あらすじ
この島のできる限りの情報が、いつか全世界の真実と接続するように。沖縄の古びた郷土資料館に眠る数多の記録。中学生の頃から資料の整理を手伝っている未名子は、世界の果ての遠く隔たった場所にいるひとたちにオンライン通話でクイズを出題するオペレーターの仕事をしていた。ある台風の夜、幻の宮古馬が庭に迷いこんできて……。世界が変貌し続ける今、しずかな祈りが切実に胸にせまる感動作。
(第163回 芥川賞受賞作)

ひと言
芥川賞作品は感想が書きにくいとレビューにコメントされた方がいましたが、全くその通りで、150頁ほどの本なので、1日、遅くとも2、3日で読める本なのに、途中で読むのを止めたりして、読み終えるのに1週間ほどかかりました。どうも芥川賞作品は、私とは相性が悪いのかもしれない。もう何度も、芥川賞作品は手を出さないようにしようと思うけれど……。

資料館の取り壊しに間にあった。そのことが未名子を安心させ、自信に満ち溢れさせた。あの建物に詰まっていた資料が正確なのかどうかなんて、未名子だけでなく世の中にいるだれにもわからない。ただ、あの建物にいた未名子は、それぞれ瞬間の事実に誠実だった。真実はその瞬間から過去のものになる。ただそれであっても、ある時点でだけ真実だとされている事柄が、情報として必要になる日が来ないとだれがいい切れるんだろう。そんなものが詰まった資料館だった。現在正確かどうか、将来ずっと真実であり得るのか、そんなことが資料館の中にあるすべてを守るべきか、それともきっぱり処分をしていいものかの理由になどなりうるはずはなかった。
未名子が貯めて保存したデータはすべて、宇宙空間と南極の深海、戦争のど真ん中にある危険地帯のシェルター、そうして自分のリュックに入ったぎっしりのマイクロSDカードに入っていて、そのカーボンコピーはいつだれが読んでもいい、鍵のないオープンなものにしてある。ただ、その場所はすべて、地球のとても深いレイヤーに混ぜ込まれていた。誰もが希望すれば容易にアクセスは可能な、でも、まちがえてやって来るような人はまず訪れない場所。この島の、できる限りの全部の情報が、いつか全世界の真実と接続するように。自分の手元にあるものは全世界の知のほんの一部かもしれないけれど、消すことなく残すというのが自分の使命だと、未名子はたぶん、信念のように考えている。これが悪事だというなら、いくら非難を受けても、なんなら捕まっても全然かまわないという、確かな覚悟もあった。そもそも未名子には今、あまり失って困るものがない。
(P149)