あらすじ
岡野藩領内で隣国との境にある峠の茶店。小柄で寡黙な半平という亭主と、「峠の弁天様」と旅人に親しまれる志乃という女房が十年ほど前から老夫婦より引き継ぎ、慎ましく暮らしていた。ところが、ある年の夏、半平と志乃を討つために隣国の結城藩から屈強な七人組の侍が訪ねてきた。ふたりの過去に何があったのか。なぜ斬られなければならないのか。話は十五年前の夏に遡る。


ひと言
Amazon のカスタマーレビューにドラマ or 映画化して欲しいとキャストを載せられた方があり、考えられた配役まで書かれていて、うんうん いいねぇとうなずいてしまいました。その方のキャストを勝手ながら紹介させてもらいます。 半平=岡田准一、志乃=ともさかりえ、娘千春=山本彩、志乃の元夫・天野宮内=西嶋秀俊、夜狐お仙=若村真由美、娘ゆり=黒島結菜、長五郎=内藤剛、永尾甚十郎=尾美としのり、息子・敬之進=佐藤健 etc…。

この後どうなるんだろうとヤキモキさせられますが、そこは葉室 麟さん 安心して読むことができます。 ご命日の12月23日まであと2週間、もう早いもので3年になります。それにしても少し早く旅立たれすぎですよ、葉室 麟さん。もっともっと多くの作品を読みたかったです。ご冥福を心よりお祈りいたします。

「ひとが敵にやられるのは、怖気づいて逃げようとしたときだ。守るべきもののために敵に立ち向かう者は、簡単にはやられないものだ」半平の言葉を聞いて、志乃は胸の奥が静まるのを感じた。国を出てから、ずっとひとの目を恐れて逃げてきた。だが、もう逃げたくはない。この峠の茶店で暮らして初めてそう思えた。ここには、自分たちが命をかけてでも守らなければならない、何かがあるのだ。
(十六)

「志乃は落ちぶれておるわけではない。庶民の暮らしゆえ、貧しくはあろうが、心清く、行い正しく生きておると耳にいたしておる」「さような取り繕いは聞き苦しゅうござるぞ」「取り繕ってなどおらぬ。思えば志乃は昔からさような女子であったが、わしに見る目がなかった。いや、国を出てからの艱難(かんなん)が志乃を磨き上げたのやもしれぬ」「奥方を磨き上げたのは、それがしの家士であった伊那半平という男でござろう」大蔵が意地悪く言うと、宮内は微笑を浮かべた。「いかにも、ひとの縁というものは不思議だな。結ばれるべき縁は結ばれ、離れるべき縁は離れていく」宮内の言葉には澄み切ったものがあった。庭木の根もとにひそんで聞いていた半平は、宮内が志乃に対して思いやり深い気持を抱いていると知って胸を熱くした。しかも自分に対しても憎しみの言葉を吐かず、結ばれるべき縁とまで言ってくれたのだ。(このひとは何としても助けねばならぬ)半平は思い定めた。
(二十七)