あらすじ

どこでもいい。いつでもいい。一緒に行こう。旅に出よう。人生を、もっと足掻こう ――。
恋も仕事も失い、絶望していたハグ。突然「一緒に旅に出よう」と大学時代の親友ナガラからメールが届いた。以来、ふたりは季節ごとに旅に出ることに。ともに秘湯に入り、名物を堪能し、花や月を愛でに日本全国駆け巡る、女ふたりの気ままな旅。気がつけば、四十路になり、五十代も始まり……。人生の成功者になれなくても、自分らしく人生の寄り道を楽しむのもいい。心に灯がともる六つの旅物語。

 


ひと言
あれ、これどこかで読んだことある、最後に書かれた出典を見て納得。「さいはての彼女」「星がひとつほしいとの祈り」「あなたは誰かの大切な人」。アート小説もいいけれど、御八屋千鈴さんとの旅物語もすごくイイね。私も気の合う仲間と「3人旅」を続けてもう十年以上になるし、親父が他界して7年 大阪でお袋が一人で暮らしている。このコロナが終息したら、京都の今宮神社の炙り餅を食べてみたいと言っていたお袋を連れて旅行に行きたいなぁ。


FROM : ナガラ   SUB : 旅に出よう
元気? なんでだかわからへんけど、今朝起きたとき、あっ、旅に出よう! と思いました。同時にこれまたなんでだかわからへんけど、一緒に行く相手は、ハグや! とも。『会社を辞めた』 ってメールから、しばし時間が経過したよね。もう、行けるかな。そろそろかな。ね、行かへん? どこでもいい、いつでもいい。
一緒に行こう。旅に出よう。人生を、もっと足掻こう。
(旅をあきらめた友と、その母への手紙)

ごめんな、よっちゃん、ごめんなさい……と、小さく小さく、縮こまって、母は何度もあやまったのだった。―― 帰ってこないなんて言わんといて。お母さん、ひとりっきりで、さびしいねん。そう言われて、私は、震えが足下から上がってきた。そのとき、私の目の前にいたのは、母ではなかった。私自身だった。私は、急にさびしくなった。そしてこわくなった。私だって、いずれ、ひとりになる。頼れる夫も子供もなく、ひとりになって、さびしい思いをするはずなのだ。父が他界して以来、母は、ずっとひとりで暮らしてきた。娘が帰ってくるのは盆と正月だけ。それでも、私の仕事や体を気遣って、ひとりでも大丈夫だからと強がり続けて。大学進学のために私か家を出て、もう三十年近く経っていた。一緒に暮らしていた時間よりも、別々に暮らしていた時間のほうが、はるかに長くなっていた。母を、彼女の人生の最後まで、ひとりっきりにしておいていいんだろうか。母と私、お互いに、別々のままで終わっていいんだろうか。できれば、一緒に暮らしたい。けれど、……。
(波打ち際のふたり)


「でも、もし、ここで乗り越えられへんかったら、私、このさきずうっと、それこそ母がいなくなるまで、ナガラと旅できへんな、って思ってん。そしたら、なんだかすごくさびしくなってしまって……」しばらく旅に出かけられずにいた。けれど、いつかまた、再起動して旅に出るんだ。それを励みに、一日いちにちを頑張ってきたのだ。それなのに、母の命が続く限り旅に出られない、なんてことになったら、申し訳ないじゃないか。ナガラにも、がんばって生き抜いているナガラのお母さんにも、これからがんばって生き抜いてほしい母にも。そして、がんばっている自分にも。わかってもらえるかどうか、わからないけど、とにかく母に話してみよう。そして、すっきりした気持ちで旅に出るんだ。そう決心して、私は、母に打ち明けた。―― お母さん。あのね、私、旅してくるよ。お母さんもよう知ってる、大学時代の友だち、ナガラと一緒に。……。……。
旅立つ日が近付くにつれ、やっぱり伝わらなかったのかな、大丈夫だろうか、と不安が頭をもたげたが、腹をくくった。これを乗り越えなければ、この先、もう旅はないのだ。そうして迎えた ―― 今日。出発まえに、ホームに立ち寄った。帽子を被り、ボストンバッグを提げて、旅のいでたちで現れた私を、母はいつになくむっつりとした表情で迎えた。これはまずいかも、と、また不安が立ち上ってきた。が、もうどうすることもできない。 出発の時間ぎりぎりまで、私は母と過ごした。壁の時計を確認して、私は傍らに置いていたボストンバッグを手に提げた。そして、じゃあいってきます、と強ばった笑顔を 母に向けた。すると ――。 そこまで話して、私は、これで三度目、言葉を詰まらせた。

息をひそめて聴き入っていたナガラが、さすがに我慢できないように訊いてきた。 「……それで、お母はん……どうしはったん?」 私は、うつむけていた顔を上げて、答えた。 「……いってらっしゃい。そう言ってくれた」 と、その瞬間、こらえていた涙がこぼれ落ちてしまった。―― いってらっしゃい、喜美ちゃん。ナガラちゃんに、よろしゅうな。いつか私も、 あんたらの旅に連れてってや。 そう言って、母は、満面の笑みを浮かべたのだ。 そして、部屋を出ていく私に向かって、手を振ってくれた。遠足に出かける私を玄関先で見送ってくれた、遠い日の母そのままに。 「ちょっとお。何それ、反則やろ」 突然、ナガラのブーイングが沸き起こった。 見ると、いつもの笑顔がくしゃくしゃになっている。友は、泣いていた。私以上の盛大な泣きっぷりだった。 「うわっ、どしたん。泣きすぎやろ」 友があんまり泣くので、私はなんだかおかしくなって、笑い出してしまった。 「笑うんか。そこ、笑うとこか。あんたのせいで泣いてるんやで。あんたのお母はんのせいで。あんたらめっちゃええ母娘のせいで」 ナガラが言えば言うほど、私はおかしくて、うれしくて、笑ってしまった。そして、 やっぱり泣いた。いっぱい、泣いた。友と一緒に。
(遠く近く)