためにどうするのが一番いいのか、お父さんなりに考えた末のことなんだ。絶対に傷つけたくなかった。何としてでも萌奈には幸せになってほしいんだ。どうしてかっていうと――」少し考えてから続けた。「萌奈のことが大好きだからだ」 ……。……。
それより、と彼女は続けた。「最後にいってくれた言葉だけでいい。とりあえず、今は」「最後に?」「萌奈、それが聞きたかったから」 行伸は自分が発した言葉を振り返り、はっとした。娘が何を求めていたのか、ようやくわかった瞬間だった。やっぱり俺は馬鹿な父親だな、と思った。そして、「とりあえず、今は」と萌奈が付け足したことも忘れてはならないと肝に銘じた。
(28)