あらすじ
全五編すべての主人公が小学生という、初の試みの短編集。ソクラテスといえば「無知の知」。では、「逆ソクラテス」というと……。逆境にもめげず簡単ではない現実に立ち向かい非日常的な出来事に巻き込まれながらもアンハッピーな展開を乗り越え僕たちは逆転する。敵は、先入観。世界をひっくり返せ!
(2021年本屋大賞 第4位)
ひと言
伊坂幸太郎デビュー20年の集大成。そうきたか…。というような本でした。読みやすく、伊坂作品としては、自分の中では上位にくるような本でした。本屋大賞4位も納得!
「完璧な人間はいるはずないのに、自分は完璧だ、間違うわけがない、何でも知ってるぞ、と思ったら、それこそ最悪だよ。昔のソクラテスさんも言ってる」「ソクラテス?」「『自分は何も知らない、ってことを知ってるだけ、自分はマシだ』って、そう言ってたらしいんだ」「自分は? 知らないことを知ってる?」安斎の言葉は、早口言葉にしか聞こえず、慌てる。「ようするに、何でも知ってるって思ってる奴は駄目だ、ってことだよ」「ソクラテスって、プラトンの先生だったんだっけ」佐久間が言う。「うん、そうだよ」「じゃあ、先生という意味では、久留米先生がソクラテスだ」「草壁、それは違う、さっきも言ったように、ソクラテスさんは、自分が完全じゃないと知ってたんだから。久留米先生は、その反対だよ。逆」「そうか、逆か」草壁は真面目に答えていた。「だから」安斎がはっきりとした声で言う。「ここで俺たちが、久留米先生の先入観をひっくり返すんだ」 「先入観ってどういう意味?」草壁が訊ねると、安斎は、君が答えてあげなさい、と言わんばかりの目で、僕を見た。「決めつけのことだよ」と僕は、さも常識であるかのように説明した。
(逆ソクラテス)
「ほら、先入観っていうのはさ、答えがはっきり出ないものに、大きな影響を与えると思うんだ。数字で結果が出ないもの。逆に言えば、俺たちが仕掛けやすいのも、そういう曖昧なところなんだ」
(逆ソクラテス)
「みんなに覚えていてほしいことは、人は、ほかの人との関係で生きている、ってことだ。人間関係にとって、重要なことは何だか分かる?」「お歳暮?」と言ったのは福生だった。彼は真剣だったのかもしれないけれど、みながどっと笑った。少し、肩やお腹から力が抜けた。緊張していたのだと気づく。「お歳暮、それもひとつ」久保先生がそんな風に軽快に、僕たちに言い返すのも初めて見た。「でも、あいつはいい人に見られたくてお歳暮を贈ってる、とばれたらどうだろう? 逆効果だよね。そういう意味では、一番重要なのは」先生が指を立てる。「評判だよ」さっきよりは少ないけれど、また笑い声が出た。「評判がみんなを助けてくれる。もしくは、邪魔してくる。あいつはいいやつだな。面白いやつだな。怖いやつだな。この間、あんな悪いことをしたな。そういった評判が、大きくなっても関係してくる。もし、缶ペンケースを落としているのがわざとだったとして、もしくは、誰かに無理やり缶ペンケースを落とさせるような、自分は手を汚さずに誰かにやらせるような、ずるい奴がいたとするだろ」クラスの何人かは、騎士人のほうに視線をやったはずだ。「先生にはばれなかったとしても、ほかの同級生はそのことを知っている。だれだれ君は、だれそれさんは、授業中に缶ペンケースを落として授業を邪魔していたな、だれそれ君はずるがしこい奴だったな、と覚えている。いい評判とは言えない」こんなに活発に、たくさん喋る久保先生が新鮮で、いったい何がどうなっているのか、いつもの教室だけれどいつもの教室ではない、そもそも親たちがたくさんいることがおかしいのかもしれない。現実がごちゃまぜになった夢を見ている気持ちになった。
「みんなは、まわりの人に迷惑をかけるのは良くないと分かっていると思う。迷惑をかけたくない、というのは、別に、いい子ちゃんでいたい、とかそういう理由ではないはずだ。群れで生活をしてきた人間の習性みたいなものだよ。群れの中だと、迷惑をかける人間は、仲間から外されていたはずだから、ほとんどの人間には、まわりに迷惑をかけたくない、という気持ちがある。ただ、中には、わざと迷惑をかけようとしている人もいる。今の人の社会は、群れの中で少しくらい迷惑でも、すぐに仲間外れにはしないからね、もちろんそれはいいことなんだけれど、そういう人は単にそれに甘えているだけなんだ。そういう人に、君たちは困らされるかもしれない。迷惑をかけて面白がる人に君たちが、良くないよ、と言っても、彼らは変わらない。反省もしてくれないことが多い。だから君たちは心の中で、可哀想に、と思っておけばいい。この人は自分では楽しみが見つけられない人なんだ、と。人から物を奪ったり、人に暴力を振るったり、彼らは結局、自分たちだけで楽しむ方法が思いつかないだけの、可哀想な人間なんだよ。もちろんこのクラスにはそんな人間はいないけれど」久保先生が念を押すように言うものだから、可笑しかった。「もし、平気で他人に迷惑をかける人がいたら、心の中でそっと思っておくといい。可哀想に、って」
(非オプティマス)
