あらすじ
推しが炎上した。ままならない人生を引きずり、祈るように推しを推す。そんなある日、推しがファンを殴った。
(第164回 芥川賞 受賞)
ひと言
ノミネートされた段階ですぐに図書館に予約を入れたので結構早くに読むことができました♪。全125ページ。あっという間に読み終えてしまいました。著者の宇佐見りんさんの略歴を見てびっくり。21歳 大学生 2019年には文藝賞も受賞し、今回 第164回芥川賞。「推し」の日常の描写がびっくりするほどリアルです。文章力はまだ及びませんが、なぜか村上春樹さんを読んでいるような感じがしました。うーん、この人は只者ではないかも?!
あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。だけど推しを推すことがあたしの生活の中心で絶対で、それだけは何をおいても明確だった。中心っていうか、背骨かな。勉強や部活やバイト、そのお金で友達と映画観たりご飯行ったり洋服買ってみたり、普通はそうやって人生を彩り、肉付けることで、より豊かになっていくのだろう。あたしは逆行していた。何かしらの苦行、みたいに自分自身が背骨に集約されていく。余計なものが削ぎ落とされて、背骨だけになってく。〈あかりちゃん〉〈前も言ったけど夏休み中のシフト表出してね〉幸代さんからメールが届き、寝転がりながらスケジュールアプリをひらく。予定は推しありきで決まるので人気投票の結果発表日は早上がりにしてもらい、投票後の握手会の日は当然避ける。握手会のあとは余韻に浸りたいので一日空けておく。それでもCDは買いたいし三月にはライブもある。行けば予想外の出費があるからバイトは上限まで入れたかった。去年推しが舞台に出たときも観終わるたびにその役に会えなくなるのがどうにも寂しくなり、次も観たくなり、を繰り返しながら気づけば何度もチケットの追加購入の窓口に並んでいた。舞台のパンフレットはインタビューが載っているので必須だし、原作本は予習のために買っていたけど(でも初日は先入観のない状態で観たかったから初日が終わったあとに読んだ)、舞台イメージのブックカバーがついてくるものもほしい。いっぱいグッズ買っちゃったし写真は気に入ったのだ けでいいかなあなんて思っていたのが、パネルに貼られたサンプル写真を見て一転した。推しの書生姿と浴衣姿が二種類ずつ、血を吐いているのが一種類あって、一度見たらどれひとつだって置いて帰れないという気分になる。仮に同じ場面が同じ構図で DVDに収められていたとしても、切り取られた一瞬の印象の強さは写真でないと残らない。ここで逃したらもう手に入らないかもしれない。これ、ぜんぶで、と言うと あたしの横の女の人もぜんぶで、と言う。推しが目の前で動いている状況は舞台が終わるたびにうしなわれるけど、推しから発されたもの、呼吸も、視線も、あますことなく受け取りたい。座席でひとり胸いっぱいになった感覚を残しておきたい、覚えておきたい、その手掛かりとして写真や映像やグッズを買いたい。インタビューには「アイドルが芝居なんてと批判されるかもしれない、実際発表されたときはネットもそういう声で埋まっていました」とあったけど、自分の見せ方をよく知ったアイドルゆえの存在感は本職の俳優さんに引けを取らなかった。何より、頑固で潔癖な生き方が仇になって自分自身を追いつめていく、という役柄は推し自身によく似合った。もともとの舞台ファンからの評判も上々だったらしい。ライブではお金がいくらあっても足りないだろうから、結局ほぼ毎日シフトの希望を入れて出した。学校がないぶん今までより集中できるかもしれない、推しを推すだけの夏休みが始まると思い、その簡素さがたしかに、あたしの幸せなのだという気がする。
(P37)
司会者の言葉に相槌を打っている推しの顔はまともに見られなかった。居たたまれなかった。ファンはそれぞれ、自分の推しが座る椅子に座った気分を一緒に味わう。〈なんで?〉〈え、つらい〉あたしは手許の端末に打ち付ける。見る限りその場で更新している人たち全員からいいねがくる。泣き顔の絵文字でいもむしちゃんが反応する。太刀打ちができない、と思う。あの一件が与えたものの大きさを実感する。あのことが何か巨大なものを推しから奪った。みんな今までの倍は買っていたと思うけど、あたしたちが頑張るとかいう問題ではないのだと思う。それでも四位のミナ姉とは本当に僅差で百枚もない。あたしは今までのバイト代もほとんど使って五十枚買っだけど、それでも本当に限界まで切りつめてCDを買えていたなら、もしかしたら、と思う。皆がもう数枚ずつ買えていたら、推しは一位から五位へと、こんなにわかりやすく転落するようなこともなかったかもしれない。
推しは今までも、このシステムはあまり良心的じゃない、ファンの子に投票してもらえるのは本当にありかたいけど無理はしないでほしいというようなことをラジオでこぼしていて、結果もさほど気にしていないのはわかっていた。それでも、画面越しに居たたまれなさが惨むような気がする。それぞれ最後に一言お願いします、と最初にマイクを渡された推しはそれを両手で包み込むようにし、「まずは」と吹き込まれた息が音を立てた。「あれだけのことがあっても、まだこれだけの、一万三六二七票を入れてくれた子たちがいること、本当にありかたいです。期待に添えなくて申し訳ない。応えられなかったことに対する悔しさはたしかにあるけど、でも晴れやかな気持ちですね。一票一票の重さ、ちゃんと受け取りました。ありかとうね」推しはいつも挨拶が極端に短くて非難されることもあるけど、あたしには充分だった。……。……。もう生半可には推せなかった。あたしは推し以外に目を向けまいと思う。中古で売られている推しのグッズを見るのがつらいのでなるべく迎え入れるようにし、沖縄や岡山から届いた段ボール箱から取り出した古い缶バッジやブロマイドの埃を丁寧にぬぐい、部屋の棚に飾る。推し活に関すること以外ではお金を遣わない。バイトは相変わらずきつくてうまくいかなかったけど、それでも推しのために働いていると思えば気分も晴れた。八月十五日にはあたしが一番おいしいと思うスポンジの黄色いケーキ屋さんでホールケーキを買い、チョコプレートに描いてもらった推しの似顔絵の周りに蝋燭を立て、火をつけて、インスタにストーリーを上げてからぜんぶひとりで食べた。途中苦しくなったけど、いま諦めたら推しにもせっかく買ったケーキにも誠実でない気がして、喉に残る生クリームを苺の水分で押し込んだ。
(P66)
最後の瞬間を見とどけて手許に何もなくなってしまったら、この先どうやって過ごしていけばいいのかわからない。推しを推さないあたしはあたしじゃなかった。推しのいない人生は余生だった。
(P112)
突然、右上の部屋のカーテンが寄せられ、ぎゅぎゅ、と音を立てながらベランダの窓が開いた。ショートボブの女の人が、洗濯物を抱えてよろめきながら出てきて、手すりにそれを押し付けるようにし、息をつく。目が合いそうになり、逸らした。たまたま通りかかったふりをして歩き、徐々に早足になって、最後は走った。どの部屋かはわからないし、あの女の人が誰であってもよかった。仮にあのマンションに推しが住んでいなくたって関係がなかった。あたしを明確に傷つけたのは、彼女が抱えていた洗濯物だった。あたしの部屋にある大量のファイルや、写真や、CDや、必死になって集めてきた大量のものよりも、たった一枚のシャツが、一足の靴下が一人の人間の現在を感じさせる。引退した推しの現在をこれからも近くで見続ける人がいるという現実があった。もう追えない。アイドルでなくなった彼をいつまでも見て、解釈し続けることはできない。推しは人になった。
(P121)
