あらすじ

「自分の残り時間を考えた。十年、二十年あるだろうか。そう思った時から歴史時代小説を書き始めた。老いを前にした焦りかと思ったが、二度とあきらめたくなかった」「蜩ノ記」で第一四六回直木賞を受賞した著者による初めての随筆集。


ひと言
本の帯に「私は歴史の敗者を描きたい。彼らの存在に意味はなかったのかと。」とありました。葉室 麟さんらしい史観です。私が子どものころ、親父が「桃栗三年 柿八年 ……」とよく口に出して教えてくれていたのを思い出しました。あと少しで亡くなって7年(8回忌)になります。


土佐藩士で坂本竜馬の同志だった土方楠左衛門は、「秘密に薩長連合の端を開いたのは、長府に三条さん(実美)が御出でになっている所へ、筑前の月形洗蔵が来て、言い出したのが初めだ。薩長和解の話は、筑前が元です」と明治になってから史談会で話した。洗蔵が口火を切った薩長和解へ向けての流れは、土佐藩の中岡慎太郎に引き継がれ、さらに坂本竜馬もこれに加わることになる。ところで、薩長連合とは何なのか。盟約は六ヵ条ある。
幕府の長州征討で長州が勝っても負けても、薩摩は朝廷への工作を行うこと、さらに幕府勢力と「決戦におよぶほかこれなく」などと約した。今でこそ倒幕の軍事同盟と言われるが、当時は幕府の長州征討に備える密約だった。

西郷と長州の木戸孝允が京で会談して盟約が結ばれたのは、慶応二(一八六六)年一月のことだ。たまたま京都に来合わせて、両者の話し合いが膠着状態にあると知った竜馬は、薩摩藩の態度を非難して盟約を急がせた。結果、盟約には竜馬が裏書きすることになった。リレーに例えれば、洗蔵が第一走者としてスタートし、中岡慎太郎がバトンを受けて走り、竜馬が最終走者としてゴールのテープを切ったと言える。福岡藩では前年の慶応元年十月、勤皇派に対する弾圧、〈乙丑(いっちゅう)の変〉があり、洗蔵は同志とともにこの時、刑死している。薩長連合成立のわずか三ヵ月前だった。歴史の大きなうねりの中で、洗蔵ら筑前尊攘派が果たした功績には光が当たらないまま、時代は移った。竜馬は新しい時代の幕開けを告げる曙光として、洗蔵は夜陰を照らす月のように時代を駆け抜けたのではないだろうか。
(龍馬伝)

定家には、紅旗征戎吾ガ事二非ズ(こうきせいじゅう)という有名な言葉がある。定家の五十六年間におよぶ漢文体の日記『明月記』にある一文だ。作家堀田善衛が『明月記』を読み解いた『定家明月記私抄』によれば、「紅旗」とは朝廷の勢威を示す鳳凰や竜などの図柄のある赤い旗を指す。「征戎」は中国における西方の蛮族、すなわち西戎にかけてあり、源平争乱の時代に関東で蜂起した源氏の追討を指し示している。

源氏と平家の戦いが激しくなろうとする時、ひたすら和歌の道に研鑽(けんさん)していた青年公家 定家は戦争を、わたしの知ったことではない、吾ガ事二非ズ と昂然と言い切った。この一文を書いた時、定家は十八歳。源平争乱の時代、戦に明け暮れる世上への文学青年の一喝だった。戦時中に青春を過ごした堀田善衛は『明月記』を読んで愕然としたという。「定家のこのひと言は、当時の文学青年たちにとって胸に痛いほどのものであった。(中略)まだ文学の仕事をはじめてもいないのに戦場でとり殺されるかもしれぬ時に、戦争などおれの知ったことか、とはもとより言いたくても言えぬことであり、それは胸の張裂けるような思いを経験させた」
(三島事件)


人生で最も悲痛な思いをするのは〈愛別離苦〉、愛する者との別離だ。だが、蘇軾は詠う。人生に離別無くば 誰か恩愛の重きを知らん  別離によって、愛情の大きさに気づかされもする。哀しい別れを乗り越えてこそ、ひとはまた人生に喜びを見出すことかできる。さらに言えば、 我が生は飛蓬(ひほう)の如し われわれの一生は砂漠を飛ぶ蓬(よもぎ)の玉のように、永遠に流転する。だからこそ、憂い多ければ髪早く白し  あんまり心配ばかりしていると、白髪になってしまうぞ、と蘇軾は諭している。
(吾生如寄)


小説のタイトルを探していて、「柚子は九年で花が咲く」という言葉を見つけた。「桃栗三年柿八年」はよく聞くが、それに「柚子の花」を続ける言い方かあるらしいのだ。もっとも地方によって言い方はいろいろで、「ことわざ辞典」によると「柚子は遅くて十三年」「梅は酸いとて十三年」「枇杷は九年でなりかねる」「梨の大馬鹿十八年」などもある。ずれも収穫にいたるまでの時期を言い表した俗言で、転じて物事が成就するまで時間がかかるという諺になった。桃や栗、柿がいずれも〈実〉であるのに、柚子か〈花〉なのが面白い、と思った。

九年と言えば、ちょうど義務教育を受ける期間だ。人生にも「花を咲かせる」、あるいは「実を結ぶ」という時期があるだろう。ただ、それにかかる時間はひとによってさまざまだ。〈柚子の花〉をテーマにした小説では、若者を主人公にした。だが、〈アラカン〉世代になってみると、人生が「実を結ぶ」というのぱ六十歳を過ぎてからではないか、というのか実感だ。しかし、この年代は親の介護や自身の健康など人生の難問が襲いかかる。退職後、ゆとりを持ってライフワークに取り組もうと夢を追うひとは多いが、現実には困難につきまとわれる。ちょうどハードボイルド小説の主人公が傷つき孤独な戦いを強いられながら、衿持を胸に立ち上がるのに似ている。勝てないかもしれないが、逃げるわけにはいかない。できるのは「あきらめない」ということだけだ。人生に花を咲かせ、実を結ぶためのスタートを切るのに遅すぎるということはない。
(柚子の花)